忘れるわけのない声
「ユニコーンって、一角獣のこと? 頭に一本ツノのある、馬?」
スティーブは肉をタレにつけて笑いながら、言った。
「伝説上のユニコーンはそうだが、実際は馬じゃねぇ。ネコ科の大型肉食獣だ。姿は人間そっくり……いや、他の動物から見たらもしかしたらその動物にそっくりなのかもしれん。不思議な力を持っている。相手に自分を好きにさせちまうんだ。ユニコーンを一目見た者は、いわば一目で恋に落ちちまう。そのために相手と同じ種族に擬態できるんじゃないかと父さんは言ってた」
ぷっとスティーブが噴き出した。
「アイタガヤ……。刑事やめてファンタジー小説でも書き始めるつもり? 言っとくけど、ボクにそんな設定聞かせても面白がってあげられないよ? ボク、もう44歳だよ?」
「おれが探してほしいと言ってるその銀色の髪の少年……。ロイはユニコーンなんだ」
「へえ」
スティーブは笑いながら肉をレタスで包むと、口に運んだ。
「おれが7歳、あいつが4歳の時に出会い、両親をなくしたあいつをおれが育てた。だから、あいつはおれの息子なんだ」
「アイタガヤは好きなんだね、ロイくんのこと?」
「ああ。息子だからな」
「それってユニコーンの能力にやられてるだけなんじゃない?」
スティーブは設定の粗をついてみせたように意地悪く笑う。
「さっき、言ったでしょ。ユニコーンは自分に恋させる能力があるって」
「子供のうちはその能力はまだない。まぁ、見た目はすごくかわいいんだけどな……。しかし子供のユニコーンは普通に獲物と見なされ、他の動物に食われる。だから数が増えすぎることなく、バランスがとれてるんだって、父さんが言ってた」
「でも今は少年なんでしょ? もうその能力、使えるんじゃないですか?」
「立派に使えるよ」
「じゃ、やっぱりアイタガヤも、今はその魔法にかかってるだけなんじゃん。息子だって、思わされてるだけだよ」
「それはない。ユニコーン同士ではその能力は通じないんだ」
「アイタガヤはユニコーンなの?」
「おれは人間とユニコーンのハーフだ」
バカなことを言ってしまった。本当のことだが、言うべきじゃなかった。スティーブが笑い転げている。
今後ずっとスティーブは今のおれの発言を蒸し返してギャグにすることだろう。
まぁ、元よりなんで話す気になったのかわからんし、信じてもらえるとも思ってはなかった。
ロイを保護したら、こいつにヘリを操縦してもらって、ユニコーンの島に送り届けてもらわないとならん。その時、島からこちらを見上げるユニコーンの群れを見れば、さすがにこいつも信じるだろう。
「まぁ、とにかく、協力頼んだぞ」
おれが言うと、チャーリーブラウンが笑い転げるようなポーズで床をのたうち回っていたスティーブはようやく起きあがって、焼き肉を食いはじめた。
「銀色の髪に、青に銀色の混じった目の少年、ね。それを探すのね。ツノはあるの?」
そう言うとまたヒーヒーと笑う。
「普通の人間には見えん。ただ、まれに見える人間もいるようだ」
「そういうの、もういいから。ヒーヒーヒー」
あくまでおれの作り話だと思ってやがる。まぁ、仕方ねぇし、ロイを見つけてくれさえすれればそれでいい。
「メシ終わったら夜の見回りにまた出掛ける。留守を頼むぞ」
「おっ? 真面目だねぇ、アイタガヤ。部長にでも言われたの?」
「いや、自主捜査だ。気になるところがあってな」
「事件は3件とも昼間に起こってるんでしょ? 夜はゆっくり休んどけばいいじゃん。一緒にウノしようよ」
「今度は夜に起こらんとも限らんだろ」
おれは焼き肉を充分食い終わると、立ち上がった。
「刑事として、男として、彼女を守らねば」
「誰?」
