ユーコの使える魔法
ユニくんの捜索をゼンゾーさんが始めてからもう一週間になる。
アーミが必ず返すと言ったんだから、信じて待てばいいと思うのに。
まぁ、でも、あたしも出来るだけ早く会いたいし、見つかってくれることを期待して、自発的に彼の助手席に乗り続けた。
アーミのほうは、見つけたらゼンゾーさんは逮捕すると言う。
当然だ。
あたしが止めても仕方がないことだ。あの人はあたしの前で婦警さんを殺害した。人殺しなのだ。
あたしの中に、彼に打たれた楔は残っている。しかし、罪を犯した者は罰を受けなければならない。そんな人間として当たり前のことをあたしは今さらながら思い出した。
2人は見つからず、そろそろ諦めて帰ろうということに、今日もまたなった。
でもこんなに漠然とあてもなく車で探し回ったって見つかるわけないのが当然だと思うのだが……。まぁゼンゾーさんもプロなのだし、まさかアホではあるまいし。
「帰ってメシでも食いますか……」
ハンドルを握りながら、ゼンゾーさんが肩を落とす。
「何か食べたいものある?」
「なんでもいいですけど……」
あたしはいつもの言葉を繰り返した。
「ユニくん帰って来たら、馬のレバ刺しで」
「それは何度も聞いてますよ。わかってます」
ゼンゾーさんが笑う。
「ゴゴにも腹いっぱい食わせとかないとな……」
「あの人、すごくよく食べますよね。スティーブさん……お金、大丈夫なんですかね」
「あいつは無尽蔵だから」
ゴゴさんはあの家に溶け込んだ。とてもいい人だ。どっしり落ち着いていて、あたしにも優しい。いざとなったら力持ちで頼りにもなりそう。
ただ、気がついたらこっちを見つめながらよだれを垂らしていることが、相変わらずよくある。あれはどうしても、やっぱり怖い。
スティーブさんは一番頼り甲斐がある。彼がいてくれなかったら、あたしは安心してあの家に住んでいられなかっただろう。優しくて、気が利いて、信頼できて、話も面白くて、とても尊敬できる人だと思う。あの歳で夢を追って生きているのも素晴らしいことだと思う。
パパのスネを齧っていることで大幅減点だけど。
車窓から夜の街を眺める。色んな人が歩いている。あたしも一応、2人の姿がないか、その中に探した。
でも、ツノのある人間は1人も歩いていない。
「ゼンゾーさん……」
最近胸の中に湧いて離れなくなった疑問を、あたしは彼にぶつけてみた。
「どうして、あたしにはユニコーンのツノが見えるんだと思いますか?」
「ごく稀にそういう人がいるんだと思います」
曖昧な答えが返って来た。
「理由はわからないけど、才能みたいなものなんだろうな」
「他に、いるんですかね。知ってます? 他に、そういう人。ユニコーンのツノの見える人……」
「知ってますよ」
「いるんだ?」
「ええ」
ゼンゾーさんはうなずいて、その人のことを教えてくれた。
「おれの祖父です」
「おじいさん……。今、どこに?」
「ユニコーンの島にいます。あの島に、人間は今、じいちゃん1人だけだ」
「何をされてるんですか? 無人島ってことでしょ?」
「何もしていません。ただ、ユニコーン達と、自然に溶け込んで生きています」
「へえ。なんか素敵なお祖父様ですね」
「そうでもない」
ゼンゾーさんの顔から少し笑いが消えた。
「おれは父さんっ子でした。父さんは人間らしかった。普通に人間だったから、あの何もない島では生きられず、心が折れてしまったけど……」
あたしは詳しく聞くのは我慢して、黙ってゼンゾーさんが話すのを聞いた。
「じいちゃんは人間でありながら、人間らしくない。愛田谷希郎といえば、昔はこの町では知らない者がないほどの有名人だったそうです」
「有名人……」
あたしは聞いたこともなかった。
「ええ。貿易商人としても、何より『怪人』と呼ばれて有名だったらしい」
「怪人!?」
ちょっと聞き捨てならなかった。
「怪人って……、相当な言われようですね。どういう理由で?」
「おれの家……先祖代々受け継いで来たものなんですが、明治の初めまではもっともっと大きかったんですよ。それこそ城みたいに」
「ええっ!」
びっくりした。
「今のあれより大きかったら……国定公園みたいなものですよ!?」
「うん」
ゼンゾーさんがくすっと笑った。
「その大部分を……明治20年頃かな? じいちゃんの代で売却して、今の形になったんです。なんで売却したかって言うと、自分の趣味のためでね」
「ん?」
あたしは話を聞きながら頭の中で計算を始めた。
「じいちゃんは町の人々からことごとく変わり者扱いされてたそうです。土地と建物を売却したその金で、何の儲けにもならない、旅行目的の航海に出たらしい。
「じいちゃんは、ユニコーンの島の存在を知っていた。なぜかは知らない。聞いたことないから。
「乗組員を引き連れて、貿易船でユニコーンの島へ渡った。屋敷を維持するために、管理人を150年契約で雇った。それのために、莫大な財産を投げ売った」
「ちょ、ちょっと待ってください?」
あたしはどうしても計算が合わないので、ゼンゾーさんに直接聞いた。
「明治の初期に……って、そのおじいさんは今、何歳なんですか?」
「今、確か、176かな」
家に帰ると無言で自分の部屋に入った。
あたし……。そんな、人間じゃないとしか思えない人と同じなんだろうか?
