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 太陽が半分ほど沈んだ黄昏時、主家に続く回廊を歩いていると、途中で不審人物がうろうろしていた。

 大きなヘッドドレスで頭を覆い、厚いベールで目元を隠した貴婦人が、何やらぶつぶつ言いながら円を描くように同じところを回ってる。


 ……不審者ファッションは私のために私の前だけでやっていると思いたい。

 そして、その不審な挙動は私のせいだとは思いたくない。

 半分しか顔を知らない母よ。


 気づかないふりして素通りしてもいいかな? だって逢魔が時によくない儀式をしている魔女みたいだし。


「お嬢様」


 エリーが小さい声でダメ出ししてきたので、仕方なく声をかける。

 まぁ、広くもない回廊で気づかないふりなんてできるわけもないんだけど。


「お母様、この様なところまでお迎えに来てくださったのですか?」


 怪しい儀式など見てませんとも。ええ、ちっとも。


「レスティア!」


 魔女が、いや、母が顔をあげて私を見た。


「あなた、学院で……」


 うわ、やっぱりなんかやらかしてる?

 にじりよじりと来られると、そのぶん後退ってしまう。

 変な呪いでもかけてきそうな母が、突然ピタリと動きを止めた。


「……髪を、下ろしたの?」


驚いているのが半分隠れていてもわかる。


「はい。……変、ではないですか?」

「変じゃないわ。少しも変じゃない。……とても、かわいいわ」


 口元の微笑みに少し安心した。


「ご心配をおかけしております。髪は随分平気になったようです。たくさんのご配慮をいただき、ありがとうございます」

「わたくしは何もしてはいないのよ」


 膝を曲げた私を見ながら、母は微笑んでいる。目元が見えないからなんともいえないけど、その微笑みは少し寂しそうに見えた。


「きっと、あなたがたくさんの努力をした結果ね」


 その言葉からは、また別の感情が感じられて、誰かのイメージが母の口元に重なったような気がした。


「ハーヴィスに早くあなたの姿を見せたいわ。歩きながらお話しましょう」


 母がそう言って歩き出すので、その後ろをついていく。

 ヘッドドレスの下から覗く頭髪は白のような、でも柔らかい光を帯びている。今は夕日に染まっているけれど、その夕日の色をそのまま映せる程の淡い色なのだと思う。


「学院はどう?」


 数歩先を歩きながら母が尋ねる。

 どう、と問われても……。

 人が多くして覚えきれないし、よくわからん慣習に巻き込まれてひどいことになるし、午前の授業はつまらないし、やたらと人にぶつかるし、なんか知らんけど文句言われるし、元引きこもりにはハードすぎて目が回りますけど。


「特に、問題はありません」

「……楽しい?」

「…………はい、そうですね」

「お友達はできた?」

「はい」


 なんだろう。尋問をされているんだけど。やっぱ何かやらかしたかな?

 いや、やらかすつもりはあるのだけど。「普通の令嬢」はしない選択をしたいのだから。

 先生はああ言ってたけど、実際この人たちが今になって私を呼び戻した理由がわからんのだ。

 私なりの仮説はある。


 一つ目は、いわゆる世間体的なやつ。ほとんどの貴族の子女が通う学院に行かないことでの生じる家門の不利益。

 二つ目は、一応伯爵家後継の婚約者という立場上、知人が一人もいないのではただの役立たずだから。

 三つ目はウィスコンシン伯側から婚約に難色を示されている。

 一応家格は上だけど、それに付随する条件ははっきり言ってデメリットしかない。むしろ価値としてはマイナスに食い込んでいると思う。そんなのわかりきってる。

 そうなれば、この条件でも飲んでくれる新しい嫁ぎ先が必要になる。そのための顔見せ。

 正直、どれか一つということではなく、それらの因果が絡んでのことではないかと思っている。


 もし、三つ目の理由が当てはまるなら、それは私の希望とも合致する。

 てっとり早く、適当に騎士を選んでしまえばいいのでは? とも思ったけど、前途ある若者に中身も分からない負債を押し付けるのも気が引けるし、何よりもそれは多少なりともあの人を傷つけるのではないかと思う。


 私が、令嬢としての選択を外せば、もしかしたら三つ目の理由が浮上するかもしれない。けれどそれは一つ目の理由を考えると不可だし、新しい嫁ぎ先を考えるにしても不可だ。

 はっきり言って今回の件は、私の知的探究心が満足する以外のメリットがない。

 ……希望が全部が通らなくても、一つでも二つでも許可してもらえればいい方だと思う。


「ハーヴィスにお話があるっていうのは、学院のこと?」


 大切にしてもらっていたことは分かってるけど、好き勝手にしていいと思ってれば齢8歳で婚約者ができたりはしないだろう。


「はい」


 返事をしたら、母がいきなり身を翻して駆け寄ってきて手をつかまれた。あまりに突然で、思わず逃げ出そうかと、身を引いてしまった。


「何があったの?」


 私の手を包むように握っている母の両手は優しげな言葉とは裏腹の強引なほどの力強さだ。


「何か困ってるの?」


 現行であなたの圧力に困ってますけど。


「嫌がらせはされてない?」


 母がずずいと顔を寄せてくる。

 嫌がらせ?

 てか、なに!?

 こないだまで、遠くからチラ見してくる程度だったよね!?

 距離感! 距離感どこいった!?

 なんでいきなり、こんなに距離つめてくるの!?

 さっきまでの私の緊張感はどこへやったらいいの!?


「嫌がらせ? とかは、ないです」


 ベールの向こうに光が揺れている。

 あ、やっぱこの人きっと美人だな。

 近くなった透けて見える母の顔を思わず観察してしまう。


「あの、お願いがありまして」


 逃げたいのを我慢してなんとかそう言うと、回廊の柱の陰から誰かが飛び出してきた。

 今度は何!?

 本気で部屋まで走って帰りたかった。

 柱の陰から飛び出してきた人物は、有無を言わさず母の掴んでいる手のその上からさらに手を覆いかぶせる。


「ティアのお願いなら何でも聞くよ」


 青い髪の中年男性。

 ああ、知ってる。知ってる人だったけど、知っている人だったことに絶望を覚える。

 家の中でストーキングする趣味があるのか、父よ。


 ……てか、何、この状況。父母に手を握られてますけど。

 この人たち、見た目はともかく、私の知ってる人たちじゃないと思うんですよ。

 遠くにいて、二言三言そっけない感じの返事をする感じの人たちだったよね?

 どうしちゃったの? 変なもの拾い食いしたの?

 

 ……ねぇ、もう、お部屋に帰ってもいい? 


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