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ユニコーンのたまご  作者: しいな ここみ
第一部『ユーコとユニオ』
11/67

きざし


 あたしは次の日、会社に出勤した。


 これ以上休んではいられない。




 ユニくんの言ったことは信じないことにした。


 昨日、あたしの留守中に、外へ出てたのは事実だが、


 その間に近所の女性の部屋に押し入って、立派に育ったそのツノで彼女を刺し殺し、肝臓を抜き出して食べただなんて……


 そんな恐ろしいことを、このかわいいユニオがするわけがない。




 そう頭では思いながらも、あたしはなんとかユニくんが外に出られない方法はないか、探した。


 外に出てからチェーンロックが出来ないものか試したが、無理だ。そんな造りになっていたらチェーンロックの意味がない。

 ただ、チェーンが短かすぎて無理なので、これをもっと長いチェーンに改造できればいけるかも? 外からの侵入を防ぐ本来の用途ではなく、中から子供が出ないようにするために、作り変えるのだ。

 それでもユニくんは出るかな? もう立派に13歳ぐらいの少年のからだになっている。




 とりあえず口で言い聞かせるしか、今はなかった。


「いい? 今日はお外に出ちゃダメよ? こわいひとがお外にはいっぱいいるんだから」




 ユニくんは昨日からはまったく成長していなかった。


 少年の体格にそぐわない、幼児のような瞳を潤ませて、あたしをまっすぐ見つめて、言った。


「やだ。ぼく、お外に出るもん」




「ダメっ! またお外に出てたのわかったらママ、お尻ペンペンするよ!?」




「だって、お外出ないと、ぼく、どんどん歳をとっちゃうよ?」




「え?」


 意味がわからず、あたしは聞いた。


「どういうこと?」




「だって、ふつうのごはんだけじゃなくて、ツノのごはんも食べとかないと、ぼく、どんどん歳をとって、死んじゃう」




 やっぱり意味がわからなかった。

 幼児との会話は要領を得ず、時にイライラしてしまう。


 出勤前で気持ちが焦っていた。

 早く出発しなければ、走るか車で行かなければいけない。車で行っても、会社の駐車場に自分のスペースがないので、路駐しないといけない。




「とにかく! お外出たらお尻ペンペンだからね! わかった!?」




 厳しくそう言うと、ユニオはただうなだれた。



 銀色の髪のてっぺんが二束、動物の耳みたいにぺこりと垂れ下がった。



◆ ◆ ◆ ◆



 会社に着くと、下の駐車場に7人ほど集まって、何か話をしている。


 社長も、部長もいて、他には営業課長や警備員さん、掃除のおばさん、うちの課の課長もいた。


 そんな人たちを前にして、見たことのないひとが手帳を手に、何かをみんなに聞いている。


 あ……、これって……


 あたしはテレビドラマなんかで見たことのあるシチュエーションを頭の中から引っ張り出した。


 ……刑事さんかな?





