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翌日の午後の授業で顔を合わせた王子は、私がノートに挟んだプレゼントに喜んでくれていた。
「ほら、レスティアが調べてくれたんだ」
そう言ってお取巻きたちに自慢する。
ティオル概論の先生は、講師歴が浅いのか単なる話下手なのか、話があちこちに飛んで、結果尻切れトンボで終わることも多い。
その穴を埋めるために図書棟で借りた資料をひっくり返して調べたのだ。
まあ、王子に渡したのは自分のノートを埋めるためのついでだったけどね。
「僕のために」
え……違うよ?
私が渡した資料に数人が頭を寄せて、王子に写してもいいかと尋ねている。しかし王子はなぜか首を横に振る。
「それはレスティアにきいてから」
「……わたくしは構いませんけど」
でも自分で調べた方が覚えると思うけど。調べながら別のことも知れて楽しいし。
3人ほどがペンを動かしているけれど、その後ろから覗き込んでる人たちは読み取るのが精いっぱいで写すまではいかないみたいだ。
そのうちに1人が私のところへやってくる。
「アイリーア嬢のノートを見せてもらってもよろしいでしょうか?」
なるほど。原稿は一つじゃない。
「もちろん、どうぞ」
そう言って差し出すと、また数人がわらわらを集まってくる。
我も我もと言い出す中で、王子だけが少し不満そうだ。
あの先生の授業の難解さに困っている人は多いみたいだ。
「すごい。ありがとうございます」
まぁ、王子がまとめたノートを補完しながら写したしね。順序もちゃんと年代順に並べ替えたし。
「そのノートが見やすいのは、ノルベルト様のノートが素晴らしかったからです。わたくしは足りないところを埋めただけですので」
お礼は王子へどうぞ。
「アイリーア嬢、このノートをお借りすることはできますか?」
そう言ってきたのは同学年の男の子だ。名前は……これから覚える予定。
今日の授業は別の紙にメモを取って足りないところを調べてからノートに写すつもりだったから、どうしても今日必要ではないか。
「そうですね。週末までなら大丈夫です」
返事をすると、次は自分がと言い出す人も現れて、だんだん収拾がつかなくなってきた。
ちょ、ちょっと待って。その場合手元に返ってくるのはいつ?
「お前たちはレスティアに頼り過ぎだ」
王子が割り込んできて、さっきの男の子のノートを指す。
「オズウェンが写したら、それを回せ。レスティアに迷惑をかけるな」
なるほど。王子、頭いい。
……なんか、王子のおかげで私のノートが大人気なんだけど、この調子で王子にタオルを宣伝してもらえないかな?
王子の顔をじぃっと見てしまい、その視線に気が付いたのか、王子と目が合う。
王子が満足そうに笑顔を返してくる。
美少年スマイルごちそうさまです!
後から思えば、3国概論メンバーに受け入れられたのは王子のおかげだったと思う。
「そのうち、皆様と勉強会ができると嬉しいです」
そう言って笑顔を返すと、王子は驚いたようにフリーズした。
あれ? 普通は勉強会とかしないの?
王子の驚きの顔に首を傾げると、先程のオズウェンが身を乗り出してきた。
「ぜひ、やりましょう! 一年生だけなら集まりやすいですし!」
あ、王子か。王子を含めるのはいろいろとご都合が悪いに違いない。よくわからないけど。
王族とかマジめんどくさいな。
「はい、そういたしましょう。オズウェン様」
勉強仲間が増えるのはものすごく嬉しい。もう、顔が緩んじゃう。
嬉しくて顔だけじゃなくて、気も緩んでた。
「レスティア、そいつの名前はブリーズだよ」
ものすっごい不機嫌そうな王子の声がする。
あれ? さっき王子がオズウェンって呼んでたじゃん?
オズウェンが顔を赤くして、もじもじしている。
「僕……私の名前はオズウェン・ブリーズです」
おふぅ。やっちまった。親しくもないのにファーストネーム呼んじゃったよ。
「アイリーア嬢にオズウェンと呼んでいただけるのは光栄です。ぜひ、オズウェンとお呼びください」
「ありがとうございます。ではわたくしのこともレスティアとお呼びくださいね」
ま、これから親しくなればいっか。
友達候補、ゲットだぜ。
オズウェンはちょっと気弱そうな雰囲気だけど、浮きまくりな私に声をかけることのできる勇気もある子だ。
きっといい友達になれるよね。
お互いに微笑みあう和み空間に予鈴が鳴り響いた。
オズウェンがきっかけで他の一年生メンバーとも少し仲良くなれた。エリアール、ベネット、ブライジル、そこに私を入れて、一年生は5人。午後の授業がさらに充実するね。嬉しい嬉しい。
さっそく放課後に今日の復習もしながら勉強会をしようって言ってくれたオズウェンはほんといい子だよ。
王子がえらく不機嫌だったけど、お取巻きになだめられ講義室を出ていく。
クラブがなければ王子も一緒に勉強会できたのかな?
今度王子のスケジュールも聞いて勉強会を提案してみよう。
王子が出て行ってしまってから、残ったのは一年生5人と二年生の男の子が一人。
せっかくなので声をかけてみると、彼は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「私は、平民ですから……」
そう言って動かなくなってしまった。
うん? ああ、彼もか。
「それは、一緒に勉強ができない理由になりますか?」
俯いたまま動かない。
「わたくしはこの授業ではたった一人の女です。女とは勉強することはできませんか?」
彼ははじかれたように顔を上げた。
「いえ、そのようなことはありません」
だよね。性別とか生まれとか、関係ないよ。
「せっかく、国王陛下の思し召しで同じ学び舎の、同じ学問の徒となったのです。お時間があったらご一緒致しませんか?」
もう一度、丁寧にお誘いしてみると、こくりと頷いてから
「よろしくお願いします」
と小声で返してくれた。
うーん、身分社会ってむずかしいな。
家庭教師とか学習環境が整わない中で優秀な成績を修めている彼らこそ尊ばれるべき存在だと思うけどね?
2年生のニコルを入れて6人で机を囲む。
オズウェンとベネットが図書棟で借りてきた資料とそれぞれのノートが机いっぱいに広がっている。
昨日とは違う、机がいくつもある大きな談話室の一角で今日の授業を振り返りながらまとめた。
充実ってこういうことだよね。
帰りの廊下を歩きながら、オズウェンがばつが悪そうにしゃべりはじめる。
「僕、レスティア嬢に謝らないとです」
ニコルは乗合い馬車で帰宅だとかで、すぐに別れてしまった。今は迎えの馬車が来ている一年生ばかりになっていた。
「女の子が学術科に来るなんて、殿下狙いだとばかり思ってました」
ほへ?
「殿下との接点を多くして、殿下に気に入ってもらおうとしているんだとばかり……」
は……?
「剣術クラブのこともあったから、うまくやったなぁと思ってました。でも、正直、嫌な人だなって」
う……ん。それは正直に言わなくても良かった情報かも。
「廊下で転ばされてるの見ても、自業自得だなって思って、助けもしなかったし。悪女だって噂されてるのもその通りだって思ってました」
オズウェンの言葉を裏付けるように、他の子も頷いてる。
「でも、本当に学術に興味があって選択したんだって知って、本当に申し訳なかったと思ってます」
オズウェンの告白はいろいろ衝撃だった。
衝撃が多すぎて何から突っ込めばいいのか分からない。分からないけど……。
オズウェン、キミ、言わぬが花って言葉を覚えようね。




