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 翌日の金曜日。

 午後はサンブリア国概論。

 いつものメンバーよね。知ってる。


 昨日の生物学の授業も女子は私とモナちゃんだけだったしね。

 あんなにいる女子はどこに行くんだか。


 教室には探すまでもなく、輝く金髪。

 王子に礼をしてから借りていたノートを返すと、


「じゃあ、交換ね」とティオル概論のノートが手元に来た。


「今日、持ってくるって思ってたから」


 なんかいろいろ読まれてるよなー。


「次の授業まででいいけど、もし早めに写し終わったら、クラブハウスに持ってきてもらえると、助かるな。月曜日は活動日だから」


 今日も王子はご機嫌だなぁ。笑顔が絶好調だ。

 土日を使っての、月曜日か。

 なんとかなる、かな?


「善処いたします」


 それからサンブリアのノートをチラ見させてもらい、進度を確認する。

 始業前に返そうと席を立ったら、王子がいなくなっていた。あんな派手な金髪が見つからないわけないのに。

 

「レスティア、こっちこっち」


 すぐ側で声がしたと思ったら、なぜか隣に席を移動してた。

 ……さっきまで他の人が座ってたと思ったけど、違ったかな?

 先生のお話を聞きながら、時間と空間を越えたサンブリア旅行をした2時間を終え、私は大満足だった。

 隣からクスクスと笑い袋の声がする。


「レスティアは随分楽しそうに聞いているよね」

「本当に、楽しいですから」


 手早く荷物をまとめて立ち上がる。


「……なんで急いでいるの?」


 王子の不満そうな声がする。


「急用ができましたので」


 手にしていた2冊目の王子ノートを見せると、王子はため息をついた。


「それじゃ、しょうがない」


 礼をして教室を出るころ、背後から王子の物騒な言葉が聞こえる。


「しょうがないから、メルヴィルに八つ当たりをしに行くか」


 うん? またメル君が出てきた。メル君は王子と仲良しなのかな?

 疑問を覚えながらも私は図書棟へ急いだ。

 令嬢歩行最高速度で。

 マナーの先生の反応から引き出した、ギリギリの合格スピードだ。

 これ以上だと「もう一度」を食らう。

 ちなみに令嬢の通常行動に走るという機能はついてない。

 図書棟は初等部から高等部まで共用建物で、収蔵されている本も多岐に渡る、と以前聞いたことがある。

 本当はじっくりと見て回りたかったけど、急ぎなので目的の分野だけ見て、これかな? と思われる本を2冊貸し出してもらった。

 できれば、じっくり通いたいところだ。

 今度、父に門限の延長を交渉してみよう。

 そう思いながら帰路についた。


 ああ、平和な日、バンザイ。


 と思ったら、また人にぶつかって転んだ。

 うーん。なんで廊下を歩いてるとぶつかるんだろう?

