ユーコの恋心
あれ……。あたし……
そうだ。蛇女が入って来て……、あたし……。食べられたんじゃ……
身体がまったく動かない。目だけ、動かせる……。
話し声が聞こえる。ユニくんと……女の人だ……。
なんとかギギギと首を動かし、食卓のほうを見た。婦人警官とユニくんが、なんだか楽しそうにお話をしている。婦警さんはパッと見かわいらしいが、オバサンだ。
「へえ、ユニくんて、ユニコーンなんだ? きゃはっ! どうりでなんか理想的な男の子だと思った!」
「うん。僕、ここにツノがあるんだけど、おねえさんには、見えない?」
「ふふふ……。どこ? このへん?」
婦人警官がユニくんの額に手を触れる。かわいいのはわかる。触りたくなるのもわかる。でも、あたしのユニくんに触るんじゃねぇ、ババア。
「もうすぐパトカー来るからね。っていうか永遠に来なかったらいいのに」
永遠にユニくんとあたしの部屋で何する気だ。ここはてめーとユニくんのスイートルームじゃねぇぞボケッ!
でも……あたし……助かったんだ? 絶対あのまま消化されて、二度とユニくんに会えないと思ってた……。ユニくんが助けてくれたんだろうか?
ちろくんは婦警さんの足下でお座りをして、何かもらえるのを舌を出しながら待っている。おまえ、あたしが食べられそうになってる時、部屋の隅で震えてたよな?
「ところでおねえさんって、子供いる?」
ユニくんが婦警さんに聞いた。意図はわからない。
「いないよー。仕事一筋で来たからね、バツのひとつもまだついてない、清らかな乙女だよ」
その歳で清らかな乙女とか言うなや。きしょい。
「なんでー? 子供いるように見えるかなー?」
この婦警さん、喋り方がキモい。あざとい。けれんみがありすぎる。
「あー。だからかー」
ユニくんが笑いながら、言った。
「だから美味しそうなんだ?」
「お、美味しそう?」
婦警さんがたじろぐ。
「美味しそうって……そんなぁ……。ユニくんと20歳も違うお姉さんをからかってぇ……!」
てれてれ笑ってる。おまえが思ってるような意味の『美味しそう』じゃねーよ、バーカ。
「うん。確かに美味しそうだ」
突然、意識の外から爽やかな男の人の声がして、あたしはハッとした。
いつの間にか、婦警さんの後ろに、あのひとが立っている。
グレーのスーツを綺麗に着こなして、銀色の髪をサラサラと揺らして、立派な長いツノを煌めかせて。
アーミ……!
アーミ……!
口が動かない。笑顔だけ浮かんだ。
「えっ……? だあれ? ユニくんのパパ?」
婦警さんが驚いて立ち上がり、振り返る。
「そっくり……! っていうか、その……。あ! 私、塩田法子っていいます。愛田谷善三くんの先輩やらせてもらってて……、今、愛田谷くんからユニくんの相手を任されてて……」
ぺこりと頭を下げる婦警さんを、アーミはにこにことあの笑顔で見つめている。
涙がぽろぽろこぼれた。
ずっと会いたかったひとが今、目の前にいる。
それなのに身体が動かない……。
「どうも。ユニオの父で、アーミティアスと言います」
彼が婦警さんに丁寧に挨拶をした。
「ゼンゾーのやつ、キスをサボってるみたいでね。コイツ、ちょっとまた急速に歳をとりはじめているんですよ」
「はい?」
婦警さんが笑顔にハテナマークをつけ、首を傾げた。
「ちょっと、そこに立っててもらって、いいですか?」
「はい……?」
「腕をこう、広げて」
「はい」
婦警さんが言われるがままに、両腕を広げた。
「その腕に飛び込んでもいいですか?」
「はい!」
婦警さんの目つきが変だ。恍惚としている。
「受け止めてね」
そう言いながら、アーミが婦警さんの胸にツノを向けた。
「えいっ」
じゃれるようにアーミが婦警さんの胸に長いそのツノを当て、押し込んだ。
婦警さんは『あっ』と声を上げるような顔をすると、とても幸せそうな笑顔を浮かべ、目を閉じた。しばらくアーミのツノに貫かれたまま婦警さんは立っていたが、事切れているのは明らかに見えた。
ゆっくりと寝かせるように、アーミがツノに突き刺さったまま立っている婦警さんを床に下ろす。仰向けで床に倒れたその胸からツノを抜くと、血が噴き出し、アーミのグレーのスーツと顔を濡らした。
「アーミ……!」
ユニくんは笑っていた。
「食べてもいいの?」
「もちろんだ」
アーミが床にツノをつけ、それを素早く上に動かすと、婦警さんの脇腹が服ごと切れた。血が大量に滲み出して、床に広がった。傷口にさらにツノを入れ、手も入れて、抜くと、赤黒い臓器がアーミの手に握られていた。
「わあい」
ユニくんは大喜びで、アーミが手に持つ肝臓に、大切そうにツノを刺した。ユニくんの真っ白なツノが、赤く色を変えて行く。
「おや?」
アーミがあたしのほうを見た。
「目が覚めてたのかい? ユーコ」
彼があたしの名前を呼んでくれた。
声が出なかった。自分の口ではないように。
それでもなんとかパクパクと唇だけ金魚のように動かしていると、アーミがあたしの目の前までやって来て、顔を覗き込んで来た。
至近距離で彼の顔を見た。長い睫毛が銀色で、薄い唇が性的で、どちらも血にまみれていた。
「今、見たことを警察に言うかい?」
優しい瞳であたしの心の中まで覗き込んで来る。
「言わないよね?」
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。
「ユニオをちょっと連れて行くよ」
優しい声。
「ここに居させちゃまずいからね。大丈夫、すぐに君の元に返すよ」
アーミがユニオの手を握って、部屋から出て行こうとする。あたしは頑張って、手を伸ばした。そんなあたしを振り返り、彼は優しく、言ってくれた。
「すぐに返すよ。だってユニオは、私とおまえとの息子だ」
あたしの動かない顔に、笑顔が広がった。初めて彼が、言ってくれた。ユニオのことを、あたしと、彼の、息子だと。




