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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第二部『ゼンゾーとロイ』
19/67

ロイとユニオ

 ドアホンの中から軽く争うような声が聞こえた。


「こらっ! ユニくんっ! ちょっ……! だめっ!」


 おれが待つまでもなく、玄関のドアが中から開いた。


「ゼンゾーっ!」


 おれの名を叫びながら、笑顔の少年が中から飛び出して来た。


 形のいい丸い頭を包む銀色の髪、無邪気に笑う大きな目、ピンク色の唇の中に覗く白い犬歯、額から生えた長いツノ。


「ロイ!」


 おれが名前を呼ぶよりも早く、そいつはおれの胸の中に飛び込んで来た。ツノが刺さらないよう、頬をこちらに向けて。


「ゼンゾー! ゼンゾー! きゃあっ! ぼく、ゼンゾーに会いにきたんだよ!」


 懐かしい姿だった。

 十年以上も前の、十代半ばの頃の姿のロイだ。

 全身を擦りつけてくるそいつをおれは無理矢理引き剥がすと、まっすぐその目を見つめた。

 そして、聞いた。


「おまえ……、人間を殺したのか?」


 ロイはきょとんとした顔をして、銀色がかった碧い目でおれを見つめると、また無邪気に笑った。


「ちがうよ。かわいいおねえさんだよ。『食べていい?』って聞いたら、いいって言うから……」


 凄い力でロイが引っ込められた。

 背中の後ろに隠し、鬼のような形相の桐谷優子さんが、おれに言う。


「なんなんですか!? この子は私の息子です! あなた、なんなんですか!? 警察を呼びますよ!」


「……警察はおれですよ」

 おれは当たり前のことをまず言うと、ロイとの関係を彼女に一言で説明した。

「そしておれは、そいつの父親です」


「はあっ!?」

 優子さんは殺気だった母猫みたいな声を上げると、背中のロイに聞いた。

「ほんとうなの? ユニくん」


「ちがうよ、ママ」

 ロイは優子さんの顔を甘えたように見ながら、言った。

「ゼンゾーはぼくの恋人なんだってば」


 アーミティアスだ。やつがロイにそんな言葉を教えたのだ。

 ロイはその言葉を気に入り、13歳の頃からおれのことをそう呼んでいる。『恋人』と。まぁ、ライオンの子が人間をそう呼んで、なつくようなものだ。


「そうよ……、ユニくんのパパは……、あの人だもの……」

 優子さんはおれの顔をかわいいまなざしでしばし見つめると、おれの手を引っ張った。

「あなた、中に入ってください!」


 中に引っ張り込まれるなり、おれは靴箱の上にあった荷造り用のロープで後ろ手に縛られた。


「ちょっ……! ちょっと桐谷さん!? 何するんですか!」


 SMプレイの趣味があるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。


「あなた、どこまで知ってるの?」

 優子さんはおれのネクタイを掴むと、首を絞め上げた。

「返答次第じゃ生きて帰してあげられないわよ」

 目つきが本気だ。しかし下の歯を全部見せて威嚇する彼女もかわいい。


「まさかあなたが……、たまごを産まされた女性だったとは」

 おれは締め上げられながら、喘ぐように言った。

「……あなたを探していたんです」


「ユニくんを逮捕するつもり!? させないわ! あんたを殺してこの町から出て行ってやる!」


「ママ!」

 ロイが優子さんにしがみつく。

「ゼンゾーをころすの!? だめだよ! ママのこと嫌いにさせないで!」


「この人はね、悪い人なのよ」

 優子さんはそう言ってから、言い直した。

「『社会の公僕』なの。あたし達のしあわせを壊しに来たのよ」


「桐谷さん……、おれは、こいつを、助けに来たんですよ。……本当に悪いやつは、他にいる」


「善悪なんてどうでもいいわよ」

 優子さんのおれを憎む目つきが止まらない。

「ユニくんを捕まえようとするやつはみんな、あたしが殺す」


 どうもおかしい。

 彼女は何やらおかしかった。

 いくら自分が産まされたたまごから孵ったロイのことを自分の息子だと本気で思い込んでいるにしても、『殺す』なんて言葉が平気で口から出て来るというのは尋常じゃない。

 ロイのユニコーンの能力はもう開花している。ロイを一目見ただけで、相手は媚薬を飲まされたように、ロイのことを愛してしまう。とはいえ、そのユニコーンの能力は、自分を守るための能力であり、自分を愛した者に誰かを殺させる力なんてはいはずだ。

 今、おれを殺そうとしているのは、彼女の意志なのか、それともーー。


 優子さんが荷造り用のロープをおれの首に巻きつけて来た。


「死ね!」

 鬼の形相だった。

「あたしが守る! ユニくんは」

 明らかに理性を失っている。


 マルチーズ犬が奥から走り出して来て、けたたましく吠えた。


「ママ! やめて!」

 ロイが泣きながら、優子さんに背中から抱きついた。

「ゼンゾーをころしたら、ぼくも死ぬ!」


 首に巻きついたロープが、緩んだ。








 おれはソファーに座らされ、コーヒーを出された。

 両手をまだ後ろで縛られているので、飲めない。


「……ほどいてもらえませんか」


 おれがそう言うと、優子さんは仕方なさそうにロープをほどいてくれた。

 まだ顔は興奮さめやらず、涙と汗とでぐっしょりと濡れているが、なんとか落ち着いてはくれたようだ。

 両手が自由になったおれのことを警戒しているようだったが、おれがコーヒーを持ち上げると、ようやく力を抜いてぺたんと床に座り込んだ。


「おれはあなたの敵ではありません」

 安心させようと、おれは言った。

「刑事としては失格だが……、ロイはおれの息子なんです。守りますよ、ロイのことも、あなたのことも」


「ロイって誰ですか?」

 優子さんはうつむいたまま、目だけをこっちに向けた。

「この子の名前はユニオですけど」


「そいつの名前はロイです。おれがつけたんです」


「いいえ、ユニオです」


「ロイヤルのロイです。高貴な感じがするでしょう? なんですか、ユニオって。ユニオンですか? 労働組合みたいで、ダサい」


 しまった。つい言いすぎた。


「ダサい!?」

 優子さんは立ち上がると、テーブルの上にあった果物ナイフを手に取った。

「てめえ……やっぱ殺しとくわ!」


「ママ!」

 ロイが慌てておれ達の間に飛んで入る。

「ケンカはだめでしょ!」


「……ごめんなさい」

 男のおれが折れないと収拾がつかないと思い、コーヒーを啜りながら、謝った。

「ユニオでいいです。あ、いや、ユニオがいいですユニオにしましょう」


 惚れた女性の部屋でコーヒーを飲んでいるというのに、ちっともドキドキしない。むしろ別の意味で、生命の危険を感じてしまってドキドキする。

 刑事の身でありながら連続殺人の容疑者をかばってしまっている世間に対する罪悪感もあり、おれはどんどん小さくなって行った。


 ふん!と荒い鼻息を吐くと、優子さんはおれに聞いた。

「それで? ユニくんを助けてくれるって、どう助けてくださるつもりですか?」

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