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悪女だなんて、そんな評価を得ているなんて。
身に覚えはこれからできるつもりだったから、まあいいんだけど。問題はどこが「悪」だったのかと言われると、自覚がないのが……。
だって今こそ、悪女に磨きをかけたいのに、何をしたらいいのか分からないんだよね。
小説の中ではどうしてたっけ?
結局読み返して復習しようと思ってた意地悪な令嬢が出てくる学園恋愛小説は私の本棚から消え失せていて、見つからなかった。
エリーに聞いても首を傾げるばかりだし。
おかしいなぁ。何冊かは読んだ記憶があるんだけど……。
あの子もダークブロンド? ブラウン? のあたりの髪色だと思うんだけど、それ系の子は意外と多くて、1年生の中でも絞り切れてない。
他の学年を入れたらもうさっぱりだ。
……あの子のことをほとんど覚えてないといわれると、否定はできないんだけど。
まあ、手当り次第意地悪して回るという手もなくはないか。すでに悪女との評価は頂いていることだし。
私がやられてる体当たりは意外と当たる側の努力が必要だと真似をしようとしてみて知った。
相手がよく通る場所時間、それを隠れやすくてぶつかりやすい場所で待ち伏せしなければならない。
とてもターゲットが絞り込めていない状況では無理だ。
というか面倒な手順を踏んでまで嫌がらせをしてくれていることにちょっと感心した。
私は、時間と労力がもったいなさ過ぎて考えただけで断念したのに。
「レスティア様」
あとは嫌味を言ったりは……そもそも会話や接点が少なすぎてどうにもならない。
放課後校舎裏に呼び出すのも相手の特定が必要だし、そもそも呼び出して何を言えばいいのやら。
意地悪とか嫌味とかって、想像以上にコミュニケーション力が必要だと思う。
『ちょっとそこのアナタ!』とか言って会話に割り込んで行ったり、より相手のダメージの大きい言葉を選んだり、そういうのはコミュニケーション上級者のなせる技だと思うのよ。
通常会話ですらキャパオーバーな元引きこもりにはしょせん無理な作戦だった。
意地悪をする意地がないなんて。
「レスティア様」
はーっと大きなため息が漏れると、リリアナにそっと手を掴まれた。
「ご気分でもお悪いんですか?」
あ、中庭ランチの途中だった。
「少し考え事してました」
「それって殿下のことですか?」
カシマシ娘の左側、トーニエルが目を輝かせて身を乗り出してくる。
王子? なんで出てくるの?
「もう、皆様の注目の的ですのよ!」
と右側のローレット。
「本当のところを教えてくださいませ!」
さらに真ん中のオリヴィーがせり出してきて、息ぴったっりのカシマシ3人娘の完成だ。
本当のところ?
首を傾げる私にカシマシ3人娘が世間のウワサを教えてくれる。
なんでも私は王子を籠絡しただけでなく王子の婚約者を蹴落として、王子の内定婚約者になったらしい。傲慢な振る舞いで周囲の学生を困らせ、その上、学院の多数の男性と不誠実な交遊があるらしい。というのが多々あるウワサ話を統合した結論だ。
何一つ事実がない辺り、ウワサとは恐ろしいものだ。
っていうか、よく考えなくても複数の異性と不誠実な付き合いのある人間が王族の婚約者になれるわけがないのだ。その時点でおかしいと思ってほしい。
「事実はないと思いますけど」
もうため息しか出ない。だいたい王子の婚約者ってだれよ?
いや、でもこういう異性を侍らせるタイプの悪女もいるよね? もういっそそっちをめざすか。
そうしたら、ターゲットが分からなくても万遍なく世間の評価が落ちるよね。評判の悪い娘だと思われればもしかして……。
「ですよねぇ」
私の思考はオリヴィーの大きなため息でかき消された。
「どうせ青薔薇会のお歴々が意図的に悪い噂を流しているとしか思えません」
出たな! 青薔薇会!
え? 意図的?
「……その青薔薇会というのは?」
さすがに無視し続けるわけにはいかないか。気は進まないが聞いてみることにする。
「青薔薇会というのは、ノルベルト殿下の……親衛隊のようなものです」
リリアナが言葉を選ぶようにして教えてくれる。
親衛隊ってお取巻きのこと? 彼らが王子の名誉を傷つけるような噂を流すとは思えないけどな……。
「会長は4年生のハリエット・サザラテラ様ですよ」
と補足を入れてくれるのはミリアムだ。
んん? 女の子?
「ノルベルト殿下は大変人気のある方ですので、思いを募らせたご令嬢が暴走して殿下を煩わせることのないように殿下を警護されているようです。自主的に」
おおう。そっち系か。
○メートル以上近づかないとか、あいさつは1日1回までとか、話しかけるときには二人以上とかそういう決まりがある人たちか。
なるほど、なるほど。そういう人たちなら、目の敵にされても仕方がないな。その文化には全く馴染めないけどね。
うん、でも都合よく悪いウワサ流してくれるなんて、キミたちいっそ私の親衛隊にならない?
「でも、なんで青薔薇なんでしょうね?」
ミリアムが首を傾げる。
あー、それは分かる。青薔薇は王子の瞳だよね。鮮やかな青い虹彩の模様がまるで幾重にも重ねた花弁のようですごくきれいなんだよね。びっくりして思わず覗き込んじゃったしね。
なんて事実は言わない方が身のためなので、同じように首を傾げておこう。
「そんな話をしている人がいたら、絶対否定しておきますから!」
ぐっと力を入れるオリヴィーに私は緩く首を振った。
「ほっといていいですよ。別に実害があるわけでもないですし」
不毛な言い合いになってもつまらない。もっと有益なことに時間を使ってくれ。
そのウワサのおかげで、中庭ランチ会も人数が減る一方だ。この人数なら明日からは談話室のテーブルで食べられそうだ。本格的に暑くなる前に日陰に移動できるなんて願ったりかなったりだね。
その日の午後はお試しでとってみた天文学。
先生に習ってた時もだったけど……やっぱりもやもやする。なるほどと思うこともたくさんあるのに、なぜかどこかなんかが違う。先生はムリに納得する必要はないって言ってくれて、もやもやのまま放置した。別の先生の講義を聞けば納得できるかも……なんて思ってたけど、やっぱりもやもやが止まらない。
たとえば記憶が紙のような物に書かれているのだとしたら、それを無造作にぐしゃぐしゃに丸めて氷漬けにでもなっているかのようだ。
溶けない氷の中で書かれている内容が断片的に読めるところもあるし、何が書いてあるのか分からないところもある。
透明な氷もあれば、白く濁った氷もある。
それが時折、何かのきっかけでするりと溶けて中身がすべて読めるようになる。
もやもやするのは溶けない氷の中にある、部分的にしか読めない記憶と何らかの差異があるからじゃないか、以前先生がそんなことを言っていた。
天文学からの帰り道、私はふと足を止めた。
すると、T字になった廊下の角から女の子が飛び出してきて、私の目の前で止まった。
うん、ここは前にもぶつかったからね。そんな気がしたんだ。
「ご苦労さまです」
体当たりが不発に終わった彼女をねぎらう。だって自分の授業が終わった後、ダッシュでここまで来たんだよね? 学術科目からの帰り道は大体ここを通るけど、本当にここに来るかわからない私を待つために。
むしろ想われちゃってるんじゃないかって錯覚しそうだよ。
目が合うと、青い顔をして慌てて逃げ去っていく。
あー、こないだ会った子だ。常連さんか。
同学年じゃないはず。今度飛び出して来たら名前教えてもらおう。




