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「今でも疑問なんだが、4年前にきみに会ったときにはそんなに頭髪の色を気にする様子はなかったと思うんだ」


 先生が首を捻る。


「条件だったから染めてはみたものの、あの色は暗色とは言い難かっただろう?」


 確かに。赤茶色というか、赤毛というか。


「このことは侯爵にも伝えたはずだが……。それで、学院へ来てからはどうだい?」

「そうですね、最初は確かに違和感がありました。目の前に赤や緑の頭が並んでいるのは、不思議で……」


 そうだ。みんなが黒髪なのが普通だったあの感覚が基本にあったんだ。学院ではその基本が違うと分かって……。


「でも、怖いという感覚はなかったです」

「なるほど」


 そう言ってから数秒思考の海に潜り、大きくため息をついた。


「あの時、私はなんで仕事を辞めてきみと一緒にオールーズへ行かなかったんだろうね? そうすればきみの変化を、つぶさに観察できたのに」


 うん、それはちょっと危険思想が入ってますよ、先生。


「ああ、もう一つ。鏡は見れるようになったかい?」

「……鏡、ですか?」


 驚いた私の反応に先生も驚いたような顔をした。


「いや。ではこの質問は忘れてくれ。きみに会えたのが嬉しくて急ぎすぎたようだ」


 問われた意味がすぐに理解できなかった。

 その疑問を先生はすぐに察知して切り替えてしまった。


「今のきみには先に解決しなければならない課題があるよね? それが解決したら、ふたりでゆっくり考えよう」


 そして先生は私の手の中にある選択科目一覧表を指さした。






 家に帰るとすぐにエリーに父への面会を頼んだ。早ければ、明日にでも通るだろう。


 帰る道すがら、ずっと先生の言葉を考えていた。

 鏡を見なくなったのはいつからだっただろうか。身支度を全部してもらえる甘えた立場だからこそできる我儘なんだと思う。

 きっかけは何だったか、覚えてないけれど、自分の姿がひどく不快だと思ったような記憶がある。泣いて叫んで大騒ぎをした、のだと思う。幼すぎてはっきりとは覚えてないけれど。

