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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
32/67

ユーコの証言

 アイタガヤァ……


 アイタガヤアァァァ……



 蛇女の声が頭から離れなかった。夢の中でまで響いていた。




 目を開けると白い天井が見えた。


 あたしは病院のベッドに寝かされていて、緑色のパジャマを着せられていた。


 記憶は意外にはっきりしていた。あたしのあのアパートの部屋は、殺人現場になったのだ。その時、あたしはそれが行われるのを終始見ていた。


 あたしがベッドに寝たままキョロキョロしていると、看護師さんがカーテンを開いて入って来た。


「あ! 桐谷さん、意識戻りました?」


 続いてすぐに、背広姿のおじさんが入って来た。刑事さんだと名乗った。





 一日ゆっくり病院で安静にしてから、外へ出た。アパートへは帰れなかった。現場確保のためだとかで、まっすぐ警察署へパトカーで運ばれた。ホテルを取ってくれているらしい。事情聴取が終わったらそこでゆっくり出来るらしい。


 ユニくんが側にいなくても、あたしは少しも不安じゃなかった。あのひとと一緒にいることがわかっているから。本当のパパが、息子を守っていてくれているのだ。何を不安に思うことがあるだろう。むしろこれほど安心なことはない。


 幻みたいなあのひとのことだ。あたしがホテルでゆっくりしていたら、いつの間にかユニくんと一緒に隣に現れてくれるかもしれない。現れてほしい。それが妄想とは決めつけられないような、嬉しいほどに不思議なひとだ。




「あなたの部屋で殺人事件が起きました」


 いかにも刑事さんといった顔の、40歳ぐらいの中肉中背の男性が、目の周りに優しい皺を作って、あたしをまっすぐ見た。


 てっきりテレビドラマでよく見るような、薄暗い部屋に小さなテーブルを挟んで、カツ丼でも出されるのかと思っていたが、そこは明るい大きな部屋の片隅だった。曇りガラスのパーテーションで仕切られた一角に昭和の香りがする応接セットが置いてあり、ワインレッドの人工皮革のソファーに座らされ、大理石模様のテーブルにコーヒーを置かれ、あたしは話を聞かれた。


「憶えてらっしゃることだけで結構です。教えていただけますか」

 

 中年の刑事の隣に若い刑事さんが座り、ICレコーダーで録音しながら、メモを取っている。


「あなたは犯人を、見ましたか?」


 どう答えようか、迷った。


 あたしはもちろん、その瞬間を見ていた。


 あのひとが、婦警さんの胸を長いツノで刺し、ゆっくりと床に寝かせ、それから肝臓を取り出して、ユニくんに与えた……。でももちろん、そんなことをあたしが言うわけがない。


 見なかった、と答えようか? 嘘をつくのだ。それには罪悪感が伴う。小市民のあたしなんかが、プロの刑事さんに、嘘をついていることを見破られないなんて、出来るのだろうか?


 それをすれば、あたしも彼と同罪になるのだ。あの婦警さんを、あたしも一緒になって殺したようなものだ。


 でも、あのひとのためなら……。


 そんな覚悟が、あたしに持てるのだろうか……。


「桐谷さん」

 あたしがなかなか答えられずにいると、刑事さんが聞いて来た。

「あなたがウチの愛田谷善三の婚約者だというのは、本当ですか?」


 何の話をされているのか一瞬、わからなかった。

 考えたらそうだったかもしれない、と思い当たる。

 そう言えばゼンゾーさんはそんなことをあたしに言っていた。あたしとユニくんを守るためには、自分と結婚したほうがいい、と。

 あたしは身を守るために、彼を利用したほうがいいのではないかと、確かに思ったのだった。でもあたしは彼のことを何も知らないと言った。それでお互いを知るため、デートの誘いを受け、断らなかった。それをゼンゾーさんは勝手に、あたしに彼との結婚の意思があるものと思いこんでいるかもしれない。


「あなたは愛田谷のことをかばっているのではないですか?」

 刑事さんがさらに聞いて来た。自分が図星をついていることを疑わない目で。

「今、愛田谷は連続殺人事件の容疑者として檻の中にいます。あなたの証言があれば、やつを正式に逮捕して、裁判にかけられます」


 そ、そんなことになってるんだ? な、なんで……? あたしは耳を疑いながら、何も言わずに刑事さんの言葉を聞いた。


「正直に教えてください。あなたも殺人を犯すような男と結婚をしたくはないでしょう? 殺しを覚えたやつは、何人でも殺します。あなたも殺されますよ?」


 ふと、気づいた。


 すべてをゼンゾーさんに被ってもらえば、アーミも、ユニオも、もう警察を怖がらなくてもいいように、自由に、させて、あげられる……。


 ユニオが歳をとる速さをゼンゾーさんのキスで抑えてもらっているというのは、ある。でも、もしかしたら、アーミのキスでも同じことが出来たりはしないだろうか……?


 すべての罪をゼンゾーさんに被せれば、あたしは、ユニくんと、アーミと……。


「お願いです、桐谷さん」

 刑事さんが怖い顔であたしに迫る。

「本当のことを教えてください。どうか、本当のことを」


「見ていました」

 あたしは決心し、ようやく口を開いた。

「あたし……、犯人を、見ました」








「優子さん!」


 ゼンゾーさんがあたしに手を振って、笑顔で駆けて来た。


「ありがとう! 証言してくれて!」



 あたしは警察署の廊下に立って振り返り、思わず笑顔が漏れた。

 このひと、やっぱり悪いひとじゃないからなぁ……。優しくて綺麗な目をして、心が透けて見えるような笑顔がかわいいと思った。


「びっくりしちゃったよ。まさか、あなたが殺人容疑にかけられてるなんて」

 そう言ってあたしはくすくす笑う。


「頭おかしいんだよ、アイツら! 少なくとも女性3人の事件発生の時、おれ、署にいたからアリバイしっかりあるってのによー!」



 やっぱりこのひとを罠になんてかけられなかった。



「署がホテル用意してくれんたんだって? 送って行きますよ」


「ありがとうございます」

 あたしは一瞬でも罠にかけようとしたお詫びのつもりで言った。

「途中、一緒にごはん食べてく?」


「おお! おごるぜ! 何が食べたい? 優子の好きなもの、そう言えばおれ、まだ全然知らねーや!」



 あ、調子に乗らせちゃったかな……。



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