 話が少しだけ聞こえてきた。


「そんな知らない人間が歩いてたら、みんなすぐわかりますよ」

「あたしは不審なひととか、見てないよ」


 刑事さんらしきひとが言った、「事件の起こった時刻に会社におられなかった方はいますか? あ、別に疑いをかけるわけではなく、参考のためです」



「あー、そういえば」


 課長が言った。


「うちの課の桐谷くんが……あっ、桐谷くん」


 ちょうど出勤してきたあたしを見つけ、呼び止める。

 そして刑事さんに、言った。


「この桐谷くんが、病気で調子が悪く、ちょうどそのぐらいの時間に早退しました」




 刑事さんがあたしのほうを向いた。


 ちょっと笑ってしまいそうになるぐらい、アゴがしゃくれている、30歳ぐらいの、ユーモラスな顔のひとだ。着ているスーツがよれよれで、だらしない印象をあたしは受けた。


 でも目が少年みたいに綺麗で、優しそうだ。

 あたしはまるで犯人にされたみたいな格好で、緊張しないといけないのに、そのひとの容姿にすっかりリラックスしていた。




 そのひとは警察手帳(本物初めて見た!)を取り出すと、あたしに見せながら、言った。


「県警刑事部の愛田谷あいたがやと言います。失礼ですが、早退された時、何か気になる悲鳴を聞いたとか、見かけない人物を見かけたとか、ありませんでしたか?」




「さぁ……」


 あたしは首を横に振った。

 ユニオの顔が少し浮かんだのをかき消すように。




 刑事さんがそんなあたしの顔をじっと見つめてくる。

 あたしは心の中を押し隠すように、目をそらした。




「あの……えっと」


 刑事さんは急にしどろもどろになると、ボールペンを持ち、


「念のためです。あなたのお名前とご住所、電話番号を教えていただいてもよろしいですか?」


 そう言って、頬を赤らめた。



 あたしが教えると、それを手帳にメモし、


「何かあったら僕に教えてください。力になりますので」


 必死な感じのまなざしであたしの顔を強く覗き込んできた。




「何かって……何ですか?」




「ニュースを見てご存じでしょうが、若い女性がこの付近で殺害される事件がありました。被害者はチャーミングな女性でした。あなたもとってもチャーミングだ。僕のカンというか、嗅覚に過ぎませんが、あなたも狙われるおそれがある。あ、びびることはないですよ。ちゃんと戸締まりをして、知らない人間は中に入れないようにしておけば大丈夫です」




「はあ……」




「でも、僕の嗅覚は鋭敏なんです。あなたは危ない。守ってあげないといけない。そう僕の嗅覚が告げています」




「こ……、怖がらせないでください!」




「とりあえず何か、少しでも気になることがあったら、僕にお知らせください。名刺をお渡ししておきますので」


 そう言って刑事さんが渡してきた名刺を受け取ると、あたしはそれを読んだ。




   ○○県 ○○警察署

        刑事第一課


  刑事   愛田谷あいたがや 善三ぜんぞう




 へぇ……。


 ゼンゾーさんなんだ?


 よくある名前なのかなぁ……。最近で二回も聞いてしまった。



 あたしはそれだけ思うと名刺を胸ポケットにしまい、ぺこり一礼すると、そそくさと職場に向かって歩きだした。



◆ ◆ ◆ ◆



 今日は早退させられなかった。


 スーパーでまた馬レバー刺しとにらめっこして、戻し、豚バラ肉を買った。


 ユニくんのことが気がかりで、買い物をすませるとすぐに、早足でアパートに戻る。





「おかえりー!」


 玄関のドアを開けると、ユニくんが足元にマルチーズ犬のちろくんを侍らせて、奥の部屋から走ってきた。



 あたしはほっとして、笑顔がこぼれる。


「えらいね。今日はちゃんとおうちにいたね」




「ううん。ぼく、お外、出たんだよ」




「え……?」




「今日もかわいいおねえさんとこ行って、ごはん食べてきた」




 見ると、ユニオのツノがまた、ほんのりとピンク色に染まっている。



◆ ◆ ◆ ◆



 夜になっても電気をつけなかった。


 それはまるで外界から身を隠すように。




 テレビのニュースが語っていた。


 今日の昼、またこの近くで、19歳の女子大生が、殺害されていた。


 手口は前とまったく同じ。1人で部屋にいるところに犯人は押し入り、太い錐のようなもので胸を一突きにし、肝臓を抜き取って、持ち去っていた。




「ユニくん……」


 あたしは虚ろな目をして、ソファーの隣に座るかわいい少年に、聞いた。


「これ……、あなたが、やったの?」




 テレビ画面に映った被害者女性の顔を見て、ユニくんは無邪気に笑い、


「うん! このおねえさん、ぼくが食べたんだよ」


 まるで自慢するようにそう言った。




 あたしは制服の胸ポケットの名刺を思い出した。


 電話をするべきだろうか。


 犯人に心当たりがあると。


 犯人?


 犯人だって?


 違う。


 これはあたしの息子だ!





 あたしは隣に座るユニオの細いからだをぎゅっと抱きしめた。


 不思議そうな、あどけない声が頭の上から返ってくる。


「どうしたの? ママ……」


 あたしは彼には答えずに、ただ、自分の心の中で、強く思った。




 この子はあたしが守る。



 守らなければ!




 暗い部屋に、テレビの明かりが白や赤や緑をまるでパトカーのランプのように、めまぐるしく走り回らせていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] どうなっちゃうんだろ……全く先が読めない。
[一言] かなりのドキドキ展開ですね!!( *´艸`) また、後で見にきます<m(__)m>
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