 多分それから、自分でも避けていたんだと思うし、周囲は私以上に徹底したのだと思う。

 自室の窓は全て模様ガラスで、ざらざらとしたその表面はどんなに磨いても私の姿を映すことはない。

 それはあの10年過ごしたオールーズの別邸でもそうだった。

 言われてみて初めて気が付くなんて、たぶん、ずっとその生活が当たり前だったからだ。

 部屋の中には姿を映し込みそうなものが1つもないし、この離れの中も私の目につきそうなところにはない。

 きっとオールーズでもそうだったはずだ。

 こんなにも徹底して守られているのに 見捨てられたなんて、よくも言えたものだ。

 自分の馬鹿さ加減に呆れ返る。


「エリー、髪をほどいてもらえるかしら」


 お茶を準備してくれている彼女にそう言ってみたら、ピタリと止まって動かなくなってしまった。片付けをしてくれている侍女たちも俯いてしまう。

 エリーは私に長く付き合ってくれているので、病との付き合い方はよく知っている。その彼女が顔色を悪くして答えに詰まっているのだから、よっぽどなのかもしれない。


「もし、ダメそうならもう一度結ってもらえる?」

「わかりました。ご気分が悪くなったら、直ぐにおっしゃってください」


 彼女は戸惑いながら緊張した面持ちで承諾してくれた。

 背後に立ったエリーが髪を弄ると背中に髪がかかるのがわかる。

 普段は長い髪を編んで後頭部にきゅっとまとめられている。多少動いても視界に入ることはない。

 そうやって守られて来たんだと、思った。


「何かありましたか?」


 背後に立つエリーに問われ、私は曖昧に笑った。


「甘やかされているんだなぁ、とようやく自覚したの。エリーやみんなや……両親に」


 エリーの手が止まるのを待って、背中に下りた髪を一房手に取った。

 私以上に周囲に緊張が走って、一体以前何をやらかしたのかと苦笑した。


 白いような、ほんのり青いような。

 青みを帯びた乳白色、といえばいいのか。

 母のようなホワイトブロンドなのかと思っていたけど、それとも違った。

 これが自分の髪の毛かと思うと、確かに違和感がある。


「変な色ね」


 指で梳きながら、思わず声が漏れた。

 自分の中にあるのはやっぱり黒髪なのだと思った。そうでなかったことにがっかりもした。

 メル君のような艷やかな黒ではないけれど、ああいう色合いが意識の根底にある。

 けれどここ最近はカラフルな色彩を目にすることも多かったせいか、違和感はあっても嫌悪感はない。


「エリー、大丈夫そう。邪魔にならない程度でまとめてくれる?」


 エリーを振り返ると、彼女は涙ぐんでいた。ずっとずっと私は彼女たちに守られてきたんだと実感した。


「エリー、ありがとう。みんなも、ありがとう」


 一歩、世界が広がった。私が私であることがまた少し受け入れられたような気がした。


 ほっこりとした空間を打ち破るように慌てたようなノック音がする。

 伝言を聞いた侍女が青くなってエリーに耳打ちし、エリーも青くなる。

 なんだろう。なんかあったかな。……なんか、やらかしたかな?


「お嬢様、すぐにお着替えを。本日は主屋での晩餐になります」


 唐突だな。面会希望のせい?

 明日だと思っていたのに、なぜ今日の晩餐に招待されたんだ?

 エリーを始め身の回りの世話をしてくれる侍女たちは大わらわだった。普段なら部屋で一人だから気兼ねないけど、主屋に行くとなるとそれなりに準備が必要になる。らしい。


「お嬢様、学院でいったい何があったんですか?」


 エリーから冷気が立ち昇っているように見える。


「えっと……?」


 何かあったかといえばいろいろあったけど、報告が必要な何かがあったかというと、特になかったハズなんだけど。事前審査が要りそうな案件はこれからだし。どうだっけかな? 自信ないけど。


「そ、そういえばね、今日、先生にお会いしたのよ」


 とりあえずエリーが食いつきそうな話でごまかしてみる。


「先生、というとフォルテア様ですか?」

「ええ。1年ぶりにお会いして、お元気そうだったわ」


 エリーの気がそれたっぽいので成功かな?


「……エリーは先生が髪を染めていらしたことは知っているのよね?」


 ただの確認のつもりだったけど、エリーは表情を暗くした。


「はい。申し訳ございません」

「ちがうの。責めてるわけでも、謝ってほしいわけでもないの」


 まさか嘘をついていたとでも思っているのだろうか?


「むしろ逆よ。ありがとう」


 1年ですっかり色が落ちているということは、それなりにマメに染めなければならなかっただろうし、あのずぼらな先生のことだ。きっとエリーたちの手を煩わせたに決まってる。


「もう、髪の色は気にならないの。だから、もし、他にも髪を染めてる者がいたら、止めていいと言ってあげてね」

「あの、お嬢様、それでしたら……」


 遠慮がちに話しかけてきたのは、私の傍付になって3年目のナタリーだ。着替えのための服を用意していた手を止めて傍にやってきた。


「これからは、御髪も自由にセットさせていただいてもいいですか?」


 興奮気味に鼻息を荒くして、ずいと寄ってくる。


「え……ええ。よろしくお願いね」

「お任せ下さい!」


 ナタリーは頬を赤くして嬉しそうだ。

 それから、服はどれだとかアクセサリーがどうだとか、忙しいと言いながらも楽しそうでもある。

 うん、楽しそうなことはいい事なんだけど。

 お願い、気が付いて。親と夕飯食べるだけだって。

 部屋着じゃなければそれでいいから。


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