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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第二部『ゼンゾーとロイ』
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ロイ

「それが事件とどう繋がるんだ?」


 先輩がおれを怪訝そうな顔つきで見る。


 まぁ、『最近、急にこどもを連れているのを近所の人が見かけるようになった女性を探してほしい』なんて頼んでも、今回の連続殺人事件と何の関わりがあるのか、意味がわからないのが普通だ。


「説明は難しいですが、おれの鼻がそういう女性を探せと言ってるんです」

 おれは苦しい説明をした。


「なるほど。鼻がか。おまえじゃなくておまえの鼻の要求なら信頼できるな。よし、上にも言って、その線で聞き込みを開始しよう」


 おれの鼻はおれよりよっぽど信頼されているらしい。




 見つかるはずだ。

 急にこどもが出来た女性なんて、近所の人におかしいと思われていないわけがない。

 何よりロイは急速に歳をとっているという。昨日見た時赤ん坊だった子が、今日見たら幼児になっていたら、おかしさ満点だろう。

 それより何よりロイの髪は銀色だ。目の色は青みがかった銀色だ。これだけ特徴があるのだから、見つからないわけがねぇだろうが。アーミのやつめ、すかした態度とりやがって。


 たまごを産まされたその女性が自分から名乗りをあげてくれることにもおれは期待した。

 だってそうだろう。いきなり自分がたまごを産んでしまって、その中から額にツノのある赤ちゃんが産まれたら、びっくりしないわけがない。もしかしたらびっくりした勢いでその場で殺してしまっているかもしれない。


 それは……嫌だな。


 ロイはおれの大切なユニコーンだ。


 どうか、殺さないでくれ。


 おれは一番あって欲しいパターンを頭に描いた。

 女性には母性というものがあるらしい。

 その女性がたまごを産まされたことにはびっくりしながらも、中から出てきたロイを、その愛らしさに打たれて育ててくれていて、しかしもちろん自分の息子だなどとは思っていない。

 今回の聞き込みで簡単にその女性は見つかり、あるいは自分から名乗りを上げ、ロイがいとも容易く発見される。

 犯人の手がかりを知る重要人物だということにして、すぐに解放してやろう。

 知り合いに飛行機の免許をもっているやつがいる。スティーブだ。それを使うなり、じいちゃんに何とかして連絡をとるなりして、ロイを島に返すのだ。


 ロイは動物だ。

 人間の姿をしてはいるが、ユニコーンという動物なのだ。人間の善悪には当てはめられない。

 人間を食べた動物は殺処分されるものだが、あいつはおれが育てた、おれの子供なのだ。殺されてたまるか。

 食べられた3人の女性には申し訳ないが、ユニコーンの住むあの島に返せば問題はなかろう。あそこにはじいちゃん以外には人間はいない。人間のルールで罰される前に、おれが自然に返してやるのだ。勝手なようではあるが、おれはその通り、勝手なやつなのだ。


 悪いのはアーミティアスだ。

 危険な動物をこの国に連れて来て放した罪で、やつをなんとか逮捕してやる。

 ロイはエサを食べただけなのだ。なかなか理解してもらうのは難しいだろうが、悪いことなどしてはいない。あいつに手錠をかけてもきっと、きょとんとした顔で首を傾げるだけだ。


 しかし、アーミティアスの罪をどうやって立証するか?


 まぁ、すべてはロイが見つかってからだ。

 そしてロイはすぐに見つかるだろう。

 それから考えよう。

 


 何も難しいことはないと思ったら、気が軽くなった。

 聞き込み捜査を中断して、昼メシにしよう。ちょうど贔屓にしているスーパーマーケットのチェーン店があったので、弁当を買いに入った。

 ここの弁当、安くて量もあってうまいんだよな。



 塩サバ弁当290円を手に取り、レジへ持って行こうとして、足が止まる。

 雑多な匂いの充満する店内でも、その匂いの存在におれは気づいた。


 精肉コーナーのほうからだ。


 間違いない。


 そこに、いる。


 弁当を持ったまま、逸る気持ちをおさえながら、歩いて行くと、思った通り。そこに彼女がいた。



 桐谷さんだ! 


