白
あたしはベッドに横たわり、目を瞑ってお乳を飲むベビーを見ながら、名前をつけてあげなきゃと思った。
名前をつけてあげなければ、この子がこの世のどこかで迷子になってしまっていても探してあげられない。
額から生えているツノは真っ白で、白いおもちみたいな肌が透明に見えるくらい、それはまるで純粋な白だった。
だからこの子はツノがあっても鬼とかの類いではありえない。もっと何か神聖な、光の園からやって来てくれたものだ。
ユニコーン、という言葉が頭に浮かんだ。
もちろんユニコーンといえば、神の国に住まう翼のある馬のことだろう。人間ではない。
でもあたしにはその言葉だけがぴったり来るように思えた。
「ゆにた」
あたしは一番初めに浮かんだ名前を口に出した。
それをこの子に当てはめてみる。違う。かわいいけど、そんなユニ太みたいな、太い感じはしない。もっと繊細だ。
「テンマ」
次に浮かんだ名前はどこかのマンガに出て来そうで即却下した。
「ユニオ」
これだ、と思った。
とてもありふれていそうで他にはいない、そしてどこか神秘的な外国語のような響きが自分で気に入った。それはこの子が産まれる前からその名前だったように、とても弱そうにお乳を貪っているこの子にぴったり似合った。
「君はユニオだね」
そう言ってあたしは頭を撫でてあげた。
「よろしくね、ユニオ。あたし、君のママだよ」
マルチーズのちろくんがあたしの背中に寄り添いながら、しきりに唸り声を低く上げていた。
お乳をあげながら、いつの間にか眠っていた。
外では雨の音がまだささやかな音で続いている。
ユニオを見て、少し驚いた。
あたしの脇の下におもちみたいなほっぺをだらしなく預けているベビーのままだが、明らかに少し大きくなっている。眠る前はリンゴぐらいだと思っていた頭が、グレープフルーツぐらいになっている。あ……。大して変わんないか。そんな気がしただけかも。
白い肌に、銀色の幼い髪の毛が絡みつき、とても綺麗なのに、ぶさいくな形に力の抜けきった口元にいっぱいミルクの跡とよだれをつけて、眠っている。
思わず笑って、口元を指で拭いてやると、いきなり目を覚ました。
「ダア!」
元気よく両腕を振り上げて、めっちゃ笑う。
あまりにかわいくて、思わず横向きに寝転がったまま、抱き上げた。首は産まれた時からすわっていた。
「あっ」
思わず声が出た。
シーツの上に、こんもりとチョコソフトクリームをこぼしたようなものがあった。
そのまわりにはレモン汁のような染みが広がっている。
「そうだ……。おむつ、いるじゃん」
ユニオを抱き上げたまま、あたしは途方に暮れた。
「……どうしよう」
ちろくんが「わん!」と、威嚇するように吠えた。
それで思い出した。
そうだ。ちろくんのペットシーツがある。あれをどうにかおむつに出来ないかな……。
そう思いながら、立ち上がりかけたあたしの動きが止まった。
いい匂いがする。
シーツの上の、チョコソフトとレモン汁のほうから。
あたしは犬のように屈み込み、ぺろりとそれを舐めた。
チョコレートソフトクリームにレバーを混ぜたような味がした。
あたしは口に全部含むと、もぐもぐと全部食べ、レモンかき氷のシロップみたいな味のする染みも、舐め取れるだけ舐め取った。
「わんわんっ! きゃうんっ!」
ちろくんがびっくりしたような声で吠えていた。
あたしはちろくんにごはんをあげる以外、すべての時間をユニオのために使った。
おっぱいをやり、背中を叩いてげっぷさせ、撫でてやり、きゃっきゃと笑い出したら指を掴ませて遊んであげた。
こんなにゆっくりとした時間を過ごすのはどれだけ振りだろう。自分が赤ん坊の頃にもこんな時間の中にいた記憶はない。
食事は必要なかった。ユニオがおしっこをしたくなったら腰を振り出すので、抱き上げておちんちんから直接おしっこを飲んであげた。うんちはお尻の下に敷いたペットシーツの上にいつの間にか盛られていて、それを食べたらあたしはお腹がいっぱいになった。
たまにちろくんが遊んでほしいのか、背中に乗って来るのが鬱陶しかった。
「ごめんね、ちろくん。……今は無理だから。この子から目が離せるようになってからね……」
口ではそう言いながら、ちろくんのことがどうでもよくなっていた。
雨の降り続く外に3階の窓から捨てようかとも一瞬、本気で考えた。
ちろくんの、天使みたいだと思っていた白い巻き毛が、薄汚れた野良犬の毛のように見えた。
ユニオは真っ白だった。
白いその肌をあたしは何度も撫で、純白のツノを指でなぞり、そこにキスをした。
銀色がかった青い瞳があたしをまっすぐ見つめ、あたしに運命を任せきっていた。
ユニオはあたしの世界のすべてだった。