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見間違えるわけが無い。
あのふわふわピンクの髪の毛を。
たとえ後ろ姿だとしても間違えない。
だけど、モナの目の前で、赤くなったり青くなったり、表情を変えながら喋っているのは、私の知らないメル君だ。
いつも怒ったように不機嫌そうで口数が少ない。それが私の知ってるメル君だ。
あんなに豊かな表情でおしゃべりしている姿を見たことがあっただろうか。
どうして私はこういう場面に出くわすのか。運がいいのか悪いのか。
飛び出し令嬢と別れて、ロッカールームに向かう途中だったから、決して私が覗き見したくてこの場にいるわけじゃない。ただ、廊下で話し込んでいるメル君とモナが通り道にいただけだ。
普通に近づいて一言挨拶をして通り過ぎればいいだけのことなのに、足が床にピタリと張り付いたように動かない。近寄って声を掛ければいいのに、何故かそれができない。
廊下に立ち尽くすように、小声で話す二人の様子を見ている自分の心がひどく冷たいのが信じられなかった。
別におかしなことはない。同じ学年の同じく講堂で授業を受けているんだ。話ぐらいするし。
そもそもそれを私がどうこう言う立場でもないし、気にする必要も無い。
そのはずなのに。
ただ、あんなふうに表情豊かにおしゃべりをする姿を私は知らなくて。いつも怒っていたり、ぶっきらぼうな物言いの彼しか知らなくて。
それなのに私は彼を分かっているつもりでいて。
少しだけ、ほんの少しだけ、あんなふうにおしゃべりできるモナが……。
メル君の視線が動いて私と目があった。ピタリと一瞬動きを止めてから、眉間に皺を寄せ怒りのような表情を見せる。
そしてモナに一言告げると足早に去っていく。
邪魔をしたから怒らせちゃったかな。
私もいつかあんな風に普通におしゃべりしてもらえる友達になれるといいな。私は小さくため息をついた。
そこからはモナと二人でロッカールームに向かった。
いつもいろいろ控えめなモナだけど、今日は珍しくにこにこと上機嫌全開だった。
やっぱり、こっちの方がいい。明るい表情と紅い頬でモナのかわいらしさが一層増している。
一人で勝手にもやもやしてる場合じゃないよね。
モナの学院生活が楽しいものになればいい。孤立しがちなモナが楽しそうに話せる相手がいるのはすごくいいことだ。それは間違いない。
火曜日の放課後は3国概論仲間と勉強することが定例で、他の日は図書棟で本を読む。
学院生活が1ヶ月も続くとそんな日課に落ち着いた。
怒涛の最初の2週間が過ぎると、時々現れる飛び出し令嬢のいなし方にも慣れ、ヒソヒソ嬢も随分減った。やっぱり珍獣だったからヘタに注目を浴びたのだと思う。
あれ以来、時々メル君とモナが話しているのを見かけるけど、観察しているとモナがやっぱり遠慮がちのように見える。メル君が話しかけて、モナが一言二言答えて、モナが笑ってメル君が照れたような感じで。
話の内容が分からないけど、嬉し恥ずかし高感度を上げるシーンなのだと思う。
もうちょっと、もうちょっと、モナがメル君に歩み寄ってくれれば……。
身分差とか分不相応みたいなことを、真面目なモナは考えているのかもしれない。
けど、違う! 恋は障害があればあるほど燃え上がるはず。ダメと言われたらやりたくなるのが人の情ってもんでしょ!
ん? そういえば、あのダークブロンドの彼女はどこへ行った?
なんかよそよそしいモナの態度を考えると……。
もしかしてブロンド彼女はメル君に、メル君はモナに想いを寄せてる感じの三角関係的なやつ?
そうすると、お邪魔令嬢役をブロンド彼女に任せて、モナをサポートする役に回ったほうがいいのかな?
