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 その日はメル君が来ることになっていたけど、私は前日から嘔吐(リバース)続きでヘロヘロだった。

 でも遠方から訪ねて来たメル君を追い返すのも嫌で、少しだけでも「遊びの時間」を作りたかったのを覚えてる。


 庭に出て、彼が見つけてくる遊びを楽しみにしていたけど、どうにも体がついていかず東屋でグロッキー状態だった。

 彼の護衛が気を利かせてくれたのか、エリーが何か言ってくれたのか、メル君は少し離れたところへ行った。

 そこで木の枝を拾ってきた。

 50〜60センチほどの、男の子が大好きなサイズ感だ。それを護衛に向かって剣のように構える。

 護衛は懸命に首を横に振っているが、メル君がもう1本の棒切れを持ってくると仕方がないとばかりに二人で木の枝を剣に見立てて構えた。

 メル君がそれは楽しそうな姿を見ていたら……傍から見たらただの突進だったけど、少し気分が軽くなった。

 まぁ、こてんこてんとうまくいなされているんだけど。

 途中でチラリと護衛がこちらに視線を向けてきたので、私は肯定するように頷いた。

 それを見て、諦めたのか吹っ切れたのか、護衛はメル君にちゃんと向き合うことにしたようだった。

 少し熱が入りすぎたのか、メル君が派手に転ぶと護衛は大慌てだったが、メル君はそれよりも悔しいことのほうが大きくて、擦りむいた膝も気にせず更に剣を構えるのをやめない。


「エリー、清潔な水を多めに。浴布を……4枚と消毒薬とガーゼを準備して。あと、冷たいレモン水を二人分ね」


 そうして侍女たちの動きが終わる頃合いを見計らって、メル君の剣のお稽古も終了して戻ってくる。

 あちこち泥のついた姿のメル君に護衛は恐縮してたけど、いいと言ったのは私だしね。


「メルヴィル様、ケガの手当をいたしましょう」


 立ち上がったところで、エリーがさっと前に出てきた。

 そうだ。この小さな手と体では布巾一つ満足に絞れない。目の前の子供の泥を拭いてやることもできない。

 きっとそれは当たり前のことなのに、その事実が私を否定した。


 エリーに手当てをされたメル君は肘と膝にガーゼを当てていた。

 大きな傷はなさそうだった。

 男の子はケガをしたところから大きくなるもんだ。きっと手足の長い男前になるね。


 メルヴィルにレモン水を差し出してから、エリーに耳打ちして護衛騎士にも浴布とレモン水を渡してもらった。

 メル君は結局転ばされただけで終わったのが不服だったようで、終始無言でかわいかった。

 眉をギュッと寄せて、口をへの字にして。大きな藍色の目に悔し涙を滲ませて。





「その頃のわたくしは、あまり体調が思わしくなくて。本当に自分自身に辟易としてたんですが、彼の頑張る姿に随分と勇気をもらいました」


 懐かしさに思わず笑みが深くなる。

 二人の驚いた様子に、私のほうが驚いた。

 あー、病弱って知らなかったっけ?

 半分設定だけど。


 屋外に出て、喧騒が次第に大きくなって練習場が近づいて来たのだろうと思うが、なんかこう、違う。

 剣のお稽古って雄々しい掛け声とか、剣のぶつかる音とかを想像してたけど、なんかこう……かわいらしい声が多くありませんか?

 心の中で首をかしげていたが、練習場を目にして納得した。初等部の子供たちが並んで木剣の素振りをしていた。


「今日は初等部との合同練習の日で、騒々しくて申し訳ない」

「いいえ、騒々しいことなんてございませんよ」


 むしろ、あの木の枝剣士の成長過程のようで嬉しいくらいだ。

 練習場の片隅に設置された大きな日除け傘の下に設置された、アラベスク模様が透かされた金属製のテーブルと椅子。ここが私の居所らしい。


 2号君が案内してくれてレイモシーが椅子を引いてくれる。

 いたれりつくせりだな。

 なんて思ってると大きな影が視界に入ってくる。

 途端に二人に緊張が走ったので、驚いて仰ぎ見れば、本当に大きな人が立っていた。

 思わず身長何センチですか? 胸囲は? 二の腕と私の太ももを比べてもいいですか? と聞いてしまいたくなる。


「部長、本日ご案内したレスティア・アイリーア嬢です」


 部長さんかい。

 立ち上がろうと素早くレイモシーに視線を送るが気づいてもらえない。2号君もこちらを見ようとしないので、仕方なく自分で椅子を立とうとすると、部長さんが軽く手を動かして制してくる。

 座ったままで、ということか。


「レスティア・アイリーアです。本日はチェスロー様とグラディス様にお招きいただきまして参上いたしました。お邪魔にならないよう気をつけますので、よろしくお願いいたします」


 厚手のキルティングが使われた練習着と、要所要所に金属がついた革のプロテクターを身に着けた部長さんは踵を合わせて姿勢を正す。


「ようこそお越しくださいました。部長を務めさせていただいております、ウィラー・ロウデンです」


 うわ。さすが、4年生。貫禄が違う。

 ってか、この場では本当に私はお姫様扱いなのか。こっ恥ずかしい。


「ウィル、デカすぎて怖がられてるぞ」


 背後から野次が飛ぶと部長さんは慌てて小さくなろうと肩を縮める。


「そのようなことはありません」


 とは言ったけど、部長さんはますます申し訳無さそうにしている。

 どうしたものか。


「わたくしがロウデル様の半分でも立派な体躯なら、チェスロー様に見学に誘われたときにお断りせずに済んだのですが」


 同意を求めて2号君を見ると、困ったような曖昧な笑みが帰ってきた。


「……どういう……?」


 部長さんが目を丸くしたので昨日の失敗談を話す。


「昨日剣術クラブにお誘いを受けたとき、わたくしが剣術をするのだと思って、無理ですってお断りしてしまいました」


 あの早とちりした場面を3人で思い出して笑いあった。


「でも、正直に申しますと、わたくしも剣術をやってみたいと思ったことがございますので……」


 そうできれば、一緒に木の枝を振って遊べたのになぁ……。


「ロウデル様のように恵まれた体躯の方を羨ましく思っても、恐ろしいなんて思いません」


 とはいえ、体格の差プラス座っている状態では視線も合わないのだが……。

 心の声が聞こえたのか、部長さんは片膝をついて視線を合わせてくれた。

 うん。予想以上に優しいグリーンの瞳だ。


「アイリーア嬢」


 近くで響くバスボイスはちょっと耳にくすぐったい。

 部長さんは右手を胸に当て軽く腰を折る。


「ウィラー・ロウデンです」


 って、さっき聞きましたけど? さすがにまだ覚えてるよ?


 途端に周囲からわっと声があがり、両隣の二人は情けない声で部長さんを呼びながらすがりつく。

 部長さんは二人をぶら下げたまま踵を返して立ち去って行くのだが、その後が地獄だった。


 何人ものクラブ員が次から次へと胸に手を当て腰を折って名乗っていくのだ。


 うーむ。覚えきれぬ。個体識別すらできぬ。

 私は姫の儀礼としてその名乗りに軽く頷くだけ。

 だったはずだけど、そんな高位の人のマナー、聞きかじっただけで本当にこれでいいのか、わかんないんだけど!?


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