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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
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ゼンゾーの大はしゃぎ

 優子の寝顔がすぐ目の前にあった。


「う……ん」と可愛い声を出したかと思うと、目を開けた。かわいいその目がおれを見つめる。


 頬が蒼く染まった。かわいい。


「あの……。ごめんなさい。勝手に寝ちゃって。とてもいいお部屋ですね」


 目を逸らしながら、照れてそう言う彼女のかわいい口の中が丸見えだ。人間のものとは思えないほど細いピンク色の舌が、こんなに間近に見える。おれは涙が出かけた。


 優しく覆いかぶさってキスをしようとすると、背後から開きっぱなしのドアをノックするやつがいた。


「アイタガヤ。彼女に蹴られる前に聞いとくけど、今夜、何食べたい?」


 機嫌の悪そうな態度でそう聞くスティーブに、おれは屁をこいてしまった。

 仕方なく彼女から離れ、そのあたりを手で払うと、優子に聞いた。


「何か……食べたいものある?」


「いえ……、何でも有り難いです」


「じゃ、寿司だ! 寿司! 有名店の特上のを5人前!」


「とりあえず食堂へ来なよ」


 邪魔しやがってクソ外人が。養ってもらってなければ追い出してるところだ。おれがドアを閉めて続きをしようとすると、優子が小走りでスティーブについて出て行った。


 まったく……


 照れ屋だなあ……。


 そんなところもかわいいんだけれど。





 寿司が来るまで3人で会話をした。


「私、桐谷優子って言います。しばらくの間よろしくお願いします」


 そう言って優子がスティーブにお辞儀をする。し、しばらくじゃねぇよ。ずっと、だろ……。これも照れてんのか?


「さっきは挨拶もせずにゴメンナサイ」

 ぶすくれていたスティーブにようやく笑顔が戻った。

「ボク、スティーブ・スーパーライトっていう名前です。アイタガヤのこの家にはもう8年居候してます。よろしくね」


 なぜだろう。だだっ広い食堂のテーブルに、3人離れて座りながら、おれよりはスティーブのほうにはっきりと近い席に優子が座っている。これも……照れてるの……か?


「女性が同じ空間にいてくれると空気が華やいでいいですね」

 スティーブの口がだんだんと軽くなる。

「また、こんなにお美しい女性だと尚更ですよ」


 おい……わかってんだろうな? この女性はおまえのじゃねーからな? わかってんな? おまえのじゃねーから。


「ふふ。さすがに外人さんは口がお上手ですね」

 優子が口に手を当てて笑う。

「私もスティーブさんがいてくれると安心します」


「おい、アイタガヤ。何してんだよ」

 スティーブが急におれに言った。

「お茶ぐらい出せよ。お寿司が来るまで口寂しいじゃんよ」


 おれは大人しく温かい緑茶を3つ入れて戻ると、やたら会話の弾んでいる2人を引き剥がすように、スティーブに言った。

「おい。何か機嫌悪そうだよな? 一昨日のことで怒ってんのか?」


 会話を止めると、邪魔そうにこっちを見て来る。


「アイタガヤ、昨夜はどこにいたの」


「ムショに拘置されてたんだよ。連続殺人の犯人と間違われてな」


「何、それ」

 見下すような無表情だ。

「ボクが社長サンからどれだけ責められて、どれだけ苦労したと思ってるの」


 社長なんて知らん。顔も見たことねぇ。まぁ、裏社会のドンみてーなやつのことだろうが。


「とにかく今後、アイタガヤの仕事の手伝いはボク、しないからね?」


「わーったよ! わーったよ!」

 ここはなるべく下手に出て機嫌をとるしかない。

「悪かったよ。危険な相手だということは知ってた。だから接触はするなと釘を刺しといたんだ。ただ、向こうから仕掛けて来るとは思ってなかったんだ。おれの読み違いだったよ。悪かった」


「ああ」

 スティーブは少しだけ納得したような顔をしてくれた。

「そういえば言ってましたね。絶対に接触はするな、気づかれないように監視しろ、でしたっけ」


「そうそうそうそう!」

 おれはスティーブに少し近い席に移動しながら、言った。優子はその向こうだ。

「それより優子が何の話かわからず退屈そうにしてんだろ。楽しい話しようや。おまえと優子でだけじゃなく、おれと優子、ついでにおまえでな! さあ、スタート!」


 沈黙が漂った。


 ただ3人でお茶を啜る音だけがだだっ広い食堂に響く。


「この家……、素敵ですね」

 優子がようやく沈黙を破ってくれた。

「とても古いように見えるのに、設備は新しくて、とても住み心地がよさそう」


「そうでしょ?」

 おれは嬉しくなった。

「なんでも自由にしてくれたらいいですよ。今日から君の家だと思って。何か必要なものがあったら何でも……」


「半分以上は市に差し押さえられてるんですけどね」

 スティーブが余計な口を挟んで来て、おれは心の中で舌打ちした。

「あと、照明も空調も全部、新しいものにリフォームしたのはボクですから」


「そんなどうでもいいことは言うんじゃねえ」

 おれは思わず立ち上がった。


「あと、あそことそことそこの部屋は入ってはいけません。差し押さえの紙が貼ってあるでしょう? 市の所有ですから」


「おれが頑張ってこれから取り戻すんだよ! 幸せで豪勢な生活を彼女にプレゼントするんだ!」


「口だけでは何とでも言えますよね。っていうか彼女は本当にアイタガヤのfiancee(婚約者)ですか?」


「なんでそこ疑うんだよ!?」


「だって彼女……」


「ユニくん」

 優子がぽつりと言った。

「帰って来るのかな……。ここで待ってたら?」


「帰って来ますよ」

 気休めだと半分は思いながら、おれは言った。

「おれと君がいる場所にあいつが帰って来ないわけがない。君にとっても、おれにとっても、あいつは息子みたいなものなんだから」


 優子がなぜか怒ったような顔をして何か言いかけた時、寿司が来た。



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