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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第二部『ゼンゾーとロイ』
14/67

母親殺し

「おい」

 おれは嫌な予感をアーミティアスにぶつけた。

「最近、このあたりで発生している連続事件……。あれ、まさかお前、関係ないか?」


 やつは嫌みな笑いをまた浮かべると、おれの質問には答えず、カウンターの中でマスターが拭いているコーヒーカップを、ツノでふざけるように突っついた。


 カップが甲高い音を立ててチンチンと鳴り、マスターは不思議そうな顔をする。アーミティアスのツノが見えていないのだ。


「彼にはこれが見えていない。だから、彼にこれを突き刺すのはとても簡単なんだ」


「おい……やめろ」

 やつは笑っていたのに、殺気を感じておれはやつの胸ぐらを掴んだ。

「何をする気だ!」


「え? 何の話かなぁ? 私が何かするとでも?」

 アーミティアスはお茶目な顔をして笑う。やはり何を考えているのかわからない。

「えいっ」

 おれに向かってツノを突き出してきた。


 おれがそれを掴んで止めながら顔を避けると、声を上げて笑う。


「避けなくていいのに。これに刺されて死ぬと多幸感を味わえるの、ゼンゾーも知ってるだろ?」


「ふざけんな。お前、ふざけすぎだ」


「怒らないでよ。かわいいなぁ、弟よ」


「うぜぇ。……で、もう一度聞くが、最近の連続事件、お前、関係ありか?」


「あっても言うと思う? 刑事さんのくせにそんなこともわからないの?」

 にこにこ笑う。

「……とか言っといてバラすけど、あれ、犯人はロイだよ」


「んなわけあるか!!」

 おれは掴んだやつの胸ぐらを強く引き寄せた。悔しいことにやつのほうが背が高く、おれがぶら下がっているような状態だ。


「たまごにする時に、ロイを胎児の状態まで戻したんだ」

 自慢するような言い方で、やつは言った。

「たまごから産まれると、凄まじい早さで歳をとる。元の27歳まではね。でも、20歳を越えるとユニコーンは人間の国では生きて行けない。だから、歳をとる速度を抑えるための、特別なエサがいるんだよ」


「何言ってんだ、てめぇ……」


「未産婦のレバーだよ。それを食べれば、ロイが歳をとる速度は非常にゆっくりになる。三日に一度ぐらいでいいんだけどね。あまりに美味しいのか、ほぼ毎日食べちゃってるみたいだね」


「逮捕すんぞ……てめぇ……」


「何? 私が何かした? 私はゼンゾーに会わせたくて、ロイを島からたまごにして持って来ただけだよ? 何罪?」


「大体てめぇ……どうやってあの島からここまで来た?」


「鯨型のアーニマンに乗せてもらって、途中で漂流してるフリして、漁船に乗せてもらって来ちゃった」

 テヘペロだ。ムカつく。


「不法入国で逮捕する」


「冷たいなぁ……。兄弟じゃないか」

 哀しそうな顔を作る。


「いや、殺人教唆だ」


「何もそそのかしてなんかないよ。ロイが自分で、必要のためにやってることだ」

 また、笑う。


「ロイが……あの純真な子供が、そんなことするわけねぇだろうが! てめぇがそそのかしたに決まってる!」


「じゃ、ロイを逮捕すれば?」

 くすくす笑う。いけ好かねぇ。

「でも、どう言うの? ファンタジーの島からやって来た一角獣が、必要なエサをるために女性を殺し、レバーを食べてる? 信じる人、いるかなぁ……」


「とりあえず、ロイはどこだ? どこにいる?」

 おれは掴んだ胸ぐらを揺すった。

「たまごを産ませたという女性は? どこだ?」


 アーミティアスの顔つきが変わった。

 依然、笑ったままだが、温度を感じなくなった。石みてぇな冷たい笑いだ。


「そのうち、ロイのほうからゼンゾーに会いに来るよ」

 口調も冷たい。

「完成したら、ね」


「完成だと?」

 おれは少しやつの冷たさに気圧されながら、聞いた。

「何のことだ?」


「今、ロイの髪はすべて銀色だ」

 やつはペラペラと喋った。

「それが20歳に近づくにつれて、銀に金色が混じりはじめる。そうなったら……っていうか、ゼンゾーも知ってるだろう?」



 知っていた。


 ユニコーンは成人に近づくと髪に金色が混じり、自分の母親を、食べる。


 記憶の中に思い出したくないあの光景が甦った。


 アーミティアスが、母さんを殺し、嬉しそうに内臓を食べていた、あの光景が……。


 おれもユニコーンの血が濃ければ、普通のことだと思っただけだったろう。しかしおれはユニコーンと人間のハーフながら、ほぼ完全に人間だ。嫌悪感しかなく、今もアーミティアスを憎んでさえいる。



「人間の母親を食べれば、その愛情に満ちあふれた栄養を受けて、ユニコーンも人間の世界で生きて行けるようになる。はずだ。ま、私の推論でしかないけど……。きちんとした理由あっての推論だよ。確率はかなり高い。いわば人間の世界に対する免疫を得られるんだよ。そうなればもう歳のとり方も落ち着く。ちゃんと一年にひとつだけ歳をとれるようになる。特別なエサを摂らなくても、ね。そうなったら、ロイのほうから会いに来るよ。何しろ君はロイにとって父親であり、恋人だからね」


「てめぇをしょっぴく! 重要参考人だ! 署まで一緒に来い!」


「拒否権、あるよね?」

 舌をぺろっと出す。

「大体、私が君にいいようにされると思うか?」


 そう言うと、アーミティアスは胸ぐらを掴んでいたおれの手を、いともあっさりと引き剥がした。

 何をされたのか、わからなかった。

 ユニコーンの能力のひとつだ。いつの間にか、何かをされている。


「まぁ、ゼンゾーはゆっくりアイスコーヒーでも飲みながら、待ってればいいよ。そのうちすべてがうまく行く」


「お前の好きにはさせんぞアーミティアス!」

 おれはやつを指さし、叫んだ。

「必ずおれはロイを見つけ出し、ユニコーンのたまごを産まされたというその女性も見つける! 人間なめんな! 守ってみせる!」


「楽しみだ」

 アーミティアスは笑う。

「私は人間の血が混じっているせいか、ユニコーンのくせに、退屈を知っている。あんな退屈な島にはいられなかった。せいぜい私を楽しませてくれる展開を期待してるよ。あ。あと、私の紅茶の代金も、署のツケで頼む」


 アーミティアスが消えた。

 いつの間にか、逃げられていた。


「演劇の練習か何かですか?」

 後ろからマスターがとぼけた声を掛けてきた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 空原海さんも言ってるけど、唯一無二感がすごい。 他にこんな小説かけるやついねぇよ。 出来れば文庫本とかでゆっくりと読みたい作品だわ。
[一言] た、確かに惨劇の予感!!(;゜Д゜) ここみ様の世界の拡がりは本当に多岐に渡っていて、いつも楽しませていただいています♡(*^。^*)♡
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