スティーブがニヤニヤする。
「好きな女性でも出来たの?」
「ああ」
おれはニヤニヤ笑いに爽やかな笑顔を返すと、言ってやった。
「おれの未来の奥さんだ」
「またそれですか」
スティーブの顔から笑いが消えた。
「何度目の勘違いだと思ってますか、それ」
呆れたように言う。
「今度は勘違いじゃない。おれのカンに間違いはない」
「いっつも間違ってるくせに」
「とにかく彼女は独身でアパートに一人暮らし。住んでるのも事件が連続しているあの町だ。殺害された3人の女性と同じ条件だ。なぜか今のところ嫌な予感はしないが、様子を見に行かんと落ち着かん」
「独身だってなんで知ってるの? 住所なんかもよく知ってるね? そんなにもう仲良くなってるの?」
「警察の権力を利用して彼女の戸籍謄本をゲットしたのさ。離婚歴もなく、綺麗な体だったよ」
「ストーカーって言うでしょう! それ!」
「何とでも言え」
おれは背広を羽織ると、玄関への長い廊下を歩いた。
「おれは恋に手段は選ばんのだ」
◆ ◆ ◆ ◆
自転車を漕ぎ、彼女のアパートへ向かった。
他のやつのエリアになっていたのでおれは初めて訪問するが、グーグルマップではいつも見ていたので迷わず行ける。
今夜は満月がやたらとデカくて、ユニコーンの島で見た月を思い出す。
夜に自転車で巡回するのは巡査時代を思い出した。
イチャイチャを見せつけるようにすれ違って行ったカップルに唾を吐いてから、気を取り直した。
これからおれもリア充の仲間入りするんだから、みっともないことをするのはやめておこう。
たまたま夜の捜査をしていたらたまたま彼女の部屋の呼び鈴を押してしまった、ということにしよう。
「あなたのお家だとは知りませんでした」
「ああ。このアパートにお住まいだったんですね」
おれは自転車を漕ぎながら、デカい月を見上げながら、セリフの練習をした。
桐谷さん。桐谷優子さん。
おれの顔を見てびっくりするだろうか。
「まぁ! 善三さん!」とか言って嬉しそうな顔、するだろうか。
そんなことを思っているうち、着いた。彼女のアパートはいい匂いがした。サンマを焼いてる匂いだ。おっとこれは彼女の部屋からじゃない。
おれは鼻をスンスンと鳴らした。
彼女の部屋は二階の東の角部屋だ。
そこから狂おしいほどの女性の匂いが漂って来る。
間違いない、在宅中だ。
彼女の部屋の前に立った。
ドキドキする胸をおさえ、呼び鈴を押す。
中で彼女の声が、誰かに何かを言いつけるのが聞こえた。
犬の匂いがする。犬に「お座り!」とか命令しているのだろう。
匂いが近づいて来る。
レバーと牛乳と生卵をとことん発酵させたような、おれにとってはたまらない、強烈なほどの女性の匂いだ。
彼女の動きが中で止まるのがわかった。
テレビドアホンでおれの姿を見て、びっくりして喜んでいるのだろうか。
「なんでしょう?」
ドアホンから彼女の声がした。
ちと計算外だな。嬉しそうな顔をして出て来るものだと思っていたが。やっぱりツンデレなのかな。
おれは作戦を変え、練習して来たのとは違うセリフを言った。
「あっ。警察の者ですがー。ちょっと……。えーと……。ちょっと、その……」
「……ゼンゾーさんですよね?」
「あっ! その声は桐谷さん!? あっ、本当だ! 表札を見たら桐谷って書いてあるじゃないですかー! 気づかなかったなー……。そうですゼンゾーです。ゼンゾーが来ましたよ!」
「……何をしにいらっしゃったんでしょう?」
その時、彼女の後ろから、ドアホンを通じて聞き覚えのある声がした。
「ゼンゾー? ゼンゾー!? きゃあっ、ゼンゾーなの!?」
無邪気な、明るい、少年の声。
おれが忘れるわけのない、ロイの声。