 桐谷優子さん!


 会うのはまだほんの二度目だが、見間違えようがない。



 彼女は空の買い物カゴを提げ、馬のレバー刺しを1パック手にとって、それとじっと睨めっこをしながら、何やら口の中で呟いていた。

 おれは女性のファッションのことはよくわからんが、黒いトレーナーっぽい上着にグレーのジャンパースカートみたいなのをだぼっと着こなして、姿勢よくまっすぐ立っている。とてもかっこよく、チャーミングだ。

 黒い長袖から出た白い手がかわいい。眩しい。


 前に会った時は彼女の会社で、制服姿だった。

 私服は初めて見るわけだが、正直、顔はあまり覚えていなかった。

 しかし見間違えようがない。正しく言えば、嗅ぎ間違えようがない。

 彼女の匂いは素晴らしい。これぞ女性の匂いだ!

 彼女からは、強烈なほどに、おれの理想とも言える女性の匂いがするのだ! この匂いを間違いようがない!


 女性の匂い、と言うと、普通の鼻をもつ人間はきっと、フローラルな香りとか、フルーティーな匂いだとかを想像するんだろう。

 そんなものじゃない。

 おれに言わせれば、そんなもの、芳香剤かよ!としか思えない。

 犬以上の嗅覚をもつおれがそんな匂い嗅いだら臭すぎてブッ倒れてしまうこと間違いなしだ。そんなんじゃないんだ、本物の女性の香りってのは!


 たとえるのは難しいが、たとえてみよう。

 健康な牛レバーと絞りたての牛乳、それに生卵を加えて、金属バケツの中で三年ぐらい発酵させたような匂いだ。擬音でいうなら『むっちゅぐちゅ』したような匂いなのだ。たまらねぇ!

 ハエがたからないよう、守ってあげたくなる。いやもちろんくさいわけではないからハエはたからないのだが、この強烈なフェロモンに引き寄せられる男はきっと多いことだろう。守ってあげたくなる。


 もちろん普通の人間の男が嗅いでも彼女から『むっちゅぐちゅ』した香りは感じ取れないだろう。かわいそうに、この素晴らしい女性の匂いがわからないとは。

 おれは甘美な香りに失神しそうになりながらも、なんとか理性を保って彼女に横から声を掛けた。


「桐谷さん」


 彼女がおれの顔を見た。


 かわいい。世間的には激カワとは言わないのだろうが、おれの目には理想の女性にしか見えない。


 彼女は一瞬、おれが誰だかわからなかったようだが、おれのあごを見た途端、「ああ」と思い出してくれた。


「えっと確か……。ゼンゾーさん……でしたよね?」


 しゃくれててよかったと31年の人生で初めて思った。


 しかも何てことだ。姓の愛田谷あいたがやではなく、下の名前で覚えてくれていた!


 これは自惚れてもいいのか?

 普通、人の名前は苗字でまず覚えるものだろう。下の名前で覚えてくれてるのは特別な何かがあるからだろう。


「そうです。県警刑事一課の善三ゼンゾーです」


 おれは塩サバ弁当を手に、テレテレと頭を掻きながら、そう言った。


 すると彼女の顔つきが、態度が、変わった。


 何か万引きをしているところでも見つかったかのように、目が泳ぎ、馬レバー刺しを持ったまま、そわそわとしはじめた。

 おれは刑事だ。さりげない相手のしぐさからでもその心情にあるものを見抜く。


 間違いない。


 彼女は今、おれに恋をした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 最後……笑 おいおいおい(;´∀`)
[一言] 『むっちゅぐちゅ』って言葉 どうしてこんな言葉を生み出せるんだろう??? 本能を突き動かすように五感を揺さぶり官能的なのに可愛い そんな感じに思えます。 素敵すぎますよ♡(*^。^*)…
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