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まさか、テストに必死にならなきゃならない日が来るとは。
無理やり提出させた真っ白なノートを見ながら鬼王子は大きくため息をついて、意地悪い笑みを浮かべた。
「週1回の勉強会じゃ間に合わないんじゃない?」
「いえ、問題ありません。お忙しいノルベルト様のお時間を頂くわけにはまいりませんので、お構いなく」
「ふーん。じゃあ、10位以下だったらペナルティね」
「はい!?」
なんでそうなるの!?
「これでもレスティアの為を思って、心を鬼にして提案してるんだよ?」
いやいやいやいや。心を鬼にしてるんじゃなくて鬼の心が露呈してるだけじゃないですかね?
冷や汗で全身ぐっしょりになりそうな私を余所に、鬼王子はメンバー全員を見渡しながら告げる。
「ここにいる全員、20位以下だった場合ペナルティを課すからね」
鬼や。悪魔や。みんな青くなってるじゃん。
いったい何スイッチが入ったんだよ!
そんなこんなで鬼王子のせいで、酷いことになった。
ペナルティって何? トイレ掃除とかかな? それならまぁいいか。
いや、だめだ。絶対ロクなことじゃないし、絶対冗談じゃなく本気だ。だって一番焦ってたのがお取巻きの二人だし。
おかげで共通科目の合間も概論メンバーでテスト勉強をする羽目になり、なんだろうこのまじめな学生生活はと戸惑うしかない。
大体は頭に入っている内容だとはいえ、上位10人と言われると、そりゃ無理でしょって思う。おかげでこうして学年で上位に入るであろうモナを捕まえてその実力のほどを観察している。
木曜の放課後、モナを談話室に誘って一緒に取ってる選択科目の勉強をしつつ、共通科目も振ってみる。
算術は大丈夫。計算ミスにさえ気を付ければ解法に困ることはない。語学もまぁいけるか。歴史はちょっと……っていうかモナが歴史苦手だったから指標にならない。モナは理系か。苦手っていっても壊滅的ではないけど。こらなら現状でも私の方がマシか。
でもモナの偉い所は苦手だからと諦めずに勉強しようとする向学心だよね。そしてたとえ男女関係なく受けているはずの共通科目ですら、本気で点を取りに行きたい女の子は私とモナだけだった。
あれかな、女子に学問など不要ってやつ。世の中の風潮ってそんな感じ?
自然と二人で勉強しているところに概論メンバーがきて、そのうちルーテースやレイモシーが寄ってくるようになり、剣術クラブの面々とも親しくなった。
おかげでテストが終わるころにはますます悪女としての名声が高まりそうだ。青薔薇のご令嬢からの風当たりと体当たりがどんどん厳しくなってる。
ルテ・レイコンビと一緒にメル君との距離も近くなった。積極的に話をすることは少なかったけど、応援し隊としては距離が近くなったことを利用して、なんとかメル君とモナが隣になるように席を移動したり、会話を成立させようと誘導したりしてみたけど、うまくいかない。
ただ隣りに座ってるだけ、ただ必要最小限の言葉を交わしてるだけ。
角砂糖一個分の甘さもない。シュガーポットを用意するくらいの覚悟でいたのに。
隣に座る彼女の手元から転がるペンを拾ってあげようとする彼の手と、自分で拾おうとする彼女の手が触れ合って……。
みたいな甘いヤツないの? そういうのってどこで発生するイベントなの?
メル君は口数が多い方ではないし、言葉選び自体が得意な方でないことは知ってるけど。
そういえば「親しいですか?」と首を傾げていたモナの言葉を思い出した。
もしかして、メル君の気持ちは全然何も伝わってないんじゃない?
