過去の栄光
最終試験の合格から数日後……
ベムーナとメシュティは、船舶を受け取りに行く。
それをキダンドゥが待っていた。
「お、来たか。出来たぞ、2人の希望船舶がな! Saturnと、Moon実践用…だったな?」
「はい…ついに専用の船舶を手に…!」
「これからはライバル同士だな、ベム!」
「だね、メシュ!」
意気投合している2人。
「私は完全に引退した身だが、ベムーナとメシュティには期待しているよ。正直なところ、私をも超えているセンスの持ち主だからな。自信を持って送り出すし、自信を持って走ってもらいたい」
「あぁ。もちろん、そのつもりだ!」
「いずれは“伝説”の4人に届いたら…って思います」
ーーーここで、少し過去の話をしておこう。
まだ開発して数年ほどの頃…
話題として広めるために頑張っていたピュピアスと、その周囲の古参勢たち。
その頃、フォクシアという1人の天才男子が、ピュピアスの圧倒的支配を咎めた。
とあるコースの一部分で、新たなショートカットを発見し、実演してみせた。
「まさか、そんなショートカットが……」
「開発側では気付かない部分ってのもあるもんだ」
フォクシアは煙草を一服しながら話している。
「船舶の裏面が磁力で地面判定があるなら、その磁力の傾きを操ることも可能だ。よって、着地の角度で、思わぬ動きになることがある。その応用ってだけだが、かえって無限の可能性がある」
そのテクニックは、他のコースでも十二分に発揮されていく。
ことごとく、コースによっては1秒未満だが大差、コースによっては3秒も、圧倒的な勝利で大連勝していく。
その後、フォクシアが9連勝し、今にも10連勝に届きそうになった頃……
「…まだ誰も試してないこと、あるよね?」
と、1人の女性が現れる。
「…?」
その言葉に少し苛立ったフォクシアは、
「なら見せてもらおうか、そこの女。俺までもが試してないと言ったソレを」
「見せてあげるよ。うん」
と軽い返事をし、スタートに着く。
観客席で腕組みしながら、フォクシアは観戦。
「さて、どんな事を試すのか…見ものだな」
…誰もが想像しなかった“背面走行”
実はこの時初めて、“背面走行” が生まれたのだ。
「なっ!? 天面で滑り走ることによって、スピードを維持したまま壁に激突し、その激突を利用して浮き上がり、宙を浮遊する…だと!? どうやった……いや、どう見つけたんだ!?」
さすがのフォクシアでも、驚きのあまり立ち尽くし、呆然としてしまった様子。
「…やっぱり誰もやってなかったんだね、これ」
そうして喜ぶ女性のもとに、すぐにフォクシアは駆け寄り、訪ねる。
「あんた、名前は?」
「私の名前は “奈多洲 颯玖”。あなたは?」
「俺は“フォクシア・ガレードリエル”。現役最強である以上、あんたを超えさせてもらうぜ?」
「望むところよ、フォクシア」
「こっちこそ、サツキ」
と、フォクシアが微笑みながら言うと、
「…初対面で下の名前は…ちょっと…」
照れながらそう訴える颯玖だったが、
「…でもいっか。日本人じゃなければ普通よね?」
と、謎の理解をしていた。
「呼び方なんてどーでもいいさ。とにかく今後ともよろしくな!」
……その後、2人のデッドヒートが続き、お互いにお互いの連勝を阻み、10連勝に辿り着く者が1人も現れなかった。
その上、2人とピュピアスが、ずば抜けてトップランカーに存在し、他のパイロットは全く歯が立たない…
……と思われていた、約1周年の頃。
突如として、天才たちが現れる。
とあるコースでは、
「奈多洲さんのベクトル変換…もしかしたら、こう言う使い方が出来るかもしれないわね!?」
歪みを利用して、コースの端に半落ちし、そのあと少しだけジャンプしてから、側面でコースを滑り走り、そのあと右回り型横ループの坂を少し登ってわざとコースアウト。そのあと左に舵を取りながらVCで右回転。うまく回転を合わせ、上側の平面に着地。
そう、滋曲の得意技“ベクトル変換浮遊術” …“Changing Float(チェンジング・フロート)”が、初めて生まれる。
して、その次の週は……
「…コース外にある巨大隕石、上手い具合にチェックポイント通過できる形状になってないか……?」
わざとコースアウトした後、巨大隕石の特異形状を利用し、特殊な磁力を利用して(隕石に鉄は含まれないため、着地判定を施す“特殊重力変換”を利用している)着地をし、チェックポイントめがけてハンドル操作し、近づいてから巨大隕石を離れ、浮遊。その後、チェックポイント近くに着地し、通過。
ピュピアス最大のライバル、マキナス・セリュートス。彼は、史上初のコース外物質の利用…この世界では“アステロイド”と呼ばれるものを利用したショートカットを見つける。
「…まさか、コース外の物を利用するとはな…。またも思わぬ発見…」
「まさかすぎるって! その発想は私も無かった!」
「そうね。私もそんなの思いつきもしなかったわ! …名前を伺っておこうかしらね」
「俺は、マキナス・セリュートス。よろしく」
そしてさらに…
4人がデッドヒートを繰り広げ、5連勝すらもままならない過酷な戦場に……
「これだけ技あるなら…こんなのは、どうかな?」
と、あるコースで、女性が、ありえない跳ね方を見つける。
今までに、フォクシアは何度も、着地角度の変換でショートカットを見せてきたが、
「…これ、誰もやらなかったんだ?」
と、その女性は、新しい跳ね方を見つけた。
それは……
「…はぁ!? そんな跳ね方アリなのかよ!?」
と、フォクシアが見て驚くほど。
コース形状は、ジャンプ台、ストレート、左の上りヘアピン、そしてストレート。
ジャンプ台で跳ねた後に、船舶を右斜め約25°ほど傾けて着地…の寸前にハンドルを左に切る。そして着地時に“傾きの反動”があるのを利用し、少し跳ね…。そして、ちょっと跳ねた直後に右下あたりを壁に当てる。
すると、壁に当たったと同時に、ほぼ垂直に船舶が跳ね上がった後、アクセルによって前進し、そのまま坂の上へ。
チェックポイントを通過し、約1.5秒ほど縮めた!
