最終試験
コース名『OverSpeed』
フェルニーナの世界記録 01'20"98
試験合格タイム 01'26"00
「メシュティ…2人一緒に合格しよ? それで、世界戦で競い合う…それこそ理想のライバルってもんでしょ!」
「あぁ、当然だ! なめんなよ、ベム。あんたに負ける気は無ぇからな!」
最初の頃のようにバチバチしておらず、今では良きライバル関係。その上での軽い煽りだ。
「いつも通りだな、2人は。…んじゃ、公式ルール通りに、6回までだ。それまでにタイムをクリアすれば、その時点で卒業! 晴れて自分専用のマシンを購入してもらう」
と、キダンドゥは再度、ルールを共有した。
まず、ベムーナからスタートする。
無難にクリアしていき、垂直落下に差し掛かる。
観客側の生徒達も、キダンドゥも、そしてメシュティも……操縦するベムーナにも、緊張が走る。
「…挑戦してみよう…720…!!」
そして接地感がなくなった瞬間、VC(ベクトルコントローラ)で右回転。360度回転したあと、更に回して…720を試みる。
すると…
「っ! よし……あとは!」
成功し、超加速もした。ただ………
「…っ!? 速すぎて操縦が間に合わな…っ!」
着地点にある小さなトンネルの入り口に衝突し、そこで垂直落下。速度がガタ落ちし、タイムロス。
「っ! くぅ……いてて、1回目は失敗だ……」
出たタイムは、01'29"83
「あのトンネルクラッシュが痛かったな…」
と、メシュティも残念そう。
「…6回のうちに攻略できるかな…ベムーナは」
キダンドゥは、腕組みをして楽しそうに傍観。
そして2走目。
「…操作可能範囲の360で無難にいこう…。いったんクールダウン…」
と、垂直落下と、そのあとのジャンプ台で、360で走る。が……
「…360だとダメだ! どうしても1分26秒を切れない!」
そう言った時に、2周目に差し掛かる。
「…っ。どうしたら……」
と、その時…閃く。
「…ん? 私…あっ!!」
しかし、気付いたのは…
最初のジャンプ台から垂直上昇の坂に差し掛かる時。
時すでに遅し、だった。
「…なんでやってないのかな…簡単なのに」
…そう。
実は、このOverSpeedには、1つのショートカットに、落下時の720が加わって、初めて1分26秒を切れるようになっている。
本当は2つあるが、2つ目を決める為のタイミングは凄まじくシビア。1つ目のショートカットのようには甘くなく、出来たらプロレベル。フェルニーナとマキナスしか成功していない。
「私としたことが…最初にある垂直上昇の右Uカーブ…壁じゃなくて坂型の縁石…。そのショートカットに気付かないなんて……難しい方を考えると、単純なのが見えてこなくなる…」
そこに気付いたものの、2回目のトライは終わる。
そして3走目。
「…よし!」
スタート前、自身の頬を平手でパンパンッと叩き、それからグリッドにつく。
そしてスタート。
最初のショートカットを上手く決め、着地場所も完璧に決まり、かなりタイムを縮めた。
そして……
「…いくよ…720!!」
1回転…2回転…上手く着地!!
しかしキダンドゥは、違いに気付いた。
「お? さすがは天才…最初から斜めに進入する事で、ハンドル操作せずに直線上を走るイメージだな? 決まれば速攻で卒業になるな、これは」
楽しみにして観ていると……
「…あとは、着地をミスらず、この720で…!」
と、再び、ジャンプ台での720を試みる。
ベムーナのそれは、奇跡的に繋がった。
着地直後に垂直上昇からの正方形型ループ(横から見たら正方形の感じのループ)で、遠心力により異常な加速を見せ、
「…うまくいった……ふぅ…」
と一周した直後、そのタイムは……
「…!? 43秒…!?」
このタイムの走りで、もし2周目も同じようにいったら、
「…軽々とプロレベルだな…」
と言わんばかりのタイムである。
実際、細かく計算するならば、1周目のタイムと同じ走りをした場合、最初は少しスタートダッシュじみた好スタートで加速を強くするが、速度の乗った状態からは、だいたい2秒ほどの差がある。
つまり、43秒ペースなら、単純計算ならば、41秒のペースで走り抜ける事となる。
合わせると、1分24秒台で走り抜ける。
「さすがは熱狂的ファンだ。知識の引き出しが多い分、ちょっとしたことで閃く。ベムーナは卒業確定と言ってもいい」
と、キダンドゥは文句なしに卒業を言い渡す。
が、2周目には、
「っく…届くかな!?」
最初のヘアピンで内側に攻めすぎて、とっさにハンドルを戻してしまい、外の壁に衝突し、タイムロスしてしまった。
「やばい…せっかくの1周目が…」
と落ち込むかと思ったが、
「…いや、まだ大丈夫! ここでまだ1分…! あとは垂直落下とジャンプ台!」
と、コースの頂点に来た時に根性を見せる。
1周目と同じようにハンドル操作し、またも直線上を駆け抜けるように調整。そしてそれは…
「…やった…!」
決まった。
続いてメシュティの番。ただ、彼女は、ベムーナの走りを見て研究したために、2走目で上手く決まり、ベムーナには及ばないとはいえ、タイム基準をクリアした。
「素晴らしいな…。2人とも合格だ。今日この瞬間、卒業は確定したよ。おめでとう!!」
キダンドゥは褒め称えた。
「やったぁー!!」
ベムーナは大声で叫び、そして飛び上がる。
「よっしゃ! …これで晴れてデビューだ!」
ガッツポーズで喜びを表すメシュティ。
