表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
28/67

補食されるユーコ

 ユニくんが部屋にいない。


 ちろくんと2人ぼっち。


 ほんの少し前まではこれが当たり前だった。


 空から太陽が消えてしまったみたいだ。


 ゼンゾーさんはユニくんに犯人を捜し当てる能力があると言った。


 用が済んだらすぐ戻って来るのだろう。


 よくわからないけど、ユニくんは3人の女性を殺した犯人ではなくて、真犯人が捕まれば、あたしは何にも怯えることなくこの部屋で、ユニくんと暮らせるようになるのだろうか。


 なぜこんなに不安なんだろう。


 先のことが何もわからない。


 とりあえず今、ユニくんが部屋にいないことが、たまらなく不安だ。


 寂しい、とは違う。なぜだろう。もう二度とユニくんとは会えないような、遠く離れてしまったような、そんな気持ちだ。


 不安を紛らわすため、やめていたタバコをまた取り出し、火を点けた。喉につっかえて、むせた。美味しくはない、全然。喉に痛いだけだ。換気扇をつけて、その下で煙をくゆらせる。


 フィルターすれすれまで吸って、流し台の端で揉み消した。寝ていたちろくんが顔を起こす。誰か来たのだろうか。


 足音はしないが……


 ドアノブがガチャガチャと激しく音を立てた。


「はい?」

 あたしは思わず声を出す。

「どなたですか?」


 チャイムを押されていないのでドアホンのモニターは暗いままだ。


 覗き窓から外を見ようとすると、鍵が外から開けられた。鍵穴をピッキングでもされたのだろうか。びっくりして見ていると、勢いよく扉が開けられ、チェーンロックが全開にされるのを防いで、ガツン!と激しい音を立てた。


 開いた扉の隙間から、見覚えのある顔がこちらを覗いている。


 あの、スーパーからの帰りに見た、蛇の顔をした女性だ。


 こちらを見ているのかどうなのかわからない、焦点の合っていない金色の目に縦長の瞳をして、口からチロチロと細い舌を見せている。


「アイタガヤァ……」と、その女性は呻くように言った。


 あたしは後ろ向きに居間まで移動し、スマホを取った。震える手で通話アプリをタップする。間違えて隣のメールアプリを起動してしまい、慌ててホーム画面に戻す。


「アイタガヤァ……アイタガヤァァァ……」


 猫のような、赤ん坊のような声でその女性はそう言うと、狭いドアの隙間に顔を押し込んで来た。ウィッグが脱げ、つるつるの卵のような頭が、狭い隙間を通り抜け、入って来た。


 110番を押しているのになかなかうまく入力できない。1110番になり、また戻す。


 玄関を見ると女性がいない。


 息を荒くして部屋を見回していると、チクリと注射をされたような痛みを首の後ろに感じた。振り返ると女性がすぐそこにいて、あたしを見下ろしている。


「アイタガヤァァ……」


 そう言うと女性は嬉しそうに、ニヤリと笑ったように見えた。笑っているような口から細くて赤い舌が何度も出入りし、彼女の興奮を示している。そのままあたしは固まった。身体が痺れて動かない。何かを注射された。目を見開くしか、出来なかった。


 女性の全身が震え出すと、口を開けた。彼女は信じられないぐらいに大きく口を開けた。上顎にだけ生えた一本だけの長い牙が露わになる。激しく嘔吐するような音が部屋に響いた。胃液に包まれ、半分消化された鶏が床にぼとりと落ちる。あたしを食べるための準備として吐き出し、胃の中を空っぽにしたのだとわかった。


「ーーユニくん……」


 痺れる口をなんとか動かした。自分の涙声をあたしは聞いた。


「はふへへ……」


 助けて、と言ったつもりの言葉は麻痺していた。


「はふへへ……ユニふん……!」


 彼女がゆっくりと迫って来る。


 あたしは全身が硬直して、座り込むことも出来ない。


 よく見ると彼女、腕がない。ピンク色のブラウスの両腕がぶらんぶらんと揺れている。


「アイタガヤ、どこ?」

 彼女はあたしに聞いた。

「ロイは?」


 あたしはただ泣きながら、痺れる口を動かした。


「はふへへ……! アーミ……!」


 彼女が再び大きく口を開き、頭からあたしを呑み込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