母親殺し
「おい」
おれは嫌な予感をアーミティアスにぶつけた。
「最近、このあたりで発生している連続事件……。あれ、まさかお前、関係ないか?」
やつは嫌みな笑いをまた浮かべると、おれの質問には答えず、カウンターの中でマスターが拭いているコーヒーカップを、ツノでふざけるように突っついた。
カップが甲高い音を立ててチンチンと鳴り、マスターは不思議そうな顔をする。アーミティアスのツノが見えていないのだ。
「彼にはこれが見えていない。だから、彼にこれを突き刺すのはとても簡単なんだ」
「おい……やめろ」
やつは笑っていたのに、殺気を感じておれはやつの胸ぐらを掴んだ。
「何をする気だ!」
「え? 何の話かなぁ? 私が何かするとでも?」
アーミティアスはお茶目な顔をして笑う。やはり何を考えているのかわからない。
「えいっ」
おれに向かってツノを突き出してきた。
おれがそれを掴んで止めながら顔を避けると、声を上げて笑う。
「避けなくていいのに。これに刺されて死ぬと多幸感を味わえるの、ゼンゾーも知ってるだろ?」
「ふざけんな。お前、ふざけすぎだ」
「怒らないでよ。かわいいなぁ、弟よ」
「うぜぇ。……で、もう一度聞くが、最近の連続事件、お前、関係ありか?」
「あっても言うと思う? 刑事さんのくせにそんなこともわからないの?」
にこにこ笑う。
「……とか言っといてバラすけど、あれ、犯人はロイだよ」
「んなわけあるか!!」
おれは掴んだやつの胸ぐらを強く引き寄せた。悔しいことにやつのほうが背が高く、おれがぶら下がっているような状態だ。
「たまごにする時に、ロイを胎児の状態まで戻したんだ」
自慢するような言い方で、やつは言った。
「たまごから産まれると、凄まじい早さで歳をとる。元の27歳まではね。でも、20歳を越えるとユニコーンは人間の国では生きて行けない。だから、歳をとる速度を抑えるための、特別なエサがいるんだよ」
「何言ってんだ、てめぇ……」
「未産婦のレバーだよ。それを食べれば、ロイが歳をとる速度は非常にゆっくりになる。三日に一度ぐらいでいいんだけどね。あまりに美味しいのか、ほぼ毎日食べちゃってるみたいだね」
「逮捕すんぞ……てめぇ……」
「何? 私が何かした? 私はゼンゾーに会わせたくて、ロイを島からたまごにして持って来ただけだよ? 何罪?」
「大体てめぇ……どうやってあの島からここまで来た?」
「鯨型のアーニマンに乗せてもらって、途中で漂流してるフリして、漁船に乗せてもらって来ちゃった」
テヘペロだ。ムカつく。
「不法入国で逮捕する」
「冷たいなぁ……。兄弟じゃないか」
哀しそうな顔を作る。
「いや、殺人教唆だ」
「何もそそのかしてなんかないよ。ロイが自分で、必要のためにやってることだ」
また、笑う。
「ロイが……あの純真な子供が、そんなことするわけねぇだろうが! てめぇがそそのかしたに決まってる!」
「じゃ、ロイを逮捕すれば?」
くすくす笑う。いけ好かねぇ。
「でも、どう言うの? ファンタジーの島からやって来た一角獣が、必要なエサを獲るために女性を殺し、レバーを食べてる? 信じる人、いるかなぁ……」
「とりあえず、ロイはどこだ? どこにいる?」
おれは掴んだ胸ぐらを揺すった。
「たまごを産ませたという女性は? どこだ?」
アーミティアスの顔つきが変わった。
依然、笑ったままだが、温度を感じなくなった。石みてぇな冷たい笑いだ。
「そのうち、ロイのほうからゼンゾーに会いに来るよ」
口調も冷たい。
「完成したら、ね」
「完成だと?」
おれは少しやつの冷たさに気圧されながら、聞いた。
「何のことだ?」
「今、ロイの髪はすべて銀色だ」
やつはペラペラと喋った。
「それが20歳に近づくにつれて、銀に金色が混じりはじめる。そうなったら……っていうか、ゼンゾーも知ってるだろう?」
知っていた。
ユニコーンは成人に近づくと髪に金色が混じり、自分の母親を、食べる。
記憶の中に思い出したくないあの光景が甦った。
アーミティアスが、母さんを殺し、嬉しそうに内臓を食べていた、あの光景が……。
おれもユニコーンの血が濃ければ、普通のことだと思っただけだったろう。しかしおれはユニコーンと人間のハーフながら、ほぼ完全に人間だ。嫌悪感しかなく、今もアーミティアスを憎んでさえいる。
「人間の母親を食べれば、その愛情に満ちあふれた栄養を受けて、ユニコーンも人間の世界で生きて行けるようになる。はずだ。ま、私の推論でしかないけど……。きちんとした理由あっての推論だよ。確率はかなり高い。いわば人間の世界に対する免疫を得られるんだよ。そうなればもう歳のとり方も落ち着く。ちゃんと一年にひとつだけ歳をとれるようになる。特別なエサを摂らなくても、ね。そうなったら、ロイのほうから会いに来るよ。何しろ君はロイにとって父親であり、恋人だからね」
「てめぇをしょっぴく! 重要参考人だ! 署まで一緒に来い!」
「拒否権、あるよね?」
舌をぺろっと出す。
「大体、私が君にいいようにされると思うか?」
そう言うと、アーミティアスは胸ぐらを掴んでいたおれの手を、いともあっさりと引き剥がした。
何をされたのか、わからなかった。
ユニコーンの能力のひとつだ。いつの間にか、何かをされている。
「まぁ、ゼンゾーはゆっくりアイスコーヒーでも飲みながら、待ってればいいよ。そのうちすべてがうまく行く」
「お前の好きにはさせんぞアーミティアス!」
おれはやつを指さし、叫んだ。
「必ずおれはロイを見つけ出し、ユニコーンのたまごを産まされたというその女性も見つける! 人間なめんな! 守ってみせる!」
「楽しみだ」
アーミティアスは笑う。
「私は人間の血が混じっているせいか、ユニコーンのくせに、退屈を知っている。あんな退屈な島にはいられなかった。せいぜい私を楽しませてくれる展開を期待してるよ。あ。あと、私の紅茶の代金も、署のツケで頼む」
アーミティアスが消えた。
いつの間にか、逃げられていた。
「演劇の練習か何かですか?」
後ろからマスターがとぼけた声を掛けてきた。