モナを恋心に前向きにさせる。んで、身分差に思い悩みながらも、メル君に想いを寄せるご令嬢からの嫌がらせを乗り越え、友達の婚約者を奪ってしまうような葛藤に立ち向かいう。恋の3重苦に、二人の気持はぴったりと寄り添いあう、と。
あーうんうん。そんな話どっかで読んだ気がする。
よし。これだ。これで行こう。
「モナさんは、ウィスコンシン様と仲がよろしいですよね?」
生物学の休憩時間にモナに聞いてみた。まずはモナがメル君をどう思っているのかはっきりさせとこう、そう思って。
「え!? ウィスコンシン様と? 仲いいですか? 私?」
驚きと疑問形で返されてしまった。
「仲、よくないですか?」
「特には、仲良くないと思いますけど?」
あれ? と首を傾げるとモナも同じように首を傾げる。
どういうことだろう?
「ときどき、お話しされてますよね?」
そう訊くと、モナは驚きと焦りを混ぜたような顔をした。
「知ってたんですか!? あ、あれは、ですね……」
あわあわと手を振りながら、否定したいけどできない事実をどう隠そうかと焦っているようだ。
「別に、悪いことではないと思いますけど?」
そんなに知られたくない事だっただろうか?
「ええと、悪いこと、ではないんですが……。……聞こえていましたか?」
「お話の内容は分かりませんけど、お話ししている姿を見かけるな、と思ってました」
おっと? 聞かれちゃ困る内容だったの? もしかして核心に迫る内容だったのかな?
内容は分からないと言ったら、モナはあからさまにほっとした様子だ。
「そう、なんですね。……ええと……ええと、ウィスコンシン様はお優しいですよね」
不審な挙動をにこっと笑ってごまかしてくる。
あからさまな話題転換だな。内容を突っ込まれたくないってことか。応援役としてはあまり嫌がることはしない方がいいよね。
メル君は、優しい。ぶっきらぼうで、意地っ張りだけど。弟君にも優しいし。
「……わたくしもそう思います」
「照れ屋ですしね」
モナは何かを思い出したのか、くすくすと笑う。
……それはちょっと分からないかな。私の前では基本的に不機嫌だし。
……モナとは照れるような話をするってことか。
「あ、でも、特に仲がいいとかそういうことはないですよ? たまたま少しお話しする機会があるだけです」
なにかをごまかすようにモナは手を振った。
なんでだろう? モナの気持を確かめたかったのに、私の中にもやもやが溜まっただけだった。
実際モナはいい子だ。
モナとは月木の2回、植物学と生物学が一緒で、割と早く打ち解けられたと思う。最初はすごく緊張していたけど。
彼女はすごく真剣に授業を受けていて、その真摯な態度も好感を持ったし、基本的にまじめで熱心だ。
「私、薬師になりたいんです」
何かの話の流れで、モナがそう言ったのを覚えてる。
そのために授業料免除の特待生枠で学院に入ったらしい。おそらくいわゆるお金持ちではない平民の暮しではここの制服1着そろえるのも大変だと思う。でも、意外とその辺りも奨学制度でフォローされているらしいことがモナの話からうかがい知れた。そのためにも成績の良し悪しは死活問題にもつながるようだった。
どうせなら、メル君にはすてきな女の子とくっついてほしい。彼の好みをどうこう言うつもりはないけれど、モナなら諸手を上げて応援できる。
かわいいし、ふわふわだし、努力家だし、まじめだし、何と言ってもかわいいし。
メル君が思いも寄せるのも十分理解できる。
この環境のせいか引っ込み思案というか、遠慮がちというかそのせいで暗く見られてるけど、実際の彼女は明るい声でお話もしてくれる笑顔もすてきな娘さんだ。貴族的なマナーがどうしても不足してるけど、私みたいな中身の怪しい人間でも擬態できるんだからその辺りは努力次第で補えると思う。
うん、大丈夫。モナなら応援できる。




