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学生生活と切っても切り離せないのがテスト。だった。そうだった。忘れてた。
テストが近づいてくるにつれ周囲で高まる勉強熱。2ヵ月半遅れでスタートした私の学生生活だけど、テスト期間はみんなと一緒にやってくる。
そんな中、やっぱり日々頑張っている人はちゃんと実力が伸びているんだと思う。
モナは特待生だけあって学力が高く、もちろんそのための努力を惜しまずに尽している。
ランチ仲間の間で彼女の実力が注目を浴び、声をかけられることが多くなると、次第に彼女の表情も明るいものが増えた。まだ遠慮というか1歩引いた感じはするけど。
モナの頑張りが成績だけでなく、ほかのことにも繋がっているのが素直に嬉しかった。
3国概論の勉強会は既に定例で、毎週火曜は談話室の一番大きなテーブルを占領して13人のメンバー全員で行われる。
火曜日が固定になったのは王子のお取巻きからの嘆願からだった。火曜日なら王子が参加できるから是非にとお願いされた。
しかも私から王子をお誘いするためのシナリオまで渡される始末。
お取巻きって大変だね。
どんだけ我儘王子なんだ。
でも、もしかしたらそのくらいしか我儘が言えないのかもしれないと思うと、ちょっと同情しちゃって、お取巻きのシナリオ通りのセリフでお誘い申し上げた。
「ぜひノルベルト様にもご参加いただきたいです。ノートの取り方も教えていただきたいんです」
で、なんだったっけ? 上目遣いで見つめる?
「ダメですか?」
この演出書いたヤツ、誰だよ?
でも、王子のことをよく分かってる人が書いたには違いない。なにしろ王子のご機嫌がV字回復したのだから。
王子の参加表明に真っ先に逃げ出したニコルだったけど、そうは問屋がおろさない。
1年年上ということもあるけど、やっぱり苦労して学んでいる人の勉強方法というのはすごい。
与えられる学びと求める学びは違う。
ニコルの貪欲に知識を求める姿はきっとここのご令息たちのお手本になる。折角の勉強会だ。彼らにはより多くの学びを得てほしい。
縄で縛ってでも連れてくよ?
……自分は好きなところだけ勉強したいとか、テスト勉強に付き合うのが嫌とかそういうことではないよ?
現にほら、隣に座った王子と二人して王子ノートを覗き込んでお相手させていただいているしね。
「……慣れ、だと思うけどね?」
王子は自分のノートを見直しながらそう言う。
話下手と推測されるティオルの先生の講義を要点よくまとめているのは本当に感心する。
私はと言えば、おおざっぱにまとめたり、キーワードを箇条書きにしておいて後から記憶と資料を掘り起こしながらまとめなおすのが精いっぱいだ。聞き取りながらそれなりにまとめているのは王子の能力の高さか。
でもところどころ点々とペン先でつついた跡がある。
単にノートを写していた時にはあまり気にしなかったけど、同じ授業を聞いた後だからわかる。
これは先生の話が飛んだ時だ。
まとめきらないうちに別の内容に移ってしまい、イライラなのか混乱なのか、それが表れているんだろう。
思わず笑ってしまって、王子に眉を顰められる。
「ここ、先生のお話が途切れたところですよね?」
王子に確認を取りながら、目にした言葉に疑問を覚える。
初めて見る名前が書かれていた。
小規模な国土併合の事件だった。ティオル王国が南東にあるバッソという土地をそこに住む小さな部族ごと併合した。今から200年前の話だ。
王子のノートにはその横に「ルキオ・バッソ」と書かれている。
……そんな名前が出てきただろうか?
考えてみてもさっぱり思い出せない。聴き逃しただろうか?
首を傾げる私を見て、王子が察したようにその人物を教えてくれる。
「ルキオ・バッソはバッソ地方出身の有名な将軍だよ。正確にはルキオ・バッソが先でルキオの出身地だから地名がバッソと呼ばれるようになったんだ」
へえ、知らなかった。そんな話あったかな?
