表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
30/67

ユーコの恋心

 あれ……。あたし……


 そうだ。蛇女が入って来て……、あたし……。食べられたんじゃ……


 身体がまったく動かない。目だけ、動かせる……。


 話し声が聞こえる。ユニくんと……女の人だ……。


 なんとかギギギと首を動かし、食卓のほうを見た。婦人警官とユニくんが、なんだか楽しそうにお話をしている。婦警さんはパッと見かわいらしいが、オバサンだ。


「へえ、ユニくんて、ユニコーンなんだ? きゃはっ! どうりでなんか理想的な男の子だと思った!」


「うん。僕、ここにツノがあるんだけど、おねえさんには、見えない?」


「ふふふ……。どこ? このへん?」


 婦人警官がユニくんの額に手を触れる。かわいいのはわかる。触りたくなるのもわかる。でも、あたしのユニくんに触るんじゃねぇ、ババア。


「もうすぐパトカー来るからね。っていうか永遠に来なかったらいいのに」


 永遠にユニくんとあたしの部屋で何する気だ。ここはてめーとユニくんのスイートルームじゃねぇぞボケッ!


 でも……あたし……助かったんだ? 絶対あのまま消化されて、二度とユニくんに会えないと思ってた……。ユニくんが助けてくれたんだろうか?


 ちろくんは婦警さんの足下でお座りをして、何かもらえるのを舌を出しながら待っている。おまえ、あたしが食べられそうになってる時、部屋の隅で震えてたよな?


「ところでおねえさんって、子供いる?」

 ユニくんが婦警さんに聞いた。意図はわからない。


「いないよー。仕事一筋で来たからね、バツのひとつもまだついてない、清らかな乙女だよ」

 その歳で清らかな乙女とか言うなや。きしょい。

「なんでー? 子供いるように見えるかなー?」

 この婦警さん、喋り方がキモい。あざとい。けれんみがありすぎる。


「あー。だからかー」

 ユニくんが笑いながら、言った。

「だから美味しそうなんだ?」


「お、美味しそう?」

 婦警さんがたじろぐ。

「美味しそうって……そんなぁ……。ユニくんと20歳も違うお姉さんをからかってぇ……!」

 てれてれ笑ってる。おまえが思ってるような意味の『美味しそう』じゃねーよ、バーカ。


「うん。確かに美味しそうだ」


 突然、意識の外から爽やかな男の人の声がして、あたしはハッとした。


 いつの間にか、婦警さんの後ろに、あのひとが立っている。


 グレーのスーツを綺麗に着こなして、銀色の髪をサラサラと揺らして、立派な長いツノを煌めかせて。


 アーミ……!


 アーミ……!


 口が動かない。笑顔だけ浮かんだ。


「えっ……? だあれ? ユニくんのパパ?」

 婦警さんが驚いて立ち上がり、振り返る。

「そっくり……! っていうか、その……。あ! 私、塩田法子っていいます。愛田谷善三くんの先輩やらせてもらってて……、今、愛田谷くんからユニくんの相手を任されてて……」


 ぺこりと頭を下げる婦警さんを、アーミはにこにことあの笑顔で見つめている。


 涙がぽろぽろこぼれた。

 ずっと会いたかったひとが今、目の前にいる。

 それなのに身体が動かない……。


「どうも。ユニオの父で、アーミティアスと言います」

 彼が婦警さんに丁寧に挨拶をした。

「ゼンゾーのやつ、キスをサボってるみたいでね。コイツ、ちょっとまた急速に歳をとりはじめているんですよ」


「はい?」

 婦警さんが笑顔にハテナマークをつけ、首を傾げた。


「ちょっと、そこに立っててもらって、いいですか?」


「はい……?」


「腕をこう、広げて」


「はい」

 婦警さんが言われるがままに、両腕を広げた。


「その腕に飛び込んでもいいですか?」


「はい!」

 婦警さんの目つきが変だ。恍惚としている。


「受け止めてね」

 そう言いながら、アーミが婦警さんの胸にツノを向けた。

「えいっ」


 じゃれるようにアーミが婦警さんの胸に長いそのツノを当て、押し込んだ。


 婦警さんは『あっ』と声を上げるような顔をすると、とても幸せそうな笑顔を浮かべ、目を閉じた。しばらくアーミのツノに貫かれたまま婦警さんは立っていたが、事切れているのは明らかに見えた。


 ゆっくりと寝かせるように、アーミがツノに突き刺さったまま立っている婦警さんを床に下ろす。仰向けで床に倒れたその胸からツノを抜くと、血が噴き出し、アーミのグレーのスーツと顔を濡らした。


「アーミ……!」

 ユニくんは笑っていた。

「食べてもいいの?」


「もちろんだ」


 アーミが床にツノをつけ、それを素早く上に動かすと、婦警さんの脇腹が服ごと切れた。血が大量に滲み出して、床に広がった。傷口にさらにツノを入れ、手も入れて、抜くと、赤黒い臓器がアーミの手に握られていた。


「わあい」

 ユニくんは大喜びで、アーミが手に持つ肝臓に、大切そうにツノを刺した。ユニくんの真っ白なツノが、赤く色を変えて行く。


「おや?」

 アーミがあたしのほうを見た。

「目が覚めてたのかい? ユーコ」


 彼があたしの名前を呼んでくれた。

 声が出なかった。自分の口ではないように。

 それでもなんとかパクパクと唇だけ金魚のように動かしていると、アーミがあたしの目の前までやって来て、顔を覗き込んで来た。


 至近距離で彼の顔を見た。長い睫毛が銀色で、薄い唇が性的で、どちらも血にまみれていた。


「今、見たことを警察に言うかい?」

 優しい瞳であたしの心の中まで覗き込んで来る。

「言わないよね?」


 遠くからパトカーのサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。


「ユニオをちょっと連れて行くよ」

 優しい声。

「ここに居させちゃまずいからね。大丈夫、すぐに君の元に返すよ」


 アーミがユニオの手を握って、部屋から出て行こうとする。あたしは頑張って、手を伸ばした。そんなあたしを振り返り、彼は優しく、言ってくれた。


「すぐに返すよ。だってユニオは、私とおまえとの息子だ」


 あたしの動かない顔に、笑顔が広がった。初めて彼が、言ってくれた。ユニオのことを、あたしと、彼の、息子だと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 塩田さあああああああん!!!!
[一言] こ、怖いけど エ、エロいです。 ここみ姉さま(#^.^#)
[良い点] どきどきハラハラが止まらない……! どう転ぶかわからない展開に、蛇女の描写、ものすっごく臨場感がありました! アーミティアスの美しくて冷酷な、まさに人外! というところだったり、ユーコ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