「背面走行、ベクトル変換、傾斜跳躍…。…無限にあるな、このレースのテクニックは…!」
その人物は、フェルニーナ・グランボーヴ。
今ではキダンドゥと同じ立場の、塾講師。
しかしこの頃は、天才模倣&応用 に特化した天才として活躍していた。
「…世代交代、かもしれないな…」
とフォクシアが諦めかけていた頃に、ピュピアスが動き出す。
「開発者として、プライドがある。そろそろ私自身も出る時が来たようだ…この時を待っていた」
ピュピアスが動き始め、レースは一気に加熱…いや、むしろ爆裂と言っても過言ではないくらいに盛り上がっていく。
ピュピアス、フォクシアを始め、背面走行の奈多洲、ベクトル変換浮遊術の滋曲、アステロイダーのマキナス、模倣と応用の天才フェルニーナ。
その数ヶ月後に、模倣に近い動きを出来るようになった天才が、ラディオン・ファグラディア。
かなり荒れた戦場になっていたが…途中で、
操作が超難関な720ブーストからの着地や、調整され完璧となったベクトル変換浮遊、進化した背面走行、様々な地形から派生した超絶アステロイド走法。
それに加え、どんどん見つかっていく“新走法”…。
“壁伝い”、“着地判定半利用浮遊”、“空中乱舞”、“超高速浮遊”、“上下運動”…(この辺は後々、順を追って、それを使うコースごとに解説していきます)。
「…真似しようとしても出来ない…。だめだ、彼ら、“ヒトじゃない”…! もはや“神”とでも言うべきか…“伝説” か…? 出来る限りを尽くしても出来ない領域に居る…!!」
と、ラディオンは矛を下ろし、盾を掲げる状態になった。
「世界トップは次元が違う…今の俺では届かない。なら、6位はキープしてみせよう…!」
最も近いランキングを守る体勢へと。
ーーー。
「あの時から、私は観戦する事がさらに大好きになって、CCR観戦が至高の趣味になりましたし…今となっては、これからレースにも出られる。あの領域に近づけたら…って思います。最も近いラディオンさんを超えて…ね」
メラメラに燃え上がる闘志を、ベムーナは語りに乗せた。
「あぁ…」
と頷いてから、メシュティが、
「…ただ、どのレースを最初にするか選ぶのはアタシ達だろ? どこからやる?」
「…あっ。そっか」
選択するということを忘れていた様子。
「おいおい…しっかりしろよ」
少し呆れ気味に言い放つも、すぐ話を戻す。
「でよ、どこにする?」
「そうねぇ………んっ?」
選択する時、ひとつのコースが目に入り、ベムーナは指をさす。
「…新人歓迎戦…?」
そう。まだ塾卒業したてのレーサー達には、特設コースが数ヶ所ほど設置されているのだ。
しかしそれは、プロレーサー限定レースや、現役トップランカー達だけで開催されるレースも存在しているコース達だ。
「“Fall&Jump” … “PureTech” … “HighJump” … “RollingOver” …。垂直落下と変速ジャンプ、奈多洲さんが背面走行を発見したコース、超高速ジャンプでの繊細な制御が問われるコース、上下反転が不規則に訪れる厄介なコース。バリエーション豊富だね…」
「あぁ…この4コースで基本的なテクニックは磨けるからな。どこにするか……」
ベムーナとメシュティは、どこを選ぶか相談する。
レース出場可能になる、2週間後までには決めないといけない。
この日から2人は、練習に励みながら、どのコースを初参戦にするかで相談する。