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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
36/67

ユーコの引っ越し

 てっきり賃貸住宅の大家さんでもやっているのかと思っていた。


 公務員がそんな副業を持っていていいものかわからないが、この人ならこっそりやっていそうだと。


 でもあたしの目の前に現れたのは、高層マンションぐらいにインパクトのある、森に包まれたとても大きな洋館だった。


「知らなかった……。自分の住んでる町のすぐ近くに、こんな凄い個人の家があったんですね」


「驚いた?」

 ゼンゾーさんは頼もしく聞こえてしまう声で、言った。

「おれの先祖が築いたものなんだけどね」


「ご先祖は……殿様?」


「殿様ならお城に住んでるよ」

 ゼンゾーさんがくすっと笑う。

「先祖は代々商人だったそうです。海外貿易を独占して荒稼ぎしてたらしい」


 門を入っても玄関まで結構な距離があった。ようやく車庫に辿り着くと、黄色い外車のスポーツカーが停まっていた。これももしかしてゼンゾーさんの物なんだろうか。彼を見る目が変わってしまう。




 大きな木製の玄関扉をゼンゾーさんが開くと、中はまるで映画セットのような広い空間だった。


「素敵……」

 あたしは思わず声が漏れた。


「気に入った?」

 ゼンゾーさんが嬉しそうに笑う。

「今日からここが君の家だよ」


「あの……」


「ん?」


「犬……ペット可……ですかね? 聞くの忘れてたけど」

 なぜかの照れ笑いをしてしまいながら聞いた。


「なんでも可だよ」

 ゼンゾーさんはなぜか興奮しながら答える。

「大型犬飼おうか? 馬でもつないでおく場所あるぜ?」


「いえ……。ちろくんのことですけど」


 あたしがそう言うと、ゼンゾーさんは「ああ」とうなずき、なぜか肩を落とした。




「ここを君の部屋にしよう」


 建物の一番奥のほうまで歩き、ゼンゾーさんは木製のドアの前で立ち止まった。


 あたしは荷物を床に下ろすと、ゼンゾーさんのほうを真っ直ぐ向いて、お辞儀をした。


「ありがとうございます。お世話になります」


 顔を上げると彼の不思議そうな顔があった。まるで自分の家に入るのに丁寧にお辞儀をする娘を見るような。

 すぐにくすくすと可愛いものを見るように笑うと、言った。


「同居人を紹介しよう。あと、夕食に食べたいものあったら彼に言って」


 コンコンコン、と斜向かいの部屋のドアをノックする。


 返事がないのでもう一度ノックした後、激しくそのドアを蹴りはじめた。


「おいスティーブ! いるのはわかってんだ! 出て来い!」


 すると部屋の中からなんだか「ブゥーン」とか「ジーー」とかいうようなノイズが急に大きくなった。


「いかんっ!」

 ゼンゾーさんがあたしに飛びかかって来た。


「きゃあっ!?」


「耳、塞げ!」


 次の瞬間、あたしには何が起こったのかわからなかった。爆弾でも落ちたのか思うほどの轟音が鳴り響き、壁も床も震えた。


 静まり返って、しばらくすると扉が開いた。中から背の高い、ちりちりの長髪にサングラスをかけ、口の下にへんなチョビ髭を生やした白人さんが現れた。


「スティーブっ!」

 ゼンゾーさんがあたしの耳を覆っていた手を離しながら、苦しみのこもった大声で叫んだ。

「おまえっ……! 見ろっ! これがおれの婚約者の優子さんだぞっ!」


 はい?


「アイタガヤ」

 外人さんは無表情に、上手な日本語で喋った。

「お帰り」


「何!? 何だって!?」

 ゼンゾーさんが大声で叫ぶ。

「聞こえねーよ! 今の爆音で耳、潰れたよ! 謝れよ! 聞こえねーけどもしひでーこと言ってるんなら今すぐ謝れよ!」


「スミマセンデシタ」

 外人さんは憮然とした表情で、何もひどいことは言ってないのに謝った。

 頭は下げなかった。



 ゼンゾーさんはその後しばらく耳が聞こえなくなったらしくて、自室に戻ってウンウン唸っていた。看病してあげようかなとも思ったけど、放っておけばそのうち聞こえるようになりそうだし、あたしは自分に充てがわれた部屋に荷物を運び込むことにした。


 荷物はほんのスーツケース1つとボストンバッグ1つだけだ。それを持って部屋に入り、思わず声を漏らした。


「わぁ……。素敵……!」


 部屋には家具が備わっていた。白い洋服箪笥と木製の小さなテーブルと椅子、そしてマットレスだけ乗ったダブルサイズのベッド。

 それだけだけど、すぐに生活を始めるには、あと布団さえあれば充分だった。


 何より緑色の縦縞の入った壁紙がヨーロッパのお城みたいな雰囲気で、お姫様になった気分になれる。


 どう見ても古い部屋なのだけど、意外に照明は新しいものがついていて、壁のコントローラーで明るさが調整可能だ。エアコンも今時のものが備わっている。


 ベッドがダブルサイズでよかった。ユニくんが帰って来ても、これなら余裕で一緒に寝られる。アパートのあたしのベッドよりも断然広くなった。


 今日は疲れた。

 マットレスだけのベッドの上に横にならせてもらったら、いつの間にか眠りに落ちていた。







「う……ん?」


 目を開けるとゼンゾーさんの顔がすぐ近くにあって、じっとあたしを見つめていた。


 鼻の穴がとても開いている。


 両手はあたしの顔のそれぞれすぐ横にあって、マットレスを凹ませていた。


「あの……」

 あたしはちょっと怖くなりながらも、彼を宥めるように話しかけた。

「ごめんなさい。勝手に寝ちゃって。とてもいいお部屋ですね」


 すると彼はなぜか、感動に打ち震えるように目を潤ませた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読みしちゃいました いつもながら… ここみ様はすごいなあ!!! いろんな意味でドキドキします(#^.^#)
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