ゼンゾーの安心
おかしい……。
ネアの匂いの道を辿って来たが、どうもおかしい。
先へ進むにつれ、匂いが薄くなっている。
優子さんの部屋には蛇の匂いがぷんぷんしていたが……。
これはネアの『やって来た跡』を、おれは逆戻りしているのではないか……。
ネアはあの部屋に、まだいたのではないか……。
おれは急いで振り返り、やって来た道を走って戻った。
優子さんのアパートの前が赤々と騒がしかった。パトカーが3台到着している。先輩もやって来ているようだ。
おれが階段を駆け上がると、優子さんの部屋の前が立入禁止になっている。警察手帳を見せて中に入り、おれは愕然と立ち尽くした。
入ってすぐのキッチンの床に、塩田さんが幸せそうに笑顔を浮かべて死んでいた。胸に穴を開けた凶器をまるで大切に包むように、そこに手を添えたまま。
「また呼んでもねぇのに来やがった」
先輩がおれを見つけて、言った。
「犬野郎が」
「先輩……」
おれは悲しみで吐きそうになりながら、なんとか言った。
「塩田さんが……。塩田さんが……」
「ああ。まさかウチの署のモンが犠牲者になるとはな……。この部屋で銃声がしたと連絡して来たんで、近づかずに離れたところから様子を見ろと、上は指示してたらしいんだが……」
おれはハッとして、先輩に聞いた。
「この部屋の住人は?」
「桐谷優子24歳。発見当時、彼女も床に倒れてたが、意識はあった。首の後ろを刺されていたようだったが、傷は小さく、命に別状はないそうだ」
「その女性は? 今、どこに?」
「救急車で病院に運ばれた。重要参考人だ。事件を目撃していた可能性が高い。体調がよくなってくれたら署で詳しく話を聞くことになってる」
おれは喜んだ。彼女がアーミティアスがしでかしたことを見ていてくれたことを願った。見ていたのなら、証言してくれるだろう。おれが言ったところで署のやつらは信じてくれないだろうが、優子さんの証言なら、アーミティアスの逮捕状がとれるかもしれない。塩田さんの無念を晴らすのだ。
おれはもう一つ、気になることを先輩に聞いた。
「ところで……その女性、一人でしたか?」
「なんだと?」
「銀色の髪の少年とか、一緒じゃなかったですかね」
「……なぜおまえが、それを知っている?」
「え?」
「お隣の部屋の奥さんから証言があった。前におまえ、言ってたよな? 『最近になって急に子供が出来た女性を捜せ』って……。この部屋の女性がそうだった。銀色の髪の子供が最近、急に出来たそうだ」
「そ、そうですか……。で、その子はどこに?」
「不明だ。発見当時、部屋には桐谷さんが一人だった」
「……そうですか。ありがとうございます」
やはりアーミティアスが来たのだ。やつがユニオを連れて行きやがった。
「……てめぇ、実は凄いやつなのか?」
先輩がおれをじろじろ見て来る。
「まさかそんなことはねぇと思うが……普段はアホのふりしてるだけなのか?」
「え……?」
「なぜなんでもかんでも知ってやがる?」
「えっと……」
おれは正直に本当のことを言った。
「実はこの部屋の住人……桐谷優子さんは、おれの婚約者なんです」
「まじで!?」
「ええ。ですからこの部屋から、おれの指紋がたくさん検出されることになると思いますけど、そういう理由なんで、鑑識とかからもし聞かれたら、そう答えておいてもらえませんか」
おれは部屋の匂いを窺った。やはり、まだ蛇の匂いがぷんぷんしてやがる。ネアはどこかに隠れている。天井裏あたり、怪しいな……。
「何ソワソワしてやがる?」
先輩がなんだか怖い目つきでおれを見ている。
「え? な、何も……」
「銀色の髪の子供のこと、なんで黙ってやがった? てめぇ、一人で最近勝手に動き回ってるよな? なんか……隠してねーか?」
急に驚いたような顔になり、
「おまえっ……! まさか……?」
おれを指さして来た。
「え……。まさか……何?」
「犯人は現場に戻って来るって……言うよな?」
「は……はい?」
「おい。ちょっとおまえの拳銃、見せてみろ」
断る理由がないので仕方なく貸すと、先輩はガクガクブルブル震えながら、言った。
「一発……撃ってるな? 発砲許可は取ったのか?」
「その……緊急事態でしたので……」
「おまえ……。塩田くんをおびき寄せるために発砲したな?」
「はい?」
「おびき寄せて……部屋に連れ込んで……何かいやらしいことでもしてから……殺したのか?」
「なっ……!」
おれは涙を飛ばしながら抗議した。
「なんでおれが塩田さんを殺すんスか!!」
「おまえ、塩田くんにつき纏ってたろ。フラレた腹いせに……殺した?」
「バカなっ!」
「連続殺人事件……全部おまえか!」
先輩は手錠を取り出すと、おれにかけた。
おれは叫んだ。
「ムチャクチャだ!」
「とりあえずおまえは監禁しておく。そうしておけと俺の刑事としてのカンが言っている。まあ、すべては桐谷優子が喋れる状態になってからだ。彼女がすべて目撃しているはずだからな」
そうだ。すべては優子さんが証言してくれる。
まあ、それまでの辛抱か。考えたらおれも勝手に行動しすぎていた。先輩がおれを疑うのも……仕方がないとは言いたくねえが、まあ、大人しく監禁されてやるか。
しかし……。アーミティアスめ、ユニオを連れてどこへ行った?
見てろ。必ず貴様を逮捕して、人間社会の法で裁いてやる。
よくも塩田さんを……。
元々兄貴だなんて思っちゃいねえが、てめえは絶対に許さねえ!!!




