1 婚約者に「ざまぁ」される未来を夢見る
かっわいいなぁ…!!
手のひらでうにょうにょ動く青虫を見ながら、頭の中では「かわいい」が無限連鎖を続けている。
かわいいかわいいかわいい!!
青虫が? いやいや、そうではなく、この青虫をプレゼントしてくれた幼子がだよ。
上目使いで、そっとその子を顔を伺い見れば、やってやった感満載のドヤ顔で頬をほんのり赤らめている。
私の小さな手のひらで懸命に身をよじる青虫は、まるでかわいさのあまり身悶える自分自身のようにも思えて、ほんの少し親近感を覚える。
少し日に焼けた顔も、笑うと2番目の前歯が片方ないその口元も、全部がかわいい。
「お前みたいな『弱虫』の仲間だ、嬉しいだろ!」
そういうまだまだ高めの子供の声が耳に入ると、感極まって目が潤んでくる。
頭をわしゃわしゃしてハグしたい!
「……!!」
頭の中に吹き荒れるかわいいの嵐を言葉にすることも態度に表すこともはばかられるこの状況で、私ができることといえば、平静を装ってやり過ごすことだけだ。
私の視線に、その子は一瞬たじろぎ視線を逸らしたが、すぐに気を取り直して「ハッ」と息を吐き捨てるように笑ってから
「ざまーみろッ!」
と捨て台詞を残して、走り去っていく。
!!
「……かわいいがすぎる」
完全に思考がショートして、危険な心の声が口から漏れ出す。
「お嬢様」
後ろに控えていた侍女に声をかけられて、慌てて顔と思考を整える。
……聞かれては、いない、よね?
真っ青な顔をした侍女のエリーは少し震えているようだ。
「……その、む、虫を……」
ゆっくりと手を伸ばしてきて、私の手のひらからつまみ上げようとしているようだが、近づけば近づくほど顔をそむけ、目をぎゅっとつむってしまう。
まぁ、普通の女の子なら、そりゃそうよね、と思わないでもない。
私はエリーから手のひらを遠ざけて、傍にあった低木の葉の上に青虫を放す。
この幼虫がこの木の葉を食料にするかどうかは知らないが、まぁ強く生きてくれと思うしかない。
一応、深窓の令嬢としては部屋に虫かごを持ち込んで羽化するのを待つわけにはいかないし、彼も本当に私に「プレゼント」したかったわけでもなかろう。
「……お嬢様、平気なんですか?」
驚愕の顔で私を見るエリーに、苦し紛れに微笑んでごまかす。
「モンシロチョウくらいなら」
モンシロチョウの幼虫くらいならまだ平気だ。アゲハはどぎつい見た目がちょっと遠慮したい。毛虫関係はかぶれることがあるので完全アウトだ。
「そろそろ戻りましょう」
そう言って椅子から立ち上がる。
庭の一角に作られてた東屋を出て屋敷に戻る道すがら、彼が池べりで壮年の護衛騎士と一緒に遊んでいるのが見える。
今度はカエルのプレゼントがもらえるかもしれない。
そう思った瞬間、あの青虫を摑まえるときの彼の姿を思い出して、思わず笑みが漏れる。
彼の「プレゼント」は今に始まったことではない。
仲良く遊びなさいという大人の「命令」で時折来るようになって、そろそろ3ヶ月。 外遊びを提案してきたわりには退屈そうにしていただけの彼が考えついたのが、この「プレゼント」だ。
気持ちは分からなくはない。
どうせ遊ぶなら、ただ静かに座っているだけの子よりも、ワイワイと声をあげ一緒に走り回るような子がいいに決まってる。
この仲良く遊ぶ時間を何とか短く終わらせたい彼が考え出したのが「プレゼント作戦」だった。
わざと私が嫌がることをして、私が「もう一緒にいたくない」と言えば、彼にとっての退屈な時間は終了となるのだ。
とはいえ、最初はこの彼の作戦に気づいてあげられなかった。
