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 月曜日、ちょっと寝不足気味だけど、充実感に満ちていた。

 今日は門限の延長もしたし、新しい選択授業もあるし、王子ノートの返却が終わったら図書棟に時間の許す限り入り浸ろう。

 それに、今日は廊下の端っこを歩いているからね! ぶつからないよ!




 その日の昼休みは4日ぶりに中庭ピクニックになった。


「青薔薇会の皆様も落ち着かれたと思いますし、もう良いでしょう」


 リリアナが言ってた、青薔薇会ってもう怖いイメージしかない。

 学院を裏から牛耳る学生組織、みたいのがどこかで読んだ本に出てきた。そんで表側の学生会と対峙したり、組織独自のルールに反する学生に制裁を加えたりするやつ。

 お姉様とか言ってたからきっと主要メンバーは女の子。薔薇って名前つけてるくらいだし、意外と棘刺すみたいにチクチク嫌味を言ってたりしてね。それはちょっと愉快だけど概ね不愉快な集団だわ。

 それにしても、青薔薇ってなに。花言葉は「不可能」だっけ?


「レスティア様、今日の午後はどちらへ行かれますの?」


 そう聞いてくるのはオリヴィーだった。

 観察している限りでは、噂話とかが大好きな感じだ。よく言えば情報通だし、話題が豊富でいつもお喋りの中心だ。


「今日は基礎社会学です」


 植物学とどちらか2択のつもりで考えている。植物学の方が推してたけど、先週の授業がイマイチだったので、どうしようかなと思ってる。

 オールーズに来てくれていた先生は全てのジャンルを教えてくれてくれたけど、科学や数学の方が好きだったのかそちらの方を深く教えてくれた。逆に歴史や地理はイマイチだと自ら仰って、たくさんの資料を読み解きながら二人で勉強した。


「音楽は取られませんの?」


 オリヴィーは驚いたようにそう言うし、まわりもざわざわし始める。


「音楽は考えておりませんでした。皆様は音楽の授業に行かれるのですか?」


 音楽は女の子に人気に授業に違いない。なるほど、人気の授業があるのなら、その裏は女の子の数が少ないのも頷ける。


「わたくしはリュートですわ」


 誰かが言うと、チェンバロ、フルート、ハープ、フィドル、リラとさまざまな楽器の名前が上がる。

 聞けば、楽器ごとに授業が行われているらしい。


「レスティア様は刺繍にもいらっしゃいませんよね?」

「絵画にもいらっしゃいませんわ」

「歌にもですわ」

「マナーでもお見かけしませんわ」


 オリヴィーを始めみんなが不思議そうに私を見る。

 楽器関係の授業も、刺繍の授業もあるのは知ってる。


「そうですね。他にもたくさんの楽しそうな授業があるので、そちらを選択してみようと思っています」

「でも、刺繍ができなければお困りになりますでしょう?」


 オシャレに余念がないヴァネッサは髪型やアクセサリーはもちろん、持っている小物類までカワイイを追求している。


「家で学んでおりましたので、一通りはできると思うのですが」

「一通りではどなたかにハンカチをお渡しになるときに恥ずかしいのではないですか?」


 高らかに声を上げてそう言うヴァネッサの周囲からはくすくすと笑い声がする。

 えーと? この子は一体何が言いたいのか……?

