2人のファミレス
今、おれはファミレスで、ハンバーグプレートを前に、固まっている。
テーブルの向かいには、かわいい優子さん(かわいい)が座り、かわいいオムライスをかわいく食べている。
口の開き方がかわいい。スプーンの持ち方がかわいい。黒い長Tシャツから覗く首が、肩が、手首がかわいい、
かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい……
彼女はおれを助けてくれた。彼女は女神だ。彼女は人間なんかじゃない。彼女はおれの、おれだけの天使なのだ。
優子は先輩の『犯人を見たか』という問いに対して、こう答えたそうだ。
『見ました。犯人は、頭に一本、長いツノを持つ、化け物でした』
うん。その通りだよ。でも……、ちゃんと教えておいてあげればよかった。そのまんま言ったんじゃ、絶対に信じてもらえない。ツノだののことは隠しておいて、銀色の髪の背の高いヤサ男だったと言えばよかった。そうすればアーミティアスを指名手配出来たのに、あまりに正直に本当のことを言い過ぎちまったんだ。
お陰で彼女は『あまりのショックに記憶が混乱している』と思われ、落ち着いてからまた正確なことを思い出したら教えてほしいだのと言われ、解放された。
おれはすぐにでも彼女にアーミティアスの情報を警察に伝えてほしかった。
「ゆ、優子……」
おれが声を掛けると、彼女はびっくりしたようにオムライスから顔を上げた。いきなり呼び捨てにするのはちょっとサプライズが過ぎたかなとも思ったが、構わずおれは言った。
「アーミティアスのツノは常人には見えないんだ。……言いたいことわかるかな?」
優子はぱくぱくとオムライスを口に運びながら、かわいい目でおれを見つめていた。
「ツノのことは言わず、人間的な特徴だけでいいんだ。年齢は30代半ば。背が高くて銀色の髪、青銀の瞳。パッと見爽やかなイケメンだが性格は最悪。いつもグレーのスーツを着ていて……」
「ゼンゾーさん」
「よ、呼び捨てでいいよ」
「彼はゼンゾーさんの実のお兄さんなんですよね? 実のお兄さんなのに、逮捕されてほしいんですか?」
なるほど、おれを気遣ってのことだったのか。彼女の気持ちに感謝しながらも、おれは答えた。
「実の兄だが、犯罪を犯した。やつは人殺しです。人間社会の法で裁かれるべきだ」
「なるほど」
彼女はそれだけ言うと、またオムライスを黙々と食べはじめた。
◇ ◇ ◇ ◇
アーミは殺人犯。その通りだ。
こうして空腹にオムライスを詰め込みながら、落ち着いて考えると、あたしは何をしているんだろう。
ゼンゾーさんの言う通り。彼は人殺しで、人間社会の法で裁かれるべき存在なのだ。
でも、あたしはかばってしまった。
あの刑事さんの『犯人を見たか』という問いに対して、あたしはこう答えた。
『犯人は、頭に一本ツノの生えた、銀色のもじゃもじゃの体毛に全身が覆われた、体長5メートルぐらいの化け物でした』
完全にアーミのことじゃない。あたしは嘘を言った。
ゼンゾーさんが料理に手もつけず、あたしをまじまじと見ている。きっと嘘をついたあたしのことが信じられず、心の中で詰られているのだろう。
でも、その目は優しい。
あたしのことを気遣ってくれるように、言葉を選んで、さっきからまばたきばかりしている。
あたしの良心が頭をもたげはじめた。もう、アーミをかばってはいけない。あのひとは人殺しなのだ。優しいゼンゾーさんに蔑まれる自分でいてはいけない。彼の言う通り、正直に、アーミのこと、警察に教えるべきだろう。似顔絵とかも書いて……。
でもユニくんは違う。悪いことなんてしていない。彼はアーミに差し出された人間の肝臓を『ツノのごはん』として食べただけなのだ、無邪気に。もしもちろくんが同じように、人間の肝臓を食べたら、間違いなくおぞましいものとして、殺処分してもらうけれど、ユニくんは口の中にそれを入れたわけじゃない。ただ、それにツノで触れただけなのだ。
……あたし、勝手なこと言ってるのかな。
目の前のゼンゾーさんがなんだか頼もしい。その胸に顔を埋めて、泣きたいような衝動にかられそうになってしまった。
今夜はホテルの部屋で、一人で寝るのか……。なんか寂しいな。
ちろくんはペットホテルのような施設で預かってもらっている。最近、ちろくんとユニくんと3人でいつも寝ていたから、一人で寝るのが凄く寂しく思える。
「優子」
ゼンゾーさんがまた呼び捨てで話しかけて来た。まぁ、別にいいけど。彼はあたしの保護者……というより守護者みたいなものだから。
「あのアパート……、もう引っ越したほうがいいんじゃないかな」
「そうですね」
あたしはうなずいた。
「事故物件になっちゃったし……」
「おれの家に来ませんか?」
「え?」
「一緒に住みましょう」
「その……」
いやいやいやいや……。ないだろう。
「おれの家、めっちゃ広いんですよ。居候もいるし。ホテルみたいなものなんです」
「そ……、そうなんだ?」
広いんだ? でもきっとホテルみたいなものではないだろう。アパートみたいなところなのかな? 居候……下宿の人が何人か住んでるのかな? だったら、甘えてみてもいいかも。ユニくんは彼になついてる。喜んでくれるかもしれないし、ゼンゾーさんのキスを毎日もらえる。いいかもしれない、と思えた。
◆ ◆ ◆ ◆
「アパートか何か、経営されてるんですか?」
優子が興味津々で聞いて来た。
「下宿? みたいな?」
「そうですね」
おれは答えた。
「そんな感じかも。トイレと風呂は共同だけど、部屋がいっぱいあって、それぞれ離れています」
「ふぅん……」
優子が甘えた目でおれを見た。
「もし……よさそうなら……お世話になっちゃおうかな」
「おいで!」
つい、顔が喜びで満ちてしまった。
「空き部屋、あるから! ごはんも毎晩、豪華なのが食べれるよ!」
「あ……」
優子が何かを思いついたように、言った。
「その……。馬のレバ刺しとか……食べられますか?」
「もちろんさ! なんなら馬一頭購入して毎晩でも食べられるよ!」
優子が黙った。きっとおれとの楽しく甘い生活を頭に描いているのだろう。
「ところで……」
かわいい口を開いた。何を言われるのだろう? 何を聞かれるのだろう?
「あの蛇みたいな女の人は……誰なんですか?」




