最終試験前
ベムーナとメシュティは、最後のテストに挑む時が来た。
それは、キダンドゥの口から告げられる。
「それじゃ、みんな…ベムーナとメシュティを応援してくれ。そして、卒業した暁には、祝ってやってくれ。最後の試験をするぞ!」
「はーい!」
全員が元気のいい返事を返す。
「…卒業テストか。どんなことすんだろうな…」
内容に期待しているメシュティ。
「…勝負って訳にもいかなかったね? 同時に卒業する事になるとは…」
同時であることを残念に思うベムーナ。
「まぁまぁ。…それじゃ、国内トーナメントも終わったし、使用許可も降りたから、“OverSpeed” でテストする。所定のタイムをクリアしたら卒業だ!」
と、フェルニーナが世界記録を持ち、ラディオンが現在の最高記録を出したコースで、卒業テストをするようだ。
「… OverSpeed のコースレコードは、フェルニーナさんが出した 01:20:98 (1分20秒98)…。なんでも、2回転で着地する “720ブースト” を難なくやってのけた伝説のレコード…! このコースを走る事が出来るなんて…光栄ね!」
ベムーナは、とても喜んでいる。
「…んで、所定のタイムってのは?」
すぐさま質問するメシュティ。
「そうだな…。君たちなら、プラス5秒以内は行けるだろう。つまり、01:26:00 以内でゴールしてみろ!」
少し緩いが、塾生にとってはキツい設定をした。
「…エアバランスと、ダッシュボードをいかに上手く乗り継いでスピードを殺さないか…に懸かってきますね…! 分かりました!」
ぐっ、と拳を握り、やる気に満ち溢れるベムーナ。
「やるっきゃねぇな…! ベムやレジィに負けてらんねぇ! ベストを尽くすまでだ!!」
メシュティも、やる気に満ち溢れる。
2人とも、テスト用の船舶 “Moon” に乗る。
起動チェック、ハンドル感度、ペダルの調整。そして、テスト走行へと移行した。
…そのテスト走行で、ベムーナは挑戦していた。
720ブーストに。
しかし、垂直落下の時だけは着地が上手くいかず、垂直落下では360、その後のジャンプ台では720に挑戦。
しかし、飛行距離と跳躍高度、船舶の限界回転速度の関係で、少し回転が足りず何度も転がってしまう。
その点メシュティは、無難に360で走る。が、余裕がある時、720を試している。
「…やはり素質があるのは、この2人だ。どんなに高みにいても、さらに上、さらに上へと…
不諦の意地に、限界突破
…諦めない気持ち、そして限界を超えていくという気持ち。メラメラと燃え滾っているのが分かる…!」
キダンドゥは、ウズウズしていた。
自分も走りたい…という欲望と、2人に対しての期待で。
そして、塾生達の前で、語り始めた。
「…あの頃のフェルニーナ、滋曲、ピュピアス…マキナス…。“神の領域” たる4人の伝説を引き継ぐかもしれない。あの4人も…どんなに高みにいても、ベストタイムが出ても…貪欲で、諦めきれなくて…。
そんな時、滋曲が言ったことが、いつも頭から離れない…。
“1位だからと喜んでしまったら成長は止まる。頂点に立つ人間は、さらに上を目指す。そこにあるのは結果。ベストを尽くした結果であり、それは通過点。
理想を実演した結果で、理想に近しいだけ。
…理想を超える事は決してない。満足できないんだ”
…と。
その通りだった…。
Cosmic Challenge Racing の創設主ピュピアスは、そのコースによる走法、理論値、物理演算、その全てを計算し、ベストタイムを作ってから世に公表、そして世界競技の1つとして開始した。だが、それを悉く破ったのが、“神の領域” の3人だ…! だが、やはり創設主なだけあり、プライドは段違い。すぐに3人の真似をし、そして何度か世界1位を獲得した。
…でも、あの4人は絶対に、1位になっても、
束の間の喜び
だった。
『まだ行けた…!』
『あそこでミスしなければ…!』
『もう少し攻めていれば…!』
必ず、そうぼやいていた。
あの4人に一番近く、しかしながら追いつけずにいたのが、この私だ…。
『この壁は俺には高すぎる…!』
そう諦めた頃から、俺の成長は止まった。
どうあがいても、神の領域へは辿り着けず。…しかしながら必ず5位だった。
そう。“満足したから” 成長が止まったんだ…。
言うなれば反面教師だ。だが、ベムーナとメシュティには、神の領域に辿り着くセンスを感じた。不諦の意地、そして限界突破への欲。キミたちに腕が無いとは言わない。腕利きの中、あの2人だけ突出している、それだけのことなんだ」
塾生のみんなは、キダンドゥの語りを静かに聞き、そして頷いていた。
「すげーぜ、先生!」
「確かにオレ達も先生のおかげで強くなったが、2人の “吸収力” …つまりはセンスが段違いなんだ」
「ベムーナ、メシュティ! 2人とも頑張れ!!」
2人の走行中、大きな声で塾生たちが応援している。
「…メシュティ。やるよ!」
「かましてきな! アタシもかましてやるからよ!」
「もちろん!」
…そして、練習が終わり、本番になる。
「いいか? 本番は全部で6回までだ。本場のトーナメントと同じでな。そしてボーダータイムは 01:26:00 だ。クリアしたら文句なしの卒業、そして、
“オリジナル船舶”
を与える」
その宣告に喰らいつく2人。
「マジかよ! まさか自分で買うんじゃなく、くれるんかよ!!」
メシュティはガッツポーズをする。
「これをクリアすれば、ついに、私だけの船舶が…!」
ベムーナは控えめにガッツポーズ。
「…いや、買う事に変わりないぞ? ただ、定価で売り出す公の場所よりは融通が利く。簡単に言えば、私個人から買い取りだ。一括が無理なら月単位で分割する、それでも無理なら出世払い。利息は無し。そして出場レースの結果によって減額もする。世界レースで優勝したら無料、それまでに支払った分を返金。これは必ず保証する」
異常に寛容な待遇だ。
「結局買うのかよ…! んま、条件はキチィが、結果を出せば無料ってこった?」
「…っ! 優勝で無料…! しかもキャッシュバック!? …これは、買いだね!」
さらに2人のやる気が上がる。
「始めるぞ」
そして、ベムーナとメシュティの卒業テストが始まった………-----