牛乳ちゃん
第2回「小説家になろうラジオ」応募作品
「牛乳ちゃん、また止まっちゃってるよ?」
「だってぇ」
その白い飲み物を前にすると私はいつも固まってしまう。
「もうすぐ給食時間終わるよ? がんばってみようよ」
隣の子がそう励ましてくれた。
でも、手に持つ牛乳瓶は空にならない。
思い切って口に近づけるけど――
「はぁ、やっぱりだめだ」
私は牛乳が苦手。
牛乳が嫌いすぎて、周りから牛乳ちゃんと揶揄われるほど。
「牛乳ちゃん、ちゃんと飲まないとチビのままだよ?」
「いいよぉ、べつに大きくならなくても」
栄養があるとか言われても、ムリなものはムリ。
匂いがおかしい、後味がへん、その白い色がなんだか許せない。
「しょうがないなぁ。意気地がないよ、牛乳ちゃんは! それ、貸してみ」
「う、うん。でもぉ」
「いいから、先生がよそを向いているいまのうち!」
私の牛乳瓶が空になったものと取り替えられる。
そして、隣りの子は一気飲み。
「ぷはっ! ほら、どうってことないでしょ?」
「ご、ごめん、ありがとう」
「いいよ、べつに。牛乳大好きだし」
それからというもの、隣りの子は、私が困っていると黙って牛乳瓶をすり替えてくれるようになった。でも、そんなズルいことがいつもうまくいくとは限らない。ときどき先生にばれては叱られていたっけ。
しばらくぶりに牛乳瓶を手にしたら、そんな昔を思い出し、私はひとり「ふふっ」と笑ってしまった。
と、玄関のドアがガチャリと開く。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい。きょうはわりと早かったのね」
「まあね、それよりどうしたの? めずらしいね……牛乳瓶なんか握りしめて?」
「う、うん、なんだか、いまなら飲めるような気がして……さっき買ってきたの」
「へぇ、そうなんだ」
からかい交じりの視線を浴びて、なんだか少し居心地が悪い。
「でも全然飲む気配ないよね? また止まっちゃてるよ? 牛乳ちゃん」
「もう、やめてよぉ! そのへんな呼び方」
「ごめん、ごめん。だけど、そんなに無理することないよ。カルシウムならほかの食べ物から取ればいいし……へんにストレス貯める方がお腹の子に悪いから」
「それはそうだけど……」
「貸してごらん」
「う、うん」
牛乳瓶が一気に空になる。
「ほら、美味しいじゃないか?」
と得意顔のだんな様。
でもね、私は知っているんだ。
あなたが牛乳を飲むとき、ほんの少しだけ顔を引きつらせるのを。
たぶんあなたも牛乳が嫌い。
ごめんね、優しいだんな様。
そんなあなたが大好きよ。