「彼は戦略学方面で出てくる人物で、多分先生もその有名人の話をしたかったんじゃないかと思って」
「有名なんですか?」
「有名でしょ?」
いや、知らんけど。
王子はルキオ・バッソなる人物の戦略術を篤く語っているけど、そんな人知らんかった。
そのバッソ将軍の成り上がりサクセスストーリーは面白いけど、話の8割を占める戦略だか戦術だかそんなのはまったくわからん。とりあえず、フムフムと頷いておく。
でも、あれだね。もしかしたら、別の分野で得た知識が下地にして生かせるのも王子の能力の高さだったり、努力の結果なんだろうな。
王子ノートの半分は王子の努力でできているんだね。
王子の目が珍しく好奇心に富んだ喜色を含んでる。話の内容はなんかバッソとは別の軍略家になってるけど楽しそうだからいいか。
ヒーローに憧れるのは男の子の性かね。
ただ、戦争の英雄が子供の憧れっていうのは違和感があるけどさ。
私が王子の推し語りを聞いている間に、他でも概論から脱線していた。ベネットは2年生を捕まえて、自分の苦手な算術を教えてもらってる。なるほど。学年を越えるとそういういいこともあるね。ベネットはなかなか賢いな。
何でも共通科目は合計点で順位発表とかいう地獄が待っているらしい。
座学に重きを置くご令息が多いここのメンバーはやはり順位が気になるものらしく、共通科目はかなり必至だ。逆に言えば選択科目は不可でなければそこそこでいいと思っている節もある。
「勉強会もなかなかいいな」
メンバーを見ながら、王子がため息交じりにそう言った。
「そうですね。学年を越えてと言うのは貴重ですね」
「いや、勉強は個人のものだと思っていた」
「そういうものですか?」
私が首を傾げると、王子は小さく頷いた。そして独り言のように小さく呟く。
「自分の不得意を晒すの難しい」
ふむ。そういわれるとそうかも。立場とか矜持とか、身分が高くなればなるほど無駄に重たくなくなるものなのかも。
「そうかもしれません」
でもさぁ、人間なんだから好きも嫌いも、得意も不得意もあって当たり前じゃん。
「でも、苦手と得意で補い合えればその方がすてきじゃないですか」
効率もいいし。
まぁ、私は補ってもらってばっかりだけどさ。
そう思うと苦笑するしかない。
王子はしばらく私の顔を観察してから、にこりと笑う。
嫌な予感しかしない。
「レスティアは共通科目はどうなの?」
どう、とは?
「遅れて入学したけど大丈夫?」
「レスティア嬢は授業中ほぼ動かないですよね?」
オズウェン、キミはなにが言いたいのかね?
「寝てる、わけじゃないですよね?」
淑女に対してなんてことを! キミは絶対余計なことを言って失敗するタイプ!
午前中は瞑想の時間だよ! 気を練って戦闘力を高めてるんだよ!
「ノート見せてごらん?」
私はなんでノートの鬼に笑顔で凄まれてるの?
「ええと?」
「きみは興味がないと一切何もしないように思う」
……良くご存知で。
「基礎学力がどうなのか、僕が見てあげるよ。足りたいところを補ってあげよう」
「……遠慮します」
「ノート、見せてごらん?」
共通科目の1文字すら書かれていないノートを隠しながらちょっとだけ後悔した。
だって、共通科目は語学、算術、歴史が主で、先生と3年前くらい前に勉強した内容ばかりで興味を持てなかったから、つい。
まぁ、ノートがなかろうがなかろうが、どうせテスト勉強なんかしないし。勉強しなくても零点ってことはないはず。
「……お構いなく」
ほどほどに点をとれればそれでいいので。
「……間に合ってますので……」
私のささやかな抵抗は鬼王子の前ではただの時間の無駄だった。