ユニコーンのツノが見える人間は、そのおじいさん以外には聞いたことがないとゼンゾーさんは言っていた。
……あたし、何歳まで生きる人なんだろう?
今まで生きて来て、周りから怪人扱いどころか変人呼ばわりされたこともほとんどない普通の人間だったと思うんだけど……。
実は、特殊な人間だったんだろうか。
いやいや! だってあたしの両親は普通の人間で、こんな豪邸を持ってたようなご先祖様の話も聞いたことないし、どう考えたってあたしは普通の人間で、何もかも平均的な、特別美しくもブサイクでもない女子だし……。
でも……なんであたしにだけ、ユニコーンのツノが見えてしまうんだろう。
なんであたしはユニくんを……。
呼び鈴の音が響いた。
家が大きすぎるのであちらこちらにスピーカーがついていて、誰かが呼び鈴を外で押したら家中にガランガランという鐘のような音が響き渡る。
ただの宅急便のお兄さんとか訪問営業の人だったら凄く大袈裟だ。
あたしは確かに何かを感じた。
急いで部屋を出て、玄関へ走った。
ゼンゾーさんは部屋で何かをやっているらしく、出て来ない。
あたしが来てから呼び鈴を鳴らしたといえばさっき言った二組だけだったから面倒臭がってるんだろう。
あたしは魔法のように、来たのが誰なのか、わかっていた。
「ユニくん……!」
息を切らして玄関に辿り着いた。
逸る手でサムターンを回して鍵を外し、大きなドアノブを握る。
引き開けた。
「やあ、ママ」
月明かりに濡れて、そこに立っていたのは、あたしの知らない人だった。
あたしは知らない、こんなに髪の長い、大人な男の子。
ハグしてやってもいいものか、躊躇ってしまった。
だって目の前にいるのは、あどけなさのすっかり消えた切れ長の美しい目に『スラリ』としかいいようのない鼻と口をした、17歳ぐらいのユニオだ。
背の高い身体に黒いジャケットを羽織って、長い足にジーンズがとても似合っている。
「ユニ……くん、だよね?」
あたしがアホなことを聞くと、彼は「あははっ」と笑った。
「びっくりした? 僕、カッコよくなった?」
銀色の前髪を手でかき分け、長いツノを高々と月光に濡らして微笑む。
「ユニくん!」
あたしは彼に飛びつくと、腰に手を回して思い切り抱き締めた。
顔と顔の高さが違いすぎる。
「もっと顔見せて」
「いいよ」
そう言うとユニくんが腰を折り曲げて顔を見せてくれた。
たったの10日ぶりなのに、4年ぐらい会ってなかったみたいな気がする。
あたしは彼の銀色の柔らかい髪に指を滑り込ませると、愛おしく撫でた。
「あれ?」
あたしがそれを見つけて声を出すと、ユニくんは優しく笑いながら「ん?」と言った。
「どうしたの、ママ?」
「綺麗……」
髪をかき分けて、それがどれぐらいあるのかを探した。
「銀の髪の中に、金色の髪、混じってるんだね」
次話から最終章、突入します。




