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「レスティア様は『姫と騎士』をご存知ですか?」


 人通りの少ない廊下を歩きながら、リリアナに問われ、言葉通りの意味ではないのだろうと思い否認する。


「……学院内における、こっ恋人、のようなものです」


 少しだけ頬を赤らめて「恋人」とかいうリリアナはかわいい。


「お家の方で決められた方はいらっしゃると思いますけど、それはレスティア様自身が心に決めた方ですか?」


 ロッカールームに着くとリリアナは高速直球を投げてくる。


「別にその方がどなたか、ということが知りたいわけではございませんし、レスティア様がその方をどう思っておられるかも興味ありません」


 一般的には内々に婚約が決まっても正式な婚約が成立するまではあまりオープンにするものではないらしい。

 でも家同士の付き合いなんかで分かることもあるし、王族なんかだと早々に公表することもあるようだ。


 政略結婚が当たり前の社会でありながらも、学院内は男女が顔を合わせる。思春期以降の男女となれば当然、淡い恋心も発生するわけで。それが「姫と騎士」という関係になるらしい。

 学院内におけるというのがミソで、卒業すればまたは正式な婚約が発表されればその関係は解消。

 一部、この関係がやがて正式に婚約・婚姻へと発展してハッピーエンドになることもあれば、悲恋に終わったはずがその後も引きずって、やけぼっくいに火が着いたりと乙女たちを魅惑する恋物語が発生するようだ。


 で、なんで1号・2号コンビがクラブに誘った件が問題かというと、彼らは今、私の「騎士」に立候補したことになるらしい。


 その昔、というほど昔ではないと思うが、騎士をめざして頑張るどこぞの貴族令息と王族のお姫様が「恋仲」になった。

 剣のお稽古に励む騎士の卵に


「ずっとわたくしの騎士でいてくださいませ」


と姫が手ずから刺繍したハンカチを渡して恋を実らせたとか。ウソかホントか知らんけど。

 そのエピソードの舞台が「剣術クラブ」だというのだ。

 それにならって、殊剣術クラブにおいて「騎士」はその活躍を「姫」に見てもらうという伝統があるらしい。

 なんと小っ恥ずかしい、おっと、ろまんてぃっくな伝統か。

 故に「剣術クラブに誘う」=「恋人として立候補する」という等式が成り立ち、「騎士にする」とは「恋人になる」と変換できるらしい。


 しかしだ、私は彼らとほぼ初対面でしかないのに、なぜ姫役に抜擢されたのだろう? もしかして彼らはとりあえず女なら何でもいい派?


