ゼンゾーの推理
遅かった。現場の路地裏はとっくに片付けられ、アーミティアスの匂いを追うことは出来なくなっていた。
「なんで片付けちゃったんですか!」
「当たり前だろ。いつまでもこんな所に死体を置きっぱなしにしておけるか」
先輩はそう言うと、おれを白い目で見る。
「お前、今日は気になる匂いを追うから自由行動させてくれとか言ってたが……、まさか遊んでたんじゃねぇだろうな?」
「失敬な! 遊んでなんかいませんでしたよ!」
嘘じゃない。おれの人生にとってとても大切な行事だったのだ。
「なら、てめーの鼻も大したことはないってこったな」
先輩のおれを見る目が冷たい。
「ここまで来るのに大分かかったよな? 見当違いな方向を探してたってこった。ま、呼んでもねーのに来たのにはさすがにびっくりしたが……。まぁ、てめーの嗅覚なんてその程度だってこったな」
おれは舌打ちをすると、スティーブに電話をかけた。
スティーブは電話に出るなり、言った。
『責任取ってよ、アイタガヤ』
「責任? どういうことだ?」
『ヤバい仕事を回したって、ボク、責められてるよ。裏組織壊滅させるための罠に嵌めやがったんじゃないかって……。アイタガヤの名前、出したよ? よかったよね?』
「まあ、仕方ねぇな……。で、引き続き、頼めるか? その銀髪野郎を探してほしいんだが……」
『受けるわけないでしょ! もう関わり合いになるの、ゴメンだよ!』
一方的に電話を切られた。
どうするか? せっかくアーミティアスの野郎をしょっぴけるチャンスだ。なんとか奴を探し当て、捕まえなければ。
署に協力を頼もうにも、やつは言わば不法入国者、おまけにユニコーンの能力で『いつの間にか姿を現し、いつの間にか消えている』。存在しないことになっている者に対して逮捕状はおろか、捜査令状だって取ることも出来ない。
おれの手で捕まえて、やつの口から罪を認めさせるしかない。あるいはやつが何かをしでかしているところを現行犯で……
……って、おれ、実の兄貴を逮捕しようとしてるんだな。
いや、おれはあいつを兄貴だなんて思ってはいない。それよりもロイの……あ、いや、ロイと呼んだら彼女に怒られる。ユニオのほうが、アーミティアスよりもよっぽど大事なのだ、おれは。
「しかし、前の3件とは違いすぎて戸惑うな」と、横で先輩が言った。
「は?」
おれは意味がわからず、間抜けな声を出してしまった。
「前の3件て、何スか?」
「何言ってんだ、お前」
先輩が呆れた顔でおれを見る。
「連続殺人事件に決まってんじゃねーか。これで犠牲者が6人になった」
おれは『アホだな』『わかってねぇな、コイツ』と思いながら、聞いた。
「これ、前の女性3人と犯人、同じなんスか?」
「凶器が同じだ」
先輩は言った。
「傷の大きさ、深さ。前の女性3人も、まったく同じ凶器で刺されていると断定して間違いないそうだ」
その言葉にハッとした。
本当に、前の女性3人は、ロイが……いやユニオが、刺したのだろうか?
おれは3人の情報屋をアーミティアスが殺す場面をイメージしてみる。
スティーブの雇った情報屋達は、目を離さずアーミティアスを尾けていたはずだ。しかし、標的はいつの間にか彼らの眼前から消える。ユニコーンの能力だ。
そしていつの間にか3人の間に突然、再び現れるアーミティアス。いつものように他人をバカにするような爽やかな笑いを浮かべていたことだろう。
「私に何か、用?」
そんなことを涼しげに言いながら、内心とても怒っている。あいつは干渉されること、見張られることが何より嫌いだ。
言い訳をして逃げようとする情報屋達に、きっとあいつは……
「えいっ」
とか笑いながら、頭を前に突き出した。
情報屋達にやつのツノは見えていない。最初の男はおそらく何をされたかわからないままに、胸に穴を空けられた。
男の胸から血が噴き出す。
驚いてあとの2人は逃げ出したことだろう。あるいは呆気にとられて立ち尽くしたかもしれない。その胸を狙って、アーミティアスがまたふざけたように笑いながら、ツノを差し込んだ。
「やあっ」
最後の1人はさすがにわけもわからず逃げ出しただろう。胸に狙いをつける余裕がなかったアーミティアスは、いつの間にかそいつの前に移動すると、急いで頭を刺した。
噴き出した頭からの血を、アーミティアスが浴びる。
3人を殺したアーミティアスは当然のように、返り血まみれだ。
ユニコーンの能力は単に相手の注意をそらし、消えたり現れたりしているように見せかけているに過ぎない。返り血を浴びないわけはない。
やつのグレーのスーツも血まみれになったことだろう。
……ロイ……いや、ユニオは?
優子さんのところへ「おねえさんを食べて来た」と言いながら帰って来た時のあいつは、血まみれだったのだろうか?
3人の女性を確かにあいつは食べたのだろう。あいつ自身がそう言っているのだから。
しかし、その場にいたのは、果たしてあいつと女性2人きりだったのか?
そそのかしたやつがいるのではないのか?
何より……。おれはなんでこんなことに気がつかなかったのか、と自分の頭を叩いた。
ユニコーンはユニコーンの存在を遠くからでも感じられる。
ユニコーンの血の薄い、ほぼ人間であるおれの匂いをユニオが嗅ぎつけられないのは当然として、ユニコーンの血の濃い、ほぼユニコーンであるアーミティアスの匂いなら、ユニオは嗅ぎつけられるはずだ!
それ以前に、もしかしたらユニオは知っていたりはしないだろうか、アーミティアスの居場所を?
「先輩……」
「ん? なんだ?」
「おれ……。また、嗅いで来ますっ!」
「おいっ! 愛田谷!? お前っ! いくらなんでも勝手すぎるぞこの犬野郎ーーッ!」
呼び止める先輩を置いて、おれはまた優子さんのアパートへ駆け出した。




