追跡するゼンゾー
「なんで言わなかったんだ、おまえ!」
おれは後部座席に乗ったユニオに大きな声を出した。
「アーミティアスが女性を殺し、肝臓をおまえに差し出した、おまえはそれにツノを当て、エキスを貰っただけ……。そうだよな!?」
「だって……」
ユニオはすまなさそうに、言った。
「アーミに『言うな』って、言われてたから……」
「殺人罪と死体損壊罪じゃ大違いだ! それでもまぁ……、おれは、おまえを裁かれる前に島に返すつもりだけどな!」
「僕を……島に返すの?」
ユニオは悲しそうな口調で、言った。
「やだよ……。僕、ママが好き」
「優子さんはおまえのママじゃない!」
そこまで言って、あまりコイツを刺激しないよう、話を変える。
「ところでアーミティアスの居場所、感じるか? こっちで合ってるか?」
「もうちょっと行ってくんないとわかんない」
「まぁ……、でも、感じてるんだな? ……あ、ちくしょっ。後ろの車、車間ちけーな。女は空間認識能力が劣るから困る。詰め詰めになってんの、気づいてんのか?」
振り払おうとスピードを上げたら、覆面パトだった。屋根の上にパトランプが出やがった。運転手が女だから油断した。
路肩に停めながら、スティーブに頼んで揉み消してもらおうか、でもアイツ今、怒ってるからな……、とか思っていると、知った顔が窓の外から覗き込んで来た。
「え。愛田谷くん?」
「ありゃ……。塩田さん、どうも」
先輩の塩田法子さんだ。はて……、この人、いつから交通課に替わったんだ? ってか、元々交通課だったっけ? そのへんはよく知らん。
おれが興味あるのは彼女の肩書きではなく、その中身だけだ。少し前までこの人がおれの運命の女性だった。このひとと結婚する予感をおれは抱いていた。まぁ、外れたっていうか、おれが勝手に優子さんに心変わりしただけだが。
まぁ、塩田さんならその優しさはよく知っている。見逃してくれと可愛い後輩らしく言えば許してくれるだろう。
「よく飛ばしてたわね。61km/hオーバーよ。一発免停ね。90日」
「いや、塩田さん。今日もお綺麗ですね」
「いいと思ってるの? 現職の刑事があんなに飛ばして」
「捜査中なんです。ああ……犯人を見失ってしまう!」
「ダメよ。パトカーに乗ってない以上、緊急自動車の権限はないわ。はい、免許証。あと車検証、見せて?」
ヤバい。車検証の名義は車屋のままだ。保険も全部……。名義変更もせずに乗り回してること、バレちまう。
助手席の警官も女性だった。うるさそうなオバサンだ。
どうしよう……。
すると後部座席の窓を開け、ユニオがひょこっと顔を外に出した。
「あら?」
「まぁっ!」
女性警官2人が顔を輝かせる。
「こんにちは」
ユニオが挨拶をする。
「こんにちは! 誰? 愛田谷くんの……親戚の子?」
塩田さんが大はしゃぎでおれに聞く。
「えーと……。おれの……。従兄弟の親戚の友達の子っス」
適当なことを言うおれをほぼ無視して、塩田さんとオバサンが並んでユニオに紅潮した顔を近づける。
「綺麗ねー、君!」
「名前、聞いていい? ファンになっていい?」
「桐谷ユニオです」
そう言ってユニオは笑い、
「おねえさん、かわいいね!」
塩田さんを『魅了』の魔法にかけた。
「……じゃ、おれ、行きますんで」
ここがチャンスとおれはサイドブレーキを解除し、シフトをドライブに入れた。
「あーん! 待ってよ!」
「もっとお話させて!」
助かった。ユニオの『魅了』の能力に感謝した。
ユニオが指示した場所は、廃工場だった。
赤い満月が不気味に見下ろす山裾に、それは建っている。
入り口は開け放され、ただ立ち入り禁止を示すロープが張られているだけだ。
確かに匂いがする。
アーミティアスの匂いはおれを攪乱する。しかし、ここまで近づけば見失いようがない。
やつもこちらに気づいているだろう。おれはユニオを背中に守り、慎重に中へ入って行った。
「アーミ!」
おれは声を出してやった。
「いるんだろう? 出て来やがれ」
「ゼンゾー」
押し殺したような、やつの声が響く。
「何しに来た」
「決まってんだろうが」
おれは喋りながら、やつの居所を探す。
「ユニ……ロイに罪をひっかぶせやがって! 情報屋3人を殺したな? で、女性3人もおまえじゃねーか!」
フ……、と風のような笑い声が聞こえた。
「そこか」
匂いの元を見つけた。
「そこに隠れてやがんな?」
木箱の陰だ。
いきなり前に現れて、ツノで突いて来るかもしれない。慎重に歩を進める。
逃げ出すかもしれない。いざとなったらユニオを前に出す。純血のユニコーンであるユニオは、中途半端なユニコーンのアーミティアスよりも身体能力が上だ。やつが逃げたら追わせる。
しかしやつはずっとそこを動かず、おれが来るのを待っていた。
「私を捕まえられるのか?」
姿を見せず、やつが言った。
「証拠は? 逮捕状は? 私は何もしていないぞ」
「重要参考人として連行することは出来る。おまえを署まで連れて行く」
「拒否したら?」
「ええと……」
おれは答えに詰まった。不勉強がたたった。
「公務執行妨害で逮捕できる……んだっけ」
「おい!」
やつのツノが暗闇の中に見えた。
「おまえ、まさか、あのバカ女を一人にして来たのか?」
「バカ女? 誰のことだ?」
「わかるだろう? ロイを自分の産んだ子だと思い込んで、母性のままに育てている、あのバカ女だよ。名前なんか知らん」
「てめぇ……! 優子さんを侮辱すんな!」
「いや、それは危ないよ、ゼンゾー」
「何のことだ!」
「実はアーニマンが2体、島からこっちにやって来てる」
「アーニマンが?」
おれは意味がわからなかった。
「それがどうした」
「わからないか? ロイを食べにやって来てるんだ。ロイの匂いはやつらには嗅ぎつけられないけど、おまえの匂いは、やつら強烈に嗅ぎつける」
「なんだと?」
「そのバカ女の部屋に、もし、おまえの匂いが残ってるなら……、やつらそこへ来るぞ? しかもバカ女にロイの匂いでもついてたら……」
「優子さんが……」
やつの言うことなど信じたくはなかったが、嫌な予感がした。
「食われる……と言うのか?」
「何してる! 急げ! やって来てるのは獅子のゴゴと、蛇のネアだ! 特に蛇のネアはしつこいぞ! 急いで戻れ! 彼女を守ってやれ!」
そう言いながら、闇の中からアーミティアスが少し顔を出した。こちらを見るその顔は、面白そうに、薄笑いを浮かべていた。
「ちっ……ちくしょっ!」
おれはユニオの手を握り、走って車に戻った。
ユニオがいればアーミティアスはいつでも捕まえられる。しかし、今、早く、優子さんの所へ戻らなければ……優子さんが……
「どうしたの、ゼンゾー?」
ユニオにおれは答えなかった。
優子さんが今、あのアパートの部屋で、蛇に食べられているかもしれないなんて言ったら、コイツはきっとパニックを起こす。




