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「……チョコレート、と言うのですね」


 笑顔を張り付けてそう答えた。

 エリオネル君の反応を窺うと得意満面の笑顔で、その隣のメル君もなぜかドヤ顔だ。

 変に思われなかったかな?


「エリー、お願いね」


 エリーに箱を渡すと、エリオネル君は嬉しそうだ。

 やっぱり彼の好物のようだ。

 ついでにミルクも頼んでおく。


「エリオネル様はお幾つになられるんですか?」

「9歳です」


 というと、今年初等部入学かな?

 メル君はなんか難しい顔をしている。

 まぁ、お使いに無理やり行かされた感じだろうしね。そっとしておいた方がいいかな。


「学院にはもう慣れましたか?」

「うん、新しい友達もできた……できました」


 エリオネル君の学院の話を聞いていると、すぐにお茶とお菓子が運ばれてくる。


 お皿に乗ったチョコレートにエリオネル君の目は釘づけだ。

 

 さっそく小皿にチョコを載せてあげる。


「お幾つ召し上がりますか?」

「全部!」

「エルっ」


 エリオネル君の素直な答えは焦った兄によって妨害された。


「……1つです」


 さすがに全部はあげられないなぁ。食事に響くといけないし。

 うーん、とりあえず3つかな。

 砂糖菓子の花が飾られたひとくちチョコは、見た目可愛いけど、結構甘そうだ。

 チョコが3つ載せられた皿が自分の前に置かれると、エリオネル君は嬉しそうに笑う。

 

「ありがとうございます!」


 天国と地獄を行ったり来たりしているエリオネル君はほんとかわいい。

 キミはお兄ちゃんよりも素直だね。

 メル君のお皿にも3つ載せておく。甘党だからね。

 さっそくチョコをほおばるエリオネル君にならって、チョコを一粒口に入れる。

 あれ? うーん?? なんか、思っていたのと違う。

 口の中でゴロゴロもちゃもちゃしてて。お花の部分は固いし。

 甘いは甘いけど、カカオ感はあんまり?

 記憶の中の、口の中でなめらかに溶けるチョコレートと乖離していく。

 口の中でモタついた感じに耐えられなくなって、紅茶をひとくち飲むと、ようやくチョコがなめらかになった。

 なるほど。あくまで紅茶を飲みながら、という前提の食べ物か。

 エリオネル君は口をもごもご動かしながらいっぱいに頬張っている。お皿の上にはもうチョコの姿はない。

 一度に3つとはなかなかの勇者だな。

 彼の前に置かれているのがオレンジの果汁だったので、ミルクも出してもらう。

 この甘さの後だ。果汁では酸っぱくて泣いちゃうかもしれない。

 空になった彼のお皿にもう3つ載せる。

 こうもいい食べっぷり見せられると餌付けしたくなるのが人情だよね?

 メル君のお皿はどうかな?

 彼を見たら、……メル君は笑ってた。

 嬉しそうに、でもどこか淋しそうに。

 遠くを映しているおだやかな藍色に瞳に、なぜか心がざわついた。

 目が離せなくて見つめてしまった。私の視線に気がついたメル君がふいと顔を背けてしまうまで。


 あれ。なんだこれ。

 ちょっとびっくりしたな。なんか急にお兄さんぽいからかな。

 こないだまでエリオネル君とどっこいどっこいだったはずなんだけどな。

 なんか、落ち着かない。


 エリオネル君は口の中が空になると、さっそく退屈そうだ。メル君はもともと口数が多い方じゃないし、私もうまく話題を振れなかったし。


「エリオネル様、お庭に参りませんか?」


 立ち上がりながらそう言うと、パッと顔がほころぶ。

 やっぱりメル君の弟だよね。


「メルヴィル様は……」


 くつろいで居てくださいね、と言うつもりだったのに目の前に差し出された彼の手に面を食らって言葉が出てこなくなった。

 この手はなんだろう?

 意味を求めて、メル君の顔を見るが背けていて表情が分からない。


「嫌じゃなかったら」


つっけんどんに言われてようやく意味を理解して手を重ねた。


「ありがとうございます」


 嫌なら無理しなくてもいいのに。

 でも、気を使ってくれたことが嬉しいから、ありがたく受け取ろう。


 来客を案内するには不適確かもしれないけど、裏庭へ案内する。

 手を取って一生懸命歩調を合わせてくれるメル君がほほえましい。

 目的は裏庭にある大きな針葉樹。


「もうほとんど覚えてないのですが、幼い頃にもここで過ごしていたのです」


 避寒地(オールーズ)に引きこもるまでだから3歳ちょっとまでかな?


「その頃、我儘を言って庭師に作ってもらったようなんですよ」


 張り出した太い枝の一本から垂れ下がった、板と縄で作られた素朴なブランコ。

 ブランコが欲しいと強請ったことはさっぱり覚えていないのに、このブランコを見た瞬間「ハイジのブランコ」だと思った。そう思えたのだから、やはりこれは私が強請ったのだろう。

 エリオネル君は従僕に付き添われて走って先に行ってしまった。


「わたくしがいなくなってからも、手入れをしてくれていたようなのです」


 見た目はあんなだけど、こないだ私が座っても全然平気だった。


「レスティア嬢、先日はクラブ員が(こぞ)ってあのようなことをしてしまい、あなたにご迷惑をおかけしてしまいました」

「いいえ、あれは私の勉強不足です。まさかあんなことになるとは思わなくて。世間知らずはいけませんね」


 エリオネル君が遠ざかって、続く沈黙をメル君が破った。


「わたくしの方こそメルヴィル様のご気分を害してしまってごめんなさい」


 あんなに明確に拒絶されるとは思っていなかったので、自覚が足りなかった。


「今後は、もっと考えて行動いたしますね」

「いえ、あの、あの時は、そういうことではなく……」


 口ごもったまま、固まってしまった。

 言いたいことが言えないお年頃なのかな? 

 隣に立つメル君に視線を向けると、ふいに視線が合った。メル君は口を開きかけて、やっぱり噤んで、視線が地に落ちる。

 うん? なんか言いたげなんだけど?


「大丈夫です。ご迷惑になりますので、今後は剣術クラブには伺いません」


 王子ノートの返却は火曜日に延期だな。


「それは、その、また来ていただければ皆喜びますので、ぜひ来ていただきたいです」

「そうなのですか?」


 あれ? 見に行っていいの? うーん。


「でもあのような騒ぎになってしまうのは本意ではございませんので、今後はお名前を頂くのは遠慮させていただきますね」


 また取り調べに遭うのも不名誉なカウントが増えるのも遠慮したい。いや、ホントに。


「……はい」


 少しだけ視線が合ったのに、またメル君の視線は地面に落ちてしまった。

 私がメル君の周りをうろつくのがダメって話じゃないとしたら、あとなんだろう?

 そこへ頬を赤くしたエリオネル君がやってきて、メル君を引っ張る。


「兄様、このブランコすっごく楽しい! 兄様もやってみる? ルディもいればよかった」


 貴族の庭にあるのはベンチ型とか箱型とかのあんまり揺れないやつだもんね。こういうダイナミックに揺れるタイプは平民の玩具だって言われたっけ。

 メル君はエリオネル君に座らせられるのを必死で避けている。

 乗ってみればいいのにね。ブランコは大人になっても時々乗りたくなる公園遊具1位だと思うけどね?

 まあ、思春期の彼には「子供っぽい」ことはタブーかな。

 その日はエリオネル君がブランコに飽きるまで遊んで帰った。


 とても楽しい休日だった。


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