 答えに窮してヴァネッサの顔をまじまじと見てしまった。

 彼女は私の視線の意味をどう取ったのか、口元を歪めて更に続けた。


「普通は貴族の娘が取らない授業に出て。……思い上がりも甚だしいですわ!」


 今、なんと。

 私は彼女の言葉に思考がフリーズした。

 なんだか急に周囲の音が遠くなった気がした。

 リリアナの声がしている。ヴァネッサを諌めているようだった。

 ミリアムが心配そうに、私の冷たくなった指先に手を添えてくれている。


「リリアナ様、問題ございません。ヴァネッサ様を責める必要はございません」


 少しずつ動き出した思考でなんとかそう声を出した。


「ヴァネッサ様、ご忠告ありがとうございました」


 散り散りになった理性をかき集めて、なんとか笑顔を取り繕った。

 自分が振った話題がおかしな方向になってしまったオリヴィーはひどく顔色を悪くしていて気の毒だったが、私としても彼女に気の利いた言葉をかける余裕もなかった。

 誰かがなんとか先生の教えは厳しいと言ったのをきっかけに、微妙な空気を無理矢理押し流すように皆がその話題に賛同していく。


 午後は新しい授業があって、王子にノートを返して、それから図書棟へ行く。

 他のことを考えるのは家に帰ってからにしよう。

 湧き出る不安に蓋をして、私は午後の予定をこなすことを考えた。


 社会学の内容は以前に先生に習ったことのおさらいで、がっかりだった。中等部も最初は初等部のおさらいから入るのかもしれないな。そう思うと、植物学もまだまだこれからなのかも、と考えを改めた。

 その考えから、蓋をしていた不安が漏れ出して、足が竦んだ。

 それから、立ち姿、足の運びにも細心の注意を払って行動した。

 私はちゃんと普通の令嬢に見えているだろうか?


 剣術クラブへ行けば、周囲で何やらヒソヒソと内緒話をされていて、余計に緊張した。

 クラブハウスに入ろうとする2年生のクラブ員が居たので、王子にノートを返却して貰えるようお願いした。

 呼び出して直接渡すのが礼儀だとは思うが。

 帰り際、練習場に大きな人の姿があって、すぐに部長さんだとわかった。

 私に気がついてくれたようだったので、ゆっくりと膝を曲げた。

 部長さんもボウを返してくれた。さらにその周囲で幾人かがボウをしたので、彼らが例の25人の内の数人なのかもしれないと思うと申し訳ない気がして、少しでも顔を覚えようと練習場の中を見ながら歩いていた。


「レスティアはああいうのが趣味なわけ?」


 突然背後で声がして、振り向くと王子が居た。


「ノルベルト様……」


 いつもと違いますね、という言葉はなんとか飲み込んだ。

 普段は一分の隙もなく貴公子然としているのに、今日は上着の前を開けっぱなし。


「申し訳ございません。言葉の意味が分かりません」

「随分熱心に見てたよね? 部長のこと」


 何か罪に問うているような、怒っているような口調はなんだろう?

 別に部長さんだけを見ていたわけでもないけど。見たら減るなら申し訳ない。


「それに、何で呼び出さなかった?」


 怒っているのはそっちか。


「不躾なことをして申し訳ありません」


 膝を曲げると、ますます怒りを募らせたようだった。


「理由を聞いているんだ」

「理由は、そうですね、所用がございまして」


 うん、まあ、嘘ではない。別に急いでないだけで。


「ノルベルト様も、お早く練習にお戻りくださいませ」


 笑顔を強調しながら、さっと自分の上着のボタンを撫でた。

 これは衆目に晒していい王族の姿ではない。

 王子は自分の着衣乱れを指摘されたことに慌てて上着を合わせている。

 

「失礼いたします」


 深く膝を曲げて辞去とした。

 校舎に戻ると、見知った顔の集団が前方にいた。

 メル君と、ルーテース、レイモシー、それからセオドルフだったはずだ。


「アイリーア嬢」


 変わらず明るく声をかけてくるルーテースに少しほっとしながら、膝を曲げた。


「この道を来たってことは、もしかして……」

「はい、剣術クラブにお邪魔しておりました」


 レイモシーは私が戻ってきたところだと気が付いたようだった。


「俺たちはこれから行くので、是非ご一緒に!」


 セオドルフはそう言うが、だから、戻ってきたところなのだけど。


「いえ、用事があって少し立ち寄っただけですので。申し訳ありません」

「顔色が、良くないようです」


 珍しくメル君が話しかけてきた。


「そのようなことはありませんよ。大丈夫です」


 嬉しくて、ちょっと顔が緩んじゃったかも。いかんいかん。


「失礼いたします」


 さっさと立ち去ろう。逃げるが勝ちだ。

 とはいえ、ひどく疲れていた。

 もう、図書棟は諦めて家に帰ろうかと思ったけれど、急に予定を変えても迎えがない。

 諦めて、予定通り図書棟に向かうことにした。

 図書棟に行きたかった理由を思い出し、心の中で盛大にため息をついた。


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