表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
24/67

ユーコの印象

 信じられないものを見た。


 アパートの前に乗りつけたその人は、昔、あたしが免許取り立ての頃に、お父さんが『練習用に』と買ってくれたのと同じ車から降りて来た。


 いい車だった。コンパクトなのに中は広くて、よく走る。でも、あたしが乗ってたのは、これほどポンコツじゃなかった。


 天使の服を着せてキャップを被せたユニくんは喜んで乗り込んだが、助手席に乗ろうとする彼をあたしはやめさせた。ぶつかりそうになった時、自分ばっかり守って助手席から激突されたらどうするのよ。エアバッグが壊れてたらどうするのよ。それに隣にいさせないと安心できない。助手席にはちろくんを乗せた。


 服装はいつものヨレヨレのスーツだった。信じられない。べつにウキウキしていたわけじゃないけど、一応これ、デートでしょ? 仕事中ということになっているのわかるけど、せめてアイロンぐらいかけて来いよ。あたしとユニくんに恥をかかす気か。


 まぁ……、あたしも『いつもの』ピンクのチュニックにジーンズ姿だったから、人のことは言えないか……。



 高速道路に乗るとバカみたいにスピードを上げた。

 ユニくんはきゃっきゃと喜んだけど、あたしが釘を刺した。

 車からギシギシ音が鳴るのが怖くて、ユニくんの身体を抱いて守った。





 ドッグランでユニくんとちろくんを遊ばせながら、あたしは帰りたくなっていた。金網の向こうで戯れるふたりはかわいい。でも、隣にいる人が邪魔だった。3人だけなら、ちろくんとは久しぶりの、ユニくんとは初めての遠出。どんなに楽しかったことだろう。


「いい天気でよかったですねまるで天国にいるみたいだ」


 あたしはゼンゾーさんの言葉を早送りして聞いた。


 一応「そうですか」と答えてあげた。


 天気はよかった。

 気持ちのいい風は吹いていた。


「かわいいですよね」

 その人は言った。

「人を3人食ったとはとても思えない」


「やめてください!」と思わず爪でひっかいて首を絞めてやりたくなった。


 その人はさすがに反省したようだったが、あたしは心の中で許してはいなかった。



 昨夜はプロポーズを受けてもいいと考えた。ユニくんを守るために、側にいてくれたほうが助かるからだった。でも、あたしとユニくんは、この人にはもったいない。そう思えてしまった。まだ今日のデートは半分も終わっていないのだろうが、それを知るには充分だった。


 その人は電話で誰かと話していた。

 おそらくは警察からだろう。

 こんなダメそうな刑事にも連絡は来るんだなぁ、と彼の職場の空気の温かさを想像する。


 電話が終わったら食事に連れて行かれるのだろうか。もうすぐお昼だ。「お洒落なレストランにかけそばを食べに行きませんか」などと言い出しそうな人だと思った。そばが食べたいならそば屋へ、お洒落なレストランへ行くならランチを頼むような人じゃない気がした。


 すると電話を終えた彼が言った。


「優子さん。事件が起きた。……とてもすまないが、今日は中止にしよう」


 ほっとした。


 帰れる。


 不謹慎だが、殺人事件が起きたらしいことに感謝した。





 アパートの前でユニくんはなかなか車を降りようとしなかった。


「ゼンゾー、帰っちゃうの? はやすぎる! もっと一緒に遊ぼう! っていうか一緒に暮らそうよ」


「悪いな。お仕事だ。おれは行かなきゃならない」


「もぉっ……!」

 ユニくんは女の子みたいにふくれっ面をした。


「すまん。これで我慢しろ」

 そう言うと、ゼンゾーさんは運転席から振り返り、ユニくんの細い身体を引き寄せ、キスをした。


 見るのは2回目だが、ユニくんとキスをする時だけ、この人が頼り甲斐のある男性のように見えてしまう。

 しゃくれた顎が、二つに割れたアングロサクソンみたいな逞しい顎に見えてしまう。


 2人がキスをするのを見るのは嫌じゃない。

 これをしないとユニくんはまた人間を食べたくなってしまうらしいし。


 何よりなぜか見とれてしまう。


 天使と古代の戦士が口づけするのを見るようで。





 部屋に戻るとすぐ、ユニオはすねたようにベッドに仰向けにダイブした。マットレスに穴を開けないよう、ちゃんとツノは上向きで。


「そんなにゼンゾーさんが途中で帰っちゃったのが嫌だったの?」



 お茶を淹れながら聞くと、かわいい返事が返って来た。





「ママがいるからいいけど……。ゼンゾーもいたらもっといい」




 ちろくんは銀皿の水を一心不乱に舐めている。




 あんな人に、どうして、とは思わなかった。


 今日の印象は散々に終わったが、それでもユニくんがゼンゾーさんになついていることは、少しも不思議ではなかった。






 本当のお父さんと息子に見えてしまう瞬間があったのは、確かだった。





「さ、お茶も入ったし、少し遅いけどお昼ごはんにしよう」





 簡単に作ったやきそばをテーブルに乗せると、嬉しそうにベッドから起き上がり、笑顔でこっちへやって来る。




「おいしい?」




 あたしが聞くと、ソース色の麺を気持ちよさそうに啜りながら、ユニくんは言った。





「おいしい! でも、ぼく、またレバーが食べたいな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ゼンゾーとユニオがキスするのを眺めるユーコの視点が面白い。 その瞬間だけカッコよく見えるのって、なんでか分からないけどすごく共感してしまう。 レバー食べたいなの言葉の破壊力:;(∩´﹏`∩…
[一言] ここみ様 ごめんなさい<m(__)m><m(__)m> 下世話な話なのですが… 今、ハッ!と思ってしまったのですが… 『昨夜はプロポーズを受けてもいいと考えた』 う~ん!! ゼンゾ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