「それはいろいろございますでしょう。今のお相手を遠ざけたいがための牽制とか、順調にいってアイリーア侯爵家とのつながりが欲しいとか」


 政略姫騎士かい。


「ほかにも一目惚れというのもございますでしょう?」


 ……それは無いでしょうよ。乙女だな、リリちゃんは。


「どちらに対しても姫をお受けするつもりはないので、見学に行くべきではないですよね」


 明日、お断りをしようと思ったら、リリアナはそれは良くないと言う。


「クラブへのお誘いは周知のことですし、あの場でのお断りはチェスロー様とレイの、今からのお断りはお互いの不名誉になります」


 前者は公開処刑だし、後者に至っては私は約束不履行だし、向こうはすっぽかされたということらしい。

 昼休みも終盤にさしかかり、ロッカールームに人が増えてきたので、午後の教室へ足を運びながら話を続ける。


「あの、レイ、様というのは?」

「二人の片方、赤髪の方です。レイモシー・グラディス。わたくしの遠縁になります」


 なんと。1号君はリリちゃんの親戚とな。

 で、2号君がチェスロー辺境伯の縁者か。


「わたくしは、どちらの方もお断りするつもりなのですが、どうすればよろしいのでしょう?」

「何もしなければよろしいのではなくて? 今回の場合、選択権はあくまで姫側にありますし」


 ……なるほど。彼らを騎士として選ばなければいいわけだ。けど、一度練習を見に行けば、とりあえず義理は果たしたということか。


「他に何かご質問はございますか?」

「はい、リリアナ様に騎士様はいらっしゃいますか?」


 ふと気になって聞いてみたら、彼女は頬を赤くする。


「……ございません」


 なんだ、残念。


「あと1つ。わたくしたち、お友達でよろしいですか?」


 今度は耳までその髪色と同じくらい真っ赤にして、リリアナはらしくなく大きな声を出した。


「よろしくてよ!」


 足早に歩を進めるリリちゃんの背中を見ながら、心の中でにんまりする。

 どーよ、メル君。私、お友達できたし。


「急ぎませんと、遅れますわよ」


 動かない私にリリアナが声をかけてくれる。


「はい。リリアナ様、ご助言ありがとうございました」


 軽く膝を曲げながらリリアナにお礼を言って、私も午後の教室に向かう。

 時間は結構ギリギリのはずだ。なにせ、ご令嬢の歩みは遅いのだ。


 


 午後の選択授業はベルカイム国概論だ。隣国ベルカイムのあれやこれを教えてもらえる。はず。


 指定された教室はあまり大きな部屋ではなく、一人用の机が20台ほど並んでいる。中に居た学生は10人ちょい。

 ……全員男子。

 毛色の違うのが入り込んだせいか、チラチラとこちらを伺ってくる。

 まぁ、いいけどね。

 

 しかし、全体の男女比で行けば確かに男子が多いから、少数派になるのは当然だとしても、こんなに女子に人気ない科目を連続で引くとは思わなんだ……。

 女の子はどの授業にいるんだ? 出てこい、私のお友達!

 しかし、授業は面白かった。女子が少ないとか、周囲の視線が冷たいとかどうでも良くなった。学院に来て、この2時間が一番収穫が多かった。

 家で勉強してたときも、外国の授業は面白かったし、自分でも本を読んでいたけど、子供に手に入れられる本は多くない。

 惜しむらくは、2ヶ月分の授業を聞けなかった事だ。

 あー、もったいないことをしたー。

 みっちり書き込んだノートを見ながらため息をついていると、そのノートに影がかかる。

 驚いて視線を上げると、目の前に王子様が立っていた。

 輝くような金の髪に、深く吸い込まれそうな青い瞳が嵌っているその顔は白く細くどこか中性的な雰囲気もある。

 なんというブロンド。なんというサファイアの瞳。色白で、薄い唇はほんのり赤くて、紅顔の美少年とはかくありき。

 え、なに? どこの童話から抜け出てきたの?


「アイリーア嬢」


 やば、見とれた。あれ? 名前呼ばれたけど、こんな美少年クラスに居たっけ? さすがにこの顔は忘れないと思うけど……。


「この授業を選択されるおつもりですか?」


 笑顔だけど、なんか違うな。もしかして、牽制されてるのかな?

 ……まぁ、いいか。


「はい。とても興味深く拝聴いたしました。次の授業も、是非参加させていただきたいと思います」


 そう答えながら、王子の制服の襟に「Ⅱ」の文字のピンが刺さっているのを見つけた。

 上級生だったよ。

 王子は少し驚き、それから小さく頷いた。


「もしよかったら、これまでの授業ノートをお貸ししますよ」


と自分のノートを差し出してくる。

 なんと! 童話の王子ではなく宗教画の天使だったよ!


「よろしいのですか?」


 たぶん令嬢スマイル剥がれた。だって、王子がくすくす笑ってるもん。


「次の授業までですよ」

「はい。必ずお返しいたします」


 受け取ったノートを胸に、立ち上がって深めに膝を曲げる。


「感謝いたします」


 早速この場でノートを広げたかったけど、それはよろしくない気がして我慢する。

 また来週、と軽く手を振って出ていく王子に再度礼をしながら、大変なことに気がついた。


 やば、王子の名前が分かんない……。


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