2人のファミレス二号店
「あいつの名前はネア」
おれは優子に教えた。
「アーニマンという種類の、動物の姿をした人間です」
「彼女もユニコーンみたいなものなんですか?」
優子がオムライスをそろそろ完食する。
「あ。ドリンクバーでコーヒー淹れて来ましょうか」
おれがいそいそと立ち上がると、彼女は話を切られて仕方なさそうにまたオムライスを口に運びはじめた。
コーヒーを淹れながら、彼女にアーニマンどものことをどう話そうかと考える。
優子がネアに襲われることはおそらく、もうない。あの、むっちゅぐちゅとした香りの鎧を纏っている限り。
しかしネアの元々の本当の狙いは、おれとユニオなのだ。愛するおれ達が命を狙われていることを知れば、彼女は不安になって、夜も眠れなくなるかもしれない。
優子を不安にはさせたくない。
何よりあの島からやって来ているアーニマンは一匹だけではないとアーミティアスは言っていた。
もう一匹、雄ライオンがいるのだ。
やつも男。女性の匂いを嫌わないわけがない。
むっちゅぐちゅとした匂いはむしろ好物なはずだ。
とりあえずネアに襲われることはもうないとだけ説明することに決めて、席に戻った。
迂闊だった。
このおれとしたことが、気がつかなかった。店内が料理と人間の匂いで充満していたからか。
優子の向かい、おれがいた席に、腕組みしたゴゴが座っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
ゼンゾーさんが戻って来たものだとてっきり思っていた。
だからあたしは顔も上げず、オムライスの最後の一口をそのまま食べ終わった。美味しかった。そこで目の前の人の姿を見て、固まってしまった。
ライオンみたいな凄い髪型の人が、向かいの席に座ってあたしをじっと見ていた。
濃緑色のトレーナーに黒いスウェットパンツを身に着けた本物のライオンといった感じだ。腕組みをして、じーっとあたしを見ている。
「あの……」
あたしは恐る恐る聞いてみた。
「席……間違ってません?」
「知らん」
彼はぶっとい声で言った。
「うまそうな匂いがするだけだ」
「そこ、刑事さんの席ですよ」
あたしはもう一度、退席を促した。
「帰って来たら、結構怖いかもしれないですよ……ってことは、ないかも」
アハハと笑ってみせても彼は微動だにしない。
「ゴゴ!」と、ゼンゾーさんの声がした。
「ゼンゾー」ゴゴさんが目だけをそっちに向けた。
「あら。お知り合い?」あたしはホッとした。
いきなり、ゼンゾーさんが銃を抜いて、横に飛んだ。
ゴゴさんも物凄い速さで飛ぶように動き、ゼンゾーさんの銃に、ちょんと触れた。
2人の動きが止まった。店内が騒然となった。あたしは床に落ちて割れたコーヒーカップを呆然と見つめるしかすることがなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ロイ、どこ」
ゴゴが言った。
畜生。こいつ、なぜこんなことを知ってやがる。おれの構えた銃口に爪を入れやがった。このまま撃てばおそらく暴発する。
仕方なく銃を素早く離し、後ろへ下がっておびき寄せようとした。優子から離れてもらわなければならん。
しかしゴゴに戦意はないようだった。爪の先にぶら下げた銃をもう片方の手で取ると、後ろにポイと投げ捨てる。
「アイタガヤ。オレはロイを食いに来ただけだ」
ゴゴは言った。
「おまえに用、ない。人間の男、まずい」
「おまえをあの島から連れて来たのは……」
予想していたことを聞いてみた。
「アーミティアスか?」
「知らん。いつの間にかここにいただけだ」
やはりアーミティアスだ。あの野郎、『アーニマンが2体、この町に来ているぞ』とか言っときながら、自分が連れて来たのに決まってる。
優子を確認すると、オロオロしながらこちらを見守っている。そのすぐ横に、ゴゴが放り投げたおれの拳銃があった。見事にそんなところに落ちたものだ。
『優子』
おれは目で指図した。
『その拳銃、こっちへ投げて』
優子はおれの言いたいことをわかってくれずに、ただひたすらにオロオロしている。仕方なくおれが声に出してお願いしようとすると、
「お客様、店内で揉め事は困ります」
店長らしき草野仁似のオッサンが、丁寧な物腰でおれとゴゴの間に立った。
馬鹿野郎! そいつ人間じゃねぇんだ! 食い殺されるぞ!
しかしゴゴは何もしない。
それどころか店長に頭を下げて、謝った。
「すまん。オレ、おまえらに危害は加えない」
◆ ◆ ◆ ◆
さっぱりわけがわからない。
ゼンゾーさんとゴゴさんが喧嘩をしているのかどうかも、あたしにはわからなかった。
ただひとつわかったのは、ゴゴさんは見た目と違って紳士らしいということだった。
体が大きくて、ライオンみたいというかそのもので怖かったけど、よく見たら目が綺麗。金色っぽい茶色で、瞳はまん丸。
さっきゴゴさんが投げたピストルがあたしの隣に落ちた。怖いのでそれを手で払って床に落とす。
「オレ、出る」
よく響く低い声でそう言うと、ゴゴさんはくるりと出口のほうを向いた。
「また、来る」
まるでそれはあたしに対して言ったようだった。
出口のほうに向きながら、その顔は振り向き、あたしを見ている。
恋するような表情だ。
じっと見てる。
その口からだらーりと長いよだれを垂らすと、前を向き、ゆっくりとお店から出て行った。
「優子!」
ゼンゾーさんが心配そうに戻って来てくれた。
「大丈夫?」
「あ……。何もされてないですよ?」
明るい声で言いながら、あたしは内心震え上がっていた。
視線で犯されるって、こういう感じなのかなと思っていた。