と、そこに、
「…凄いわね。現役の頃を思い出すわ。あの頃は、ラディオンやピュピアス、マキナスやフェルニーナ…あの人たちを見て学んだ上に、応用技で出し抜いたものよ…。卒業おめでとう、2人とも」
と、
茶髪セミロング、茶色の細長い眉、茶色の瞳。黒ぶちの楕円形眼鏡を掛けている。インナーは灰色の、縦線模様のTシャツ。こげ茶色のブラウスを羽織っていて、水色のジーパン、そして水色に白い紐のスニーカーを履いている女性が現れた。
「にしても久しぶり、キダンドゥさん。“あのレース” から見かけなくなったと思ったら、塾の講師やってるなんて思わなかったわよ…?」
「…まさか、滋曲か!?」
そう。そこにいたのは、滋曲 舞薫。
伝説と呼ばれた4人のうちの1人で、世界で初めて “ベクトル変換浮遊術” を成功させた人物だ。
「わぁ!? 滋曲さんがなんでここに!? サイン下さい!!」
急に飛びかかるように、ベムーナはサインを求める。
「大したサイン描けないけど…」
「いや軽いな!? いいのか有名人!?」
あっさり承諾する滋曲に、メシュティがツッコむ。
「メシュティ、滋曲に失礼だろ!」
と、キダンドゥが軽く頭にゲンコツを当てる。
「いて!? いやでもさ、あっさりすぎねぇか!?」
軽く殴られても尚、ツッコミ入れたがる。
そう言ってる間に、ベムーナはサインを貰った。
「やった…! いつか伝説と呼ばれた4人にサイン貰うのが夢だったけど…1人目が、まさかここで叶うなんて! 泣いて死にそう!!」
「いや死ぬんじゃねえよ。本番これからだろっ!」
…構図的に、コントのようになっている。
「あはは。…さて、デビューしたからには…私の愛弟子に勝てるか見モノね。瑛洲斗に勝てたら大したものよ? 瑛洲斗くんは、このOverSpeedで、私と1秒差…届くかしら?」
「「 1秒差 !!?」」
ベムーナ、メシュティ…に加え、キダンドゥ、そして生徒達も驚きを隠せなかった。
「ええ。私のタイムはベムーナさんが知ってるでしょう?」
「はい…確か、1分21秒12 … 第3位」
「アメリカ代表のラディオンが出した記録、上回ったのよ」
「さすがは伝説さんの弟子…! …そのレベルに私達は辿り着けるかな……」
こう話していくうちに、少しだけ自信を無くしたベムーナ。だが、その脇で、
「上等だ…! うちの国代表のラディオンも、滋曲の弟子のエストも、超えてやる! んで伝説に足を踏み入れて、いずれピュピアスも超えてやる!!」
と、メシュティが超喧嘩腰で挑発する。
「ふふっ、威勢いいわね? …楽しみにしてるわよ。世界大会の予選で、また会いましょう?」
そう言い、帰ろうとした時だった。
滋曲は、言い忘れたかのように振り返る。
「あ。キダンドゥ…」
「なんだ?」
「フェルニーナだけじゃなく、マキナスに、プルゼミス・ラウラ、ピュピアス…あの辺も私と同様、講師しているから…新世代が楽しみよね♪」
そう言い残し、この場を去る。
「…ふふっ。楽しみだよ。ベムーナとメシュティも、辿り着くさ。その領域に…。そして、“あのレース” で終わった私を超えて……!」
無事卒業したベムーナとメシュティ。
塾に戻ると、どうやら船舶はオーダーメイド……ではなく、既存の船舶を購入するようだ。
「私は…最もバランスが取れた初期船舶って言われてる Saturn がいい」
と、ベムーナ。しかし、メシュティは意外な提案をする。
「なぁ、先生。…この moon を、実践用に改造して乗せてくんねぇか? アタシは、それでいい」
「…テスト用機体で、スペックは低めだぞ? いいのか?」
「そりゃ少し注文はあるが、ベムーナと同じバランス型にしてもらえると良いな? moon は、操縦性重視にしてあってボディ剛性も良いが、少しボディ剛性を捨てて加速と最高速を上げて、操縦性は維持してくれ」
軽くオーダーメイドのように。
「仕方ない…現役レーサーで船舶チューナーのヴァナボッドを呼んで対応するが…値は張るぞ? 専門家を呼ぶようなモンだからな」
「いいぜ? ヴァンボウェル家をナメんなよ? アメリカの富豪で5本指に入るんだぜ?」
急な金持ち自慢をする。
「…忘れてたが、そうだったな。 そうと決まれば、ベムーナは Saturn で、メシュティは moon の特殊カスタムで…異存ないな?」
「はい!」
「あぁ!」
心地よい返事と共に、2人の船舶が決まった。
………スペイン。ウォンリン家。
ピュピアスの携帯にメッセージが入る。
『ついに私達の弟子達による新時代の幕開けね!
瑛洲斗も負けてない。私に近づいているから、簡単には負けない仕上がりになったし!
ただ、キダンドゥの塾生さん達はレベル高いわね。実力の先にある“閃き” が、ベムーナさんだけ段違い。キダンドゥの話を聞いた限りでは、そんな印象。
当日が楽しみね。その時また話しましょうか!
滋曲より』
「…ふっ。伝説と呼ばれた私と、マキナス、フェルニーナ…私達“神の領域” に並び、それを飛び越えて新走法を編み出したシグマ…。全員の弟子が、一気にぶつかる大会…とても楽しみだよ。キダンドゥ…果たして君は、そのレベルを凌駕できるか?」
そう呟きながら、大会当日を楽しみにし、運営側の仕事の監督を始めた。
「さぁ、みんな! 忙しくなるぞ! 今回は必ず ViP席を設ける! やるぞ!」
Wondline interactive(ウォンリン・インタラクティブ社)は、大会の準備に差し掛かる。