 なんて思っていたら、帰宅して思い知りました。自分がいかに世間知らずなのかということを。

 屋敷の中は、侍女たちが両脇に避けて通路の真ん中を開けてくれるのだ。そういえばこの10年、道を譲るとかすれ違うための配慮とかしたことなかった。

 常に自分が最優先だった。

 学院でもそんなこと気にして歩いてなかった。当たり前のように廊下の真ん中を歩いてた。

 そりゃぶつかるよね。

 以前読んだ学園ロマンス系の本にそんなシーンがあったから、もしかしたら低俗な嫌がらせかも、なんて思った私が恥ずかしい。

 むしろ、廊下を我が物顔で闊歩している私の方が悪役側じゃん。

 来週からはちゃんと端っこ歩こう。

 あと、ちゃんと周りの人見て歩こう。

 曲がり角も要注意。


「明日のメルヴィル様のご来訪は主屋にお迎えいたしますか? それともこちらへお迎え致しますか」


 着替えを手伝ってくれていたエリーに問われ、はたと考える。

 両親や長兄夫婦とは別に、私には別棟が与えられている。

 来客ならば主屋にお迎えするのが良いのだろうけど。今回は家とは関係ない理由だしな。


「こちらへお迎えしても問題ないかしら?」

「問題ないと存じます」

「ではこちらにお願い」

「承知しました」


話をしながらもエリーは手際よく片付けてくれる。


「あと、そうね。お茶はフルーティーなものを。……果実水がいいかしら?」


 メル君はお茶はあんまり好きじゃないんだよなー。でも果汁を出したら子供扱いだって不貞腐れるだろうしな。難しいお年頃だ。


「両方お出しできるようにしておきます」

「ありがとう。お願いね」


 夕食後はエリーの強制執行が行われるまで王子ノートを写し、就寝となった。

 一週間お疲れ様。

 ゆるい学生生活になるなんて、誰が言ったんだ。まったく。




 翌日応接室に居たのは、メル君と小メル君だった。


「エリオネル・ウィスコンシンです。先日は、ご迷惑を……ご迷惑を、オキキシテ申し訳ございませんでした。とても助かりました。感謝いたします。」


 小さな紳士の礼に心が和む。


「お怪我は良くなりましたか?」

「うん!」


エリオネル君は元気な返事をした直後、隣からの鋭い視線を浴びて身をすくめた。


「……はい」


 かわいい。やっぱり小さい頃のメルヴィル君を思い出させる。


「レスティア嬢、私からも、謝罪と感謝を伝えさせていただきたい」


 そう言ってメル君も礼をする。


「先日もお伝えいたしましたが、迷惑など被ってはおりませんので、お二人からの謝罪は必要ありません。でも、お役に立ったのなら、感謝の方は受け取らせていただきます」


 二人に席を進めると、エリオネル君が私が渡したハンカチを差し出してくる。


「これ、お返しします」

「申し訳ございません。本来なら新しいものを用意するべきところでなのですが、母が申すには同じような材質のものを見たことがないというので」


 そうかもしれない。私のハンカチはティオルから取り寄せたタオル地を使って自分で縫ったハンドタオルだしね。

 メル君にプレゼントしたタオルの副産物だけけど。


「お気になさらずに。そもそも差し上げるつもりでお渡ししたのですし」

「……そういうわけには……」


 メル君が気まずそうに言葉を濁し、うつむいてしまうと、エリオネル君がきれいな箱を差し出してくる。


「これ、お詫びに渡しなさいって、母様が!」


 弟の明け透けな物言いにますます気まずそうなメル君のとは対象に、エリオネル君の目は箱に釘付けで輝いている。


「まぁ、何かしら? エリオネル様は中身をご存知ですか?」


 そう聞くとエリオネル君は嬉しそうに笑った。こういう時の手土産はたいていお菓子だけどね。


「知ってます!」

「どんなすてきなものが入っているのかしら? きれいなもの?」


わざとポイントを外してそう聞くと、エリオネル君は少し考えてからコクンと頷く。


「おいしいものかしら?」


そう聞くと笑顔を輝かせて大きく頷く。

 彼の反応からきっと彼の好物が入っているのだろう。


「わたくしは甘いものが好きなのですけれど、どうかしら?」


 エリオネル君は何度もコクコクと頷いている。

 ああ、かわいい。メル君の属性が素直方面に傾いていたらきっとこんな感じだったろうな。

 一粒で二度おいしい兄弟とは。けしからんな。


 彼の反応をたっぷり楽しんで、いざ箱を開けると、甘い香りが立ち上る。

 丸や四角の一口サイズの艶やかな濃茶色。その上に花の形をした小さな砂糖菓子が飾られている。


「これは『チョコレート』ですか?」


 香りと見た目が記憶と混ざるように重なり合う。


「これはチョコレートって言うんです」


 嬉しそうにそういうエリオネル君の言葉と自分の言葉の音が違った。

 あー、やらかした。


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