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ep4 昼休み

 二人ぼっち同盟を組んだ翌日。

 寝ぼけ眼で登校するものの、特に何も起こらなかった。偽の恋人の役ではあるが、あくまでそれは同盟関係。ラブコメのようにイベントが起こるわけではなかった。


 というわけで、俺はぼっち。

 超ぼっち。

 孤高に憧れたくせに孤独で死にそうなくらいに寂しがり屋だった俺には、なかなかに堪える時間だ。


 一限、二限、三限、四限。

 勉強は嫌いじゃないが、授業の合間の休み時間が辛い。昨日のあれこれがあったせいで今日は本を家に忘れてきてしまったのだ。


「あぁ……やっと終わった」


 ようやく昼休みになり、俺は机に項垂れた。去年一年間で、いかに机で心地よく眠るのかが身についている。影の薄さといい、ろくな成長をしていない。


「樹のところにでも行こっかな」


 とか言いつつも、躊躇が生まれる。

 二日連続で樹の昼休みを奪ってしまうのはいいことなのか。幼馴染として、つい迷ってしまう。


 樹はリア充で、俺は“ぼっち”のなり損ない。

 今からでもリア充に戻れる気はしないでもないが、一年のブランクで失ってしまった勘やら勇気やらを取り戻せるかどうか微妙なラインだ。


「黛、ちょっといい?」


 考えていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 近づいてくるのはこげ茶色の髪の少女。手には巾着がダルンとぶらさがっている。


「どうしたんだ、白馬」

「ちょっとね。昼休み、いい?」

「昼休み……ああ、別にいいぞ」


 というか、時間を持て余していたのでウェルカムだった。


「……そんな嬉しそうにされるとうざいんだけど。黛って私のこと好きなの?」

「べ、別に嬉しそうにはしてねぇよ」

「ふぅん。ま、どうでもいいや」

「どうでもいいのかよ」

「そりゃ、黛だし」

「俺の扱いの酷さよ」


 俺、時と場合によっては偽の彼氏を演じることになるんだよね?

