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 練習場にクラブ員が増え始めると同時に練習場の周りには女子学生の姿も増えてきた。

 彼女らも「姫」なのかな? と思ったけど練習場に入って来るわけではなく、練習場を囲む少し高めの柵に張り付いてなにやら楽しげだ。

 野次馬か。

 でもなんか、クラブ員が自己紹介に来てくれるたびに視線が痛いんですけど。

 私の姫様演技間違ってる?

 いたたまれない空気に苛まれる中、不意に華やいだ声が上がる。

 波のように起こる黄色い声の発生源には輝くブロンドが見える。

 あの髪は、見覚えがある。……ノート君か。

 それならば大いに納得できる。

 けど、ノート君てあんなに無愛想だっけ? 

 周囲の頬を赤くして楽しそうな女の子たちとは対照的に冷めた表情をしている。

 双子の弟か?

 なんて思ってたら、こっちを見てプッと吹き出した。少し遠かったけど、失礼なその態度はバレバレだぞ。

 そこからはいつもの笑い上戸なノート君になって近づいてくる。


「クラブハウスがやたら騒がしいと思ったら、原因はきみか」


 笑いながら呆れたようにそう言う。

 ちっ、ノート君もこのクラブか。なんかやたら遭遇率が高いな。


「……予定以上によく会うよね」


 ぐぬ。同じこと考えた。

 また来週と言われたら翌日に。二日後にと言われたらその日のうちに会うことになるとは。


「で、きみは誰のお姫様かな?」


 と言いながらも、視線がまっすぐメル君に向いているので、この人は知っているのだろうし、そのことを隠す気もないのだろう。


「本日はチェスロー様とグラディス様にお誘いいただいて、参りました」

「ルーテースとレイモシー?」


 お、2号君のファーストネームいただきました。

 ルーテース君か。

 ノート君、キミたまにはノート以外にも役に立つね。

 ノート君はすっと笑顔を消すと私を見ながらしばし思案顔をする。それから実にきれいな笑顔を見せた。

 それは何か悪い事が起こる予感をさせた。

 片足を引き、右手を胸に、それはそれは優雅に腰を折る。


「ノルベルト・クラウ・ルトナークと申します」


 美少年の完璧なボウに周囲からは失神しそうな勢いの黄色い悲鳴が上がる。

 うるさい。まぁ、あの美しい所作には感嘆するけども。

 私は小さく頷いて、返礼とする。

 楽しげに背を向けて歩き出すノート君の背中を見送りながら、私は手にしていた扇を広げて口元を隠す。

 驚きでうまく笑顔が作れない。

 ノート君、マジで王子様だったとは。

 ルトナーク王国でルトナークのファミリーネームを持つ一族なんて1つだし。

 そりゃ、ファーストネームを呼ばせるよね。「ルトナーク」と呼ばれるのは一人だけなんだから。

 なーんか面倒くさいのと知り合いになっちゃったなー。

 待って。本物の王子様の前でお姫様演技ってどうなの!?

 あーもー帰りたい。


 部長さんの大きな声で号令がかかる。

 練習風景は凄まじかった。

 刃は無いとはいえ、金属製の剣を本気でぶつけ合う様は音も迫力も想像を超えていて、剣がプロテクターに当たるのを見ると、きゅうっと心臓が縮まる気がする。当たりどころが悪ければ絶対に骨折ものだ。

 ごめんなさい、やってみたいとか言ってごめんなさい。私には無理ポイです。

 メル君はきっとそれでも、立ち向かうのだろうなと心のどこかで確信してしまう。

 こんなにハードな練習に初等部の子も参加するのかと心配したが、さすがにそれはなく、やがて始まった紅白戦の観戦が目的だったようだった。


 同学年同士、3試合行われる中でメル君も試合に出ていた。剣の腕前がどうとかは分からないけれど、激しい打ち合いに、大きな怪我をしませんように、と祈るしかなかった。

 メル君対レイモシーはメル君の勝ち。ルーテースと……ほにゃらら君はルーテースの勝ち。

 メル君の勝利に初等部の一団から熱い声援が飛んでいるなと思ったら、見覚えのある黒髪の子がいる。


「兄様ーっ!」


 って声を確かに聞いた!

 弟!!

 遠目だけど、顔立ちもメル君に似てる気がする。

 ぜひとも間近で見てみたい。


 2年生の試合には、そんな予感はしてたけど、出場するよね、王子様。

 そんで勝つんだよね。うん、知ってる。


 2年生の試合が終わったところで、初等部の子供たちは解散になる。

 この時間に休憩が入ることは聞いていたので、ここで退出することも告げてある。


 ルーテースにエスコートしてもらい、部長さんの元へ行き退出のあいさつをして、練習場を出た。


「本日はありがとうございました。想像以上の迫力で驚きました」


 ルーテースとレイモシーにもお礼を言っていると、背後でべしょっと何かが潰れたような音がする。

 振り向けば、隊列を作って移動していた初等部の子が一人転んでいた。

 顔から突っ込んだかのような見事な転びっぷりを見せているのはよく知ってる黒髪。もしや、弟君か!?

 思わず助け起こそうと手を伸ばし、止めた。


「小さな剣士様、一人で起きれますか?」


 そばに膝をついて声をかけると、「うん」と涙声が聞こえる。

 もぞもぞと動いて膝を抱える。

 両膝とも見事に擦りむいている。


「さすが剣士様。お強いですね」


 おでこについた土をハンカチで払おうと顔を覗き込んだら、大きな藍色の目がいっぱいに涙を溜めている。

 メルヴィル君!!

 え。もう。なにこれ。かわいい。

 そっくりよ、そっくり!

 おでこの土を払って、溜まった涙をこっそり拭きながら、脳内ハグをたんまりしておく。


「はい、立って」


 小さなメル君の服についた土を手でパッパと払って、膝の傷口から流れる血をハンカチで拭き取る。


「戻ったら傷口をきれいに洗ってくださいね。ガーゼをするのはそれからですよ?」


 血はまだしばらく流れそうだったのでハンカチを彼の手の中に押し込める。


「よかったら使ってください」


 小メル君はコクンと頷き、みんなのところへ走って行く。

 うん。えらいえらい。

 立ち上がって、軽くスカートの土を払う。

 気がつくと側に本物のメル君がいた。


「ア……アイリーア嬢、弟、が、ご、迷惑をおかけして、申し訳ない」 

「迷惑なんて少しもございません」


 むしろご褒美頂きましたけど。

 てかなんでしどろもどろ? 顔色よくないよね?

 ルーテース・レイモシーコンビもなぜか顔を見合わせている。


「ウィスコンシン様、どこかお怪我でもされたのでは……」


 思わず手を伸ばしたら、メル君がびっくりしたように後退る。

 ありゃ。失敗した。メル君の境界線を踏み越えちゃった。


「あ、いや、その……」


 メル君はあからさまな態度をとってしまったことに戸惑っているようだった。

 ごめんよ。もう近づかない。


「失礼します」


 そう言うなり、くるりと踵を返してしまった。

 あーあ、また嫌われちゃったなぁ……。ちぇ、男の子は大きくなるとつまんないなぁ。

 ……いや、嫌われていいんだけどさ。いいんだけど。……だけど。

 だけど、なんか、淋しいよね。


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