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 私はなぜか談話室で不機嫌な王子の笑顔を向けられている。

 理不尽この上ない。

 要件はその場で済ませたかったけど、講義室に二人で残るのは良くないという王子のお取巻きの進言で、いくつかある中でもサンルームにもなっている小さな談話室に連れてこられた。

 1台の丸テーブルを4脚の椅子が囲んでいる。

 正直、ガラスに囲まれているのには参った。これで王子の体面が保たれるというなら仕方がない。今だけは我慢しよう。

 例え、サンルームの中が二人なのに対して、ガラスの向こう側にギャラリーがいる見世物状態だとしても。


「で、なんで僕を避けているの?」


 にこにこと笑うこめかみに青筋が立ってますよ。


「避けていません」

「随分ギリギリで講義室に来たよね?」

「たまたま色々なことがあり、不本意ながらそのような結果になりました」

「……昨日はあからさまに避けていたよね?」

「昨日は……そうですね」


 正直、誰にも会いたくなかったしな。


「所用がありましたので、早めに失礼したかったのです」


 てか、なんで私が王子に言い訳しなきゃいけないの!?


「……これ」


 王子の手でサッと出された物は。

 それは、まさか、第3の王子ノートでは!?

 思わず釘付けになる視線を弄ぶように、ノートが右へ左へと動く。

 王子は私の視線に満足そうに笑う。


「昨日、これを渡そうと思ってたんだけど?」


 なん……だと……!?

 そういうことは最初に言ってよ!

 ノート返してって言うから、ノート返しに行ったじゃん!?

 ノート交換って言ってくれればよかったのにぃ!


「ま、交換って言わなかった僕も悪いけど」


 そうだよね!? 悪いの王子じゃんね!?


「そんなに睨まなくても貸すよ。はい、どうぞ」


 そう言って王子はぽすんと私の頭の上にノートを載せる。

 この人のこういうとこ気安すぎると思うんですよ。


「ありがとうございます」


 でも、嬉しい。金曜日までに写せるように頑張ろう。


「そのノートが返ってきたら、僕はどうやってきみの気を引けばいいんだろうね?」


 王子が困ったように笑いながらため息をついた。

 それから、何か思いついたように身を乗り出してきた。


「ノートのお礼を期待してもいいかな? 例えばきみのハンカチを僕にくれる、とか」


 ハンカチ? まだ欲しいの?

 まあ、私のハンカチはハンカチタオルだから珍しいけどね。


「お礼になるかわかりませんが、ハンカチよりももっと良い物をティオルのノートに挟みましたよ」


 時間も限られてたし、結構頑張ったんだ。王子の役に立つといいな。


「えっ、すまない。全く気が付かなかった」


 突然慌て始める王子におかしくなって笑ってしまった。

 失敬失敬。不敬罪とか言わないでよね?


「別に急ぐようなものではないので、お気になさらず。でもハンカチよりもノルベルト様のお役に立つと思いますよ」


 自信満々でそう言ったけど、王子はちょと肩をすくめた。


「僕にとってレスティアのハンカチより良い物なんてそうそうないと思うけどな。でも、楽しみにしておくよ」


 タオルの価値か。

 ふーむ。確かにタオルはいいよね。もっとタオル欲しい。

 この薄っぺらいのじゃなくてもっと厚みがあってふかふかのやつ希望。


 ……たとえば私が王子にハンドタオルを渡す。で、王子がタオルが気に入る。王子が他の人にもタオルの良さを布教する。タオルを求める人が増えて、タオルの輸入量が増える。または国産タオルが生産されて、タオルが手に入りやすくなる。タオルがどんどん普及して、よりふかふかなタオルの研究が始まる。最終的には私の元へふかふかタオルがやってくる。

 これは素晴らしい。

 ううむ。これはちょっと本気で王子にタオルセットを熨斗紙付きで献上するべきかもしれない。ハンドタオル・フェイスタオル・バスタオルのセットがいいかな。

 あー、でも取り寄せた反物はもう全部使っちゃったか。入手するには、また父におねだりするしかないし、時間がかかるな。

 そういえば、メル君に使い心地を聞いてないな。うちの侍女たちからは評判いいけど、悪くても悪いとは言えない立場だしなー。メル君なら悪いは悪いと言ってくれそうなのにな……。


「レスティア」


 名前を呼ばれて現実に引き戻された。


「考えごと?」

「……はい」


 やば。


「その様子だと、また僕のこと忘れてた感じだよね?」

「いえ、そのようなことは……」


 忘れるだなんて滅相もない。ちゃんと王子にタオルを献上してから私がふかふかタオルを手に入れるまでのシミュレーションをしてました。王子は布教役で重要です。

 擬態だとバレてるとどうしても緩くなってダメだな。もっと気を引きしめなければ。声は聞こえないにしても、周囲にはたくさんの視線がある。

 こんな状態がロッティ夫人の耳に入ったら「いけません(最終奥義)」を食らいかねない。それは恐ろしい。

 いや、でも王子が気安すぎるのが悪いような気がする。気安い態度でくるから私も気が緩むんだ。そうだ、きっとそうだ。


「ほら、また別のこと考えてる」

「……今はノルベルト様のことを考えていましたよ」


 たぶん。

 て言ったのに、王子が呆れたように長いため息をついた。


「レスティアはウィラーみたいなでっかいのが好きなんだっけ?」

「ロウデン様ですか?」


 なんで部長さんが出てきた? 王子の話はいつも突拍子がないな。


「昨日、ずっと見てたよね?」


 そうだったっけ?


「あの長身には憧れます。わたくしよりどのくらい高いのでしょうか? あれだけ高いと世界はどんなふうに見えるのかとか、わたくしより遠くまでたくさんのものが見えるのではないかとか、気になります」


 最近自分の視野がいかに狭いかを思い知らされてばかりだしね。


「でも、わたくしが見つけたロウデン様の良いところはお優しいところや、努力家なところだと思います」


 あれ程に筋肉を発達させ維持していくのは日々の努力が必須だろうし、練習のお邪魔に行った私なんかにも気を使ってくれるしね。


「ああ、でも努力家なのはノルベルト様も負けてないですよね。まだほんの一面しか知りませんけど、たくさんのことを頑張っておられるのがわかります」


 この衆目の中で生きていけるだけでも称賛する。私にはムリだな。

 くす、と王子の小さな笑い声が聞えた。

 しまった、変なこと言った。


「やっと、僕のこと考えた」


 王子の手が伸びてきて私の肩にかかる青白い髪をひと房指に絡めると、するりと引き寄せた。その笑顔が、あまりにもきれいで私は呼吸も忘れて見とれてしまった。王子が何かを言いかけたが、その声は外のギャラリーの声に押しつぶされた。

 周囲のどよめきと悲鳴に私は背筋に寒けを感じた。

 音の圧力に押しつぶされそうだ。

 これは、もしかして、明日はまた公開裁判だろうか?


「うるさいな」


 王子は鬱陶しげにそう言うが、私としてはいつの間にか増えていたギャラリーの多さに慄いた。


「そろそろ迎えが来る時間なので、失礼します」


 なけなしの理性で令嬢スマイルを作った。

 いや、迎えはまだ来ないけど。ここにいるのはムリ。


「……送るよ」


 いえ、断固お断りします。この人に関わると碌なことがない。

 見られてナンボの王子様と違って、こっちは引きこもりを脱したばかりの一般人だっての。注目の的にはなりたくないんだって。

 分かれ、この思い!


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