手渡された3つの丸い物を見て
「まぁ、ダンゴムシですわね。かわいらしいですね。ありがとうございます」
と返してしまった。
周囲の侍女たちが小さい悲鳴と共に顔色を悪くしているのを見て、しまったと思った。
普通の女の子の反応とはこういうものかと反省した。
別に私も虫が好きとかそういうことはないのだが、要は慣れ、だ。ダンゴムシなんて序の口だ。なんなら彼らが障害物で移動を妨げられると、右・左・右と交互に移動方向を変える様子を観察したこともある。最悪なのは捕まえられて、ズボンのポケットに入れられた彼らが、気の毒なことにそのまま昇天召された姿でゴロゴロ出てきたときだ。
話はそれたが、この「プレゼント作戦」には少しばかりの問題があった。
それは、私が虫耐性が多少高いこともあるのだが、それよりも彼自身があまり虫を好きではないことにあった。
苦手とはいわないが、好んで触って弄り倒すタイプの男の子ではなかったのだ。
それなのに、好きでもない虫に果敢に挑む姿は途轍もなくほほえましい。
最初のダンゴムシはすぐに丸まってしまうので難なくクリア。その次のバッタは、ちょっとおっかなびっくりだったがまぁクリア。カマキリは案の定、指先を挟まれて悲鳴を漏らしていた。
今日の青虫はかなりの難敵だったようで、見た目も彼は嫌そうだったが、触った感触はもっと嫌だったようで、青い顔で目を白黒させていた。
それでも、どうにか不快感を乗り越えて私の手に乗せるところまで頑張ったのだ。
よく頑張ったと頭をわしゃわしゃして褒めてあげたい。えらいぞとハグしてあげたい。
嫌がらせの為という目的はともかく、必死に苦手なものに挑む姿はかわいいではないか。
男の子の意地なのか、なんなのか。
しかもその後のやり遂げた後のドヤ顔ときたら。
やっぱ、男の子はかわいいなぁ。
にまにまと笑みが漏れるのが止められなくて、手にしていた扇子で口元を隠す。
後ろのエリーには見られないにしても、私たちが外にいるのだから警備がいつもより多く出ているに違いない。
令嬢としては、うっかり気持ちの悪い笑みを浮かべている姿を見られるわけにはいかないのだ。たぶん。
その後も彼は遊びに来てはプレゼント作戦やら、魚釣りやら、乗馬やらで私をかまってくれた。
ちなみにプレゼントのラインナップは極小のクモ、アマガエル、ザリガニなど。
……ザリガニはもしかしたら本気でプレゼントだったのかもしれない。男の子はなぜか好きだよね? ザリガニ。カッコイイかどうかは理解に苦しむところだけど、脱皮したりする生態は観察してみると存外面白かった記憶がある。
でも、令嬢としてザリガニ飼うのは不可だったので、元居た池にお帰りいただいた。
食べられると聞いたこともあるけど、さすがにちょっとなぁ。
乗馬のときは、自分は馬に乗れるんだぞとドヤりたかったようだ。
馬場で轡を引いてもらってるだけだったけどね?
メルヴィル・ウィスコンシン。
私よりも半年ほど早く生まれたウィスコンシン伯爵家の跡取り息子。
くりくりとした藍色の瞳は、よく動く表情を映してとてもかわいい。
少しクセのある黒髪はなぜかとても親しみを感じられる。
負けず嫌いなのか、苦手なことやできないことを涙をためながら何度もチャレンジする頑張り屋さん。
私にとってはなんというか、年の離れた弟……よりもっと責任感のない感じの……近所の悪ガキを生暖かく見守っているみたいな感覚だった。
そんなこんなでメルヴィル君と出会って半年が過ぎる頃、彼は遊び友達から婚約者になった。
貴族社会とは意味不明だ。