 もう一切そういう感じがしないんですけど。


 端から期待していたわけではないが……それにしても、もう少し優しくしていただきたいものである。それはそれで違和感があるだろうからこれでいいけど。


 リュックの中からコンビニのレジ袋を取り出し、外へ向かうことにする。


「で、どこ行く?」

「ん……屋上で」

「屋上? 屋上なんて入れなくね」


 廊下を歩きながら話していると、白馬は左手を制服のポケットに入れた。

 かちゃかちゃ、と少しだけ鳴る金属音。

 もしや……。


「屋上の鍵、持ってるのか」

「そ。言っとくけど、違法行為はしてないから」

「じゃあどうやって手に入れたんだよ」

「説明が怠い」

「さいですかい」


 まぁ、屋上に入っても問題にならないのであればよかろう。

 あと、今の白馬がかっこよかった。かっこよければいいかな、みたいな部分はある。というかそれしかない。


 うちの屋上は四階の一つ上にある。

 三階までは各クラスの教室があるため人気(ひとけ)が多いものの、四階にまで上がればほとんど人はいない。

 更に階段を上って外と隔てる扉までたどり着くと、白馬はポケットから取り出した鍵を使った。


 かしゃり。


 つづがなく開錠された。

 外に出て、春らしいぽかぽかな陽気と清々しい風を同時に感じる。


「おお……なかなかいいところだな」

「でしょ。私も割と気にってる」

「気にってる、て。『入』はどこいった」

「細かいな……うざい」


 うざいと言われてしまえば、口を閉ざすしかない。ただまぁ、そうしてもいいと思えるくらいには俺も屋上を気に入った。或いは「気にった」か。言いにくい。


「極力入口付近にいて。あんまりフェンスの方に寄ると教室から見える」

「はいよ。っていうか、それでバレるのはまずい感じなのか」

「話は通ってるけど、めんどい。他の奴を入れるのも嫌だし」

「なるほど。プライベートスペースは大事だもんな」


 俺が言うと、白馬は目を丸くした。


「プライベートスペース、ね。いい言葉思いつくじゃん」

「そんな言うほどでもないだろうけど」

「それはそうかも」

「褒めるなら最後まで褒めてネ?」


 簡単に同意するあたり、割とテキトーのようだ。白馬の俺への関心自体がそんなものなんだろうし、別になんとも思わない。

 いや、ちょっと悲しいかも。でもそれは相手が白馬だからなのではなく、一般に関心を持たれないことへの悲しさな気がした。


 俺のことなんてお構いなしに白馬は入口の付近で座り込む。

 だが、座り方がいけなかった。


「なあ白馬。その座り方は流石に際どいからやめてほしいんだが」

「は? いや、下にスパッツ履いてるし」

「そういうことじゃねぇんだよなぁ……」


 スパッツを履いていようとも、胡坐をかかれると色々危ない。スカートがめくれるというだけで色々と思うところがあるのだ。


 しかし、白馬の目つきが若干鋭くなっている。これ以上言えば機嫌を損ねる気がした。別に機嫌を取らなきゃいけないわけじゃないのだが、良好な同盟関係ではいたいと思う。


 正面じゃなければいいだろうと思い、白馬の隣に座った。


 白馬は巾着から弁当箱を取り出す。こじんまりとした桃色の弁当箱だ。意外とそういうところは乙女なんだなぁとぼんやり感じる。


「……なに?」

「あ、いや悪い。お昼作ってきてるんだなぁと思ってな」

「その方が節約になるから」

「節約、ね」

「そ。バイトするのは怠いから、仕送りだけで色々済ませたいし」

「仕送り……」


 それは、俺にも身近な言葉だった。


「白馬も一人暮らしなのか」

「そうだけど。黛も?」

「おう」


 都内で一人暮らしというのは、高校生ではあまり多くないと思う。樹の周りにも俺くらいしかいないらしいので、間違ってはいないだろう。


 そんなレアな共通点があったことへの驚きからか、白馬は少しだけいつもより明るい「ふぅん」と漏らした。


 そして、彼女の視線は俺が開封していたカツサンドへど移る。


「一人暮らししてるくせに、お昼はコンビニで買うんだ」

「あー……自炊って何かと手間がかかるじゃん? 最近はコンビニに売ってるものもしっかりしてるしさ」


 べらべらと言ってみるものの、結局は「面倒くさい」という一言に帰結する。

 掃除や洗濯などの家事はまだいい。だが料理は質の悪さがすぐに不味さへとなって返ってくるので、ちっともやる気が出ないのだ。


 はむ。

 カツサンドを噛めば、ソースの濃い味が口に広がる。美味い。まぁ正直、パン系には飽きてきているのだが。


「そういうことなら、黛の分のお弁当も私が作ってこようか?」

「え?」


 一つ目のカツサンドを食べ終えたところで、思いついたように白馬が言ってくる。


 ……本気か?


 疑るように視線を向けると、白馬は口早に説明してくれた。


「月に二割くらい食費を払ってくれるなら、別に手間は変わらないし。体調崩して倒れられても同盟的に困る」

「そういうことか」

「そ。あと、恋人らしくイチャついてアピールするのはうざいけど、お弁当渡すくらいのさりげないアピールなら怠くない。それくらいは牽制として使えそう」

「あー、なるほどな」


 白馬の言うことには一理、いやそれ以上の理があるだろう。

 そもそも、この二人ぼっち同盟はお互いを利用しあうことに意義がある。なら、弁当を作るくらい頼んでもいいのかもしれない。


「そういうことなら頼む。食費とかは言ってくれれば出す」

「ん。じゃあ週明けから作ってくるから」

「おう。よろしく」


 “ぼっち”で、普段は面倒くさがってるくせにこういうところでは面倒見がいいんだなぁとぼんやり思った。


 それにしても、今日は天気がいい。春眠暁を覚えず、だ。

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