ガリガリと勉強するモナには他のことに心を割く余裕は無さそうだし。
モナには奨学金とか進学とか夢へ続く道の敷石として重要な場面だしな。
ここは余計なことを考えるのやめようかな。
王子の罰ゲームも中身も分からないから、私もまじめに勉強した方がいいしな……。
と思いながらも気乗りがせず、鞄から取り出した本を開く。
それをルーテースに突っ込まれる。
「バッソですか? それはの戦略学の本では?」
「……あら? 間違えました」
……キミは私の行動に注視しすぎだ。もっと自分の勉強をしたまえよ。
勉強してるふりで本読もうと思ってたのに、ルーテースめ。
読みたかったのは「バッソ将軍物語」。王子が彼の半生を語ってたから絶対本があると思ったんだよね。そしたらやっぱり、彼の戦略に対する考察ではなく、物語として彼の生涯を綴ったものがあった。
私が借りたのは彼の生涯をドラマティックに誇張したと思われる、戦略学とは関係のない娯楽系の本なわけだけど。
異国の将軍の物語があるなんて、きっと人気のある人物なんだろうな。
メル君もルーテースを見習って隣の女子の行動に関心を持ちたまえよ。
ため息をついて視線を上げたら、なぜかメル君と視線が合った。
メル君は驚いたような顔をして、直後頬を赤くして俯いてしまった。
あれ? なんか照れてる? 珍しい。
もしかして、メル君も好きなのかな? ルキオ・バッソ。
首を傾げると私の真向いのモナが小さくため息をついた。彼女の手元を見ると、算術の解法で躓いているようだった。
あっ、ここじゃない? ここで隣のメル君がアドバイスするっていう……。
期待のまなざしを送ってみたけど、さっぱり気づかない。
「モナさん、そこはちょっとややこしいですよね」
ほら、気づいてあげて。さあさあ。
と心の中で発破をかけているのに、メル君は無反応。もしかしてメル君は算術苦手なの?
モナはふと思いついたように私を見てにっこりと笑った。
「レスティア様、ここを教えていただいてもいいですか?」
私か。なぜ私に振るんだ。こっちじゃないだろうに。
そうは思っても、モナの笑顔がカワイイから許すけどさ。
「どうぞこちらに」
といってモナは私を自分が座っていた席に誘導して、その隣に自分が座る。
うん? なんだろう? ……まぁ、いいか。
モナの躓きは教えるというほどのこともない。二言三言アドバイスするだけでクリアしていく。こういうのは考え方の気づきだ。
席を移動したところで、すぐにやることがなくなる。仕方がないから勉強するか。
歴史の範囲は2・3年前にやったところだ。その頃のノートをちゃんと保管してくれていたエリーに感謝だね。
見直してみると結構忘れてることがあって、戦慄が走った。一度やったから大丈夫なんて、天才しか言えないセリフだったわ。凡人の私は必死に記憶を掘り起こして植えつけ直さなければならない。
でもところどころ先生が書いた文字が混じっていたりして懐かしくて、ちょっと面白い。
キーワードになりそうなことを別の紙に書きながら、背景を読みこむ。
記憶に刷り込むために動かしている手に何かが当って、我に返った。
気が付いたら手元にもう一本ペンが転がっている。
おや? これはどこから転がってきたのかな?
視線を上げてペンの転がってきた方を見るとまっすぐにこちらを見る藍色の瞳があった。
隣のメル君のか。
「どうぞ」
手に取って渡そうとするも、メル君は受け取ろうとしない。まっすくにこちらを見たまま固まってる。
どうしたのかな? 疲れちゃった?
「ウィスコンシン様?」
顔色が悪い感じはしないけど、もしかして体調悪い? やだ、ちょっと、どうしよう?
傍にあったメル君の手に触れて、できるだけ小さく囁く。
「メルヴィル様、ご気分がすぐれませんか?」
メル君の手はほんのり温かくて、冷えているわけでも熱があるわけでもなさそう。顔を覗き込んでも発汗などは無さそう。
「どうされました?」
触れていた手に力を入れて握ると、ようやく指先がピクリと動いて慌てるようにその手が引っ込められた。




