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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第三部『ユーコとゼンゾー』
23/67

ゼンゾーの気持ち

 来た。


 その朝が、来た。


 これから何万回もする優子さんとの、その初めてとなるデートの朝が!


 5時半に部屋のドアをドンドン叩いてスティーブを起こすと、クルマを買いに行った。


 スティーブの知り合いの車屋のおっさんに無理矢理店を開けさせ、おれと彼女のためのクルマを選んだ。結局、中古のデミオになったが、今の狭くて小さいやつではなく、ふたつ前の車内が広々のやつだ。16年落ちだがピカピカで、内燃機関の調子もすこぶるいい。気に入った。車体の紺色も真面目なおれにぴったりだ。


 スティーブに代金コミコミ15万円を払わせ、それ以上の札束でおっさんの頬をぴしぴし払わせ、そのまま乗り出すことになった。車検は残っていたが、名義変更だの面倒臭いことは後回しにすることにさせた。




 彼女のアパートの前に颯爽と乗りつけた。


 署には仕事をしていることにしてあるので、服装はいつものスーツだ。スティーブに「せめてアイロンあてなよ」と言われたが、そんなものは所持していない。男は見た目ではなく、中身で勝負なのだ。



 呼び鈴を鳴らすと今日はすぐに出て来てくれた。

 ドアを開け、おれの姿を見ると、ハァと溜め息を吐くような顔をした。すまない。お洒落をして来るおれを期待してくれていたのだろう。期待させておいて、裏切っていつもの格好で、すまない。


「ゼンゾーっ! きゃーっ!」


 歓喜の声を上げながらユニオが飛びついて来た。

 優子さんのかわいさに隠れがちだが、もちろんコイツもかわいい。


「ははは! 楽しみにしてくれてたか?」ロイ、と言いかけて呑み込む。


 優子さんが牽制するように睨んでいたからだ。




「高速道路を使って、ちょっと遠くまで行きましょう」

 デミオを発進させながら、おれは言った。

 幸い、ETCがついていた。たぶん料金の請求は車屋のおっさんに行くだろうが、スティーブが替わりに払ってあげてくれるだろう。



「すごい! これ、シマウマ型のアーニマンより速いよ!」

 ユニオが言った。


「そうか。クルマに乗るのは初めてか」

 後部座席に乗っている優子さんの隣のユニオに言い、おれは笑った。

「アーニマンなんか目じゃねぇぞ。人間様の文明の利器は、すげぇんだぞ」


「ママの車に乗ったことあるよ。でも、こんな速いの、初めて!」とユニオが目を輝かせる。


「ママこんなに飛ばさないから」

 優子さんが低い声で言った。

「安全運転でお願いしますね」


「……はい」

 おれは130km/h出ていたスピードを90まで落とした。


 助手席に乗ったマルチーズ犬が暑そうによだれを垂らしている。



 SAに入るとドッグランがあった。

 マルチーズ犬とユニオをそこに解き放ち、おれは優子さんと2人きりの空気を楽しむことにした。


「いい天気でよかった」

 おれは幸せに目を細める。

「まるで天国にいるようですよ」


「そうですか」

 優子さんはそれだけ答えた。照れているのだ。


 おれも一緒に頬を赤くして、爽やかな郊外の空気を優子さんとともに呼吸した。むっちゅぐっちゅした、空気を。


 スマホが振動した。

 なんだよ、うるせぇな、と思いながら画面を見るとスティーブだ。放置する。たとえ署からの電話でも放置するつもりだった。


 金網の向こうでマルチーズ犬が全力疾走している。それを追いかけてユニオが、手も足もすべて使って楽しそうに駆け回っている。マルチーズ犬は追いつかれると恐怖したように腹を上にしてひっくり返り、完全服従のポーズをとった。ユニオはそこに乗っかると、犬の腹を食べる真似をして、顔を上げておれ達を遠くから見つめ、笑う。


「かわいいですよね」

 おれは優子さんに言った。

「人を3人食ったとはとても思えない」


「やめてください!」


 失言だった。おれは頭を下げ、優子さんを見つめる。


 優子さんの服装はピンク色のババシャツみたいな上着に、ジーンズだ。とてもお洒落とはいえないが、着るものに関わらず彼女はかわいい。匂いがたまらん。

 メイクは薄化粧で、人工の香りを纏っていないのは、おれに生の匂いを嗅いでほしいという配慮だろうか。

 おれは彼女の気遣いに感謝した。


 またスマホが震えた。スティーブだ。

 お前も気を遣え、バカ。今、おれは幸せの絶頂へと向かうスタート地点にいるのだ。邪魔すんな。


 さぁ、ここを出たらどこへ行こう。まずは食事だな。お洒落なレストランでかけそばでも食って、その次は……


 そう考えていると、またすぐにスマホが震えた。

 腹が立ったので着信を受け、今日はもう二度とかけて来ないよう注意することにする。


 電話の向こうでスティーブの怒った声が言った。

『アイタガヤ! すぐに電話に出てよ!』


 おれは優子さんに聞こえないよう、声を抑えて怒鳴る。

「うるせぇ! おれは今、この世の春を謳歌してるところなんだ! もう電話して来んな!」


 そう言ってすぐに電話を切ろうとしたおれをスティーブが引き止めた。


『アイタガヤ! 雇ってた裏の情報屋が3人、殺された!』


「……何?」


『胸やら顔面やらに穴を開けられて、まとめて路地裏で……。どういうこと? そんなヤバい相手だったの!? ボク、聞いてないよ!』


 おれは電話を切った。


 優子さんの側まで戻り、言った。


「優子さん。事件が起きた。……とてもすまないが、今日は中止にしましょう」


 優子さんは「へ?」というような顔で振り向いた。


「殺人事件発生です。おれは署に戻らなければならない」

 アーミティアスが人を殺したらしいことは言わなかった。


 不謹慎だが、殺された3人の情報屋におれは感謝した。


 立派な殺人罪だ。


 これで堂々とアーミティアスを逮捕できる。



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