補食されるユーコ
ユニくんが部屋にいない。
ちろくんと2人ぼっち。
ほんの少し前まではこれが当たり前だった。
空から太陽が消えてしまったみたいだ。
ゼンゾーさんはユニくんに犯人を捜し当てる能力があると言った。
用が済んだらすぐ戻って来るのだろう。
よくわからないけど、ユニくんは3人の女性を殺した犯人ではなくて、真犯人が捕まれば、あたしは何にも怯えることなくこの部屋で、ユニくんと暮らせるようになるのだろうか。
なぜこんなに不安なんだろう。
先のことが何もわからない。
とりあえず今、ユニくんが部屋にいないことが、たまらなく不安だ。
寂しい、とは違う。なぜだろう。もう二度とユニくんとは会えないような、遠く離れてしまったような、そんな気持ちだ。
不安を紛らわすため、やめていたタバコをまた取り出し、火を点けた。喉につっかえて、むせた。美味しくはない、全然。喉に痛いだけだ。換気扇をつけて、その下で煙をくゆらせる。
フィルターすれすれまで吸って、流し台の端で揉み消した。寝ていたちろくんが顔を起こす。誰か来たのだろうか。
足音はしないが……
ドアノブがガチャガチャと激しく音を立てた。
「はい?」
あたしは思わず声を出す。
「どなたですか?」
チャイムを押されていないのでドアホンのモニターは暗いままだ。
覗き窓から外を見ようとすると、鍵が外から開けられた。鍵穴をピッキングでもされたのだろうか。びっくりして見ていると、勢いよく扉が開けられ、チェーンロックが全開にされるのを防いで、ガツン!と激しい音を立てた。
開いた扉の隙間から、見覚えのある顔がこちらを覗いている。
あの、スーパーからの帰りに見た、蛇の顔をした女性だ。
こちらを見ているのかどうなのかわからない、焦点の合っていない金色の目に縦長の瞳をして、口からチロチロと細い舌を見せている。
「アイタガヤァ……」と、その女性は呻くように言った。
あたしは後ろ向きに居間まで移動し、スマホを取った。震える手で通話アプリをタップする。間違えて隣のメールアプリを起動してしまい、慌ててホーム画面に戻す。
「アイタガヤァ……アイタガヤァァァ……」
猫のような、赤ん坊のような声でその女性はそう言うと、狭いドアの隙間に顔を押し込んで来た。ウィッグが脱げ、つるつるの卵のような頭が、狭い隙間を通り抜け、入って来た。
110番を押しているのになかなかうまく入力できない。1110番になり、また戻す。
玄関を見ると女性がいない。
息を荒くして部屋を見回していると、チクリと注射をされたような痛みを首の後ろに感じた。振り返ると女性がすぐそこにいて、あたしを見下ろしている。
「アイタガヤァァ……」
そう言うと女性は嬉しそうに、ニヤリと笑ったように見えた。笑っているような口から細くて赤い舌が何度も出入りし、彼女の興奮を示している。そのままあたしは固まった。身体が痺れて動かない。何かを注射された。目を見開くしか、出来なかった。
女性の全身が震え出すと、口を開けた。彼女は信じられないぐらいに大きく口を開けた。上顎にだけ生えた一本だけの長い牙が露わになる。激しく嘔吐するような音が部屋に響いた。胃液に包まれ、半分消化された鶏が床にぼとりと落ちる。あたしを食べるための準備として吐き出し、胃の中を空っぽにしたのだとわかった。
「ーーユニくん……」
痺れる口をなんとか動かした。自分の涙声をあたしは聞いた。
「はふへへ……」
助けて、と言ったつもりの言葉は麻痺していた。
「はふへへ……ユニふん……!」
彼女がゆっくりと迫って来る。
あたしは全身が硬直して、座り込むことも出来ない。
よく見ると彼女、腕がない。ピンク色のブラウスの両腕がぶらんぶらんと揺れている。
「アイタガヤ、どこ?」
彼女はあたしに聞いた。
「ロイは?」
あたしはただ泣きながら、痺れる口を動かした。
「はふへへ……! アーミ……!」
彼女が再び大きく口を開き、頭からあたしを呑み込んだ。




