各国ランキング戦
ーーーアメリカ。
ベムーナとメシュティが塾で入れ込んでいる頃。2人のいる街で、都市規模の
タイムアタック・ランキング戦
が行われていた。
決められた回数で、その中で出した最高記録を登録し、速さを競う。
そのうち7位までが、全国大会に出場できる。
そのランキング戦に登録していたメンバーの中に、有名人の1人の名があった。
「今年もラディオン参戦か! この街の代表格、そしてピュピアス達 “神の領域” に届くとまで言われたセンスの持ち主! 今季も期待してるぞー!」
その声援に応えるかのごとく、
金髪で天然パーマ、金の細めの眉、赤い瞳の大きいつり目、少しあごヒゲを生やしており、緑のトレーナー、紅芋色のインナー、黒のジーパン、赤茶色の革靴。
ラディオン・ファグラディア が現れた。
26歳、男。
「ありがとう! いつかピュピアス達 “神の領域” に辿り着き、そして追い越して見せるさ…!」
優しい声色でそう返し、自分の船舶に乗る。
船舶名:Spiral
最高速型で、コーナリングは弱いが、バランス寄りへと改善されていて、少しだけ最高速を犠牲にしている。いわば『バランス寄りの最高速』
マシン特性にも、基準値が存在する。
トップスピード、ハンドリング、加速。その3つが規定以内でないとレース出場は出来ない。
その基準値をもとに、それぞれが最高 20 までは割り振ることが出来る。
ラディオンのSpiral は、
最高速:17 / 20
ハンドリング: 8 / 20
加速: 7 / 20
と、まあまあバランス寄りになっている。
「さて…レース開始だな」
そして、ランキング戦が行われるコースの名は、
「OverSpeed」
スタートは上り坂、90度上るUカーブ、下り坂のあと左に直角カーブからの上り坂Uカーブ、左直角カーブからジャンプ台、そのあと垂直に登りながらダッシュボード設置された長いストレート、頂点でゆるいUカーブ、そのあと垂直落下のジャンプ台、ゆるく曲がって平面に戻るとジャンプ台、そのあと巨大なループがあり、スタートに戻る。
少し短めのため、このコースは2周で計測する。
最高記録保持者:フェルニーナ・グランボーヴ
記録… 01:20:98 ( 1分20秒98 )
ピュピアスが、1分21秒08。
滋曲が、1分21秒12。
唯一、フェルニーナだけが1分20秒台である。
「このコースは、いかにダッシュボードに上手く乗るか、と、いかにスピードを維持するか、に懸かっているんだ」
分析して、そしてグリッドにつく。
「…いくぞっ!」
ラディオンの番になり、気合を込めてスタート。
アクセルを踏み、うまくブレーキやハンドリングをこなし、本当に最高速なのかと言わんばかりのスムーズなコーナリングを見せつける。
そして、うまくダッシュボードにも乗り、垂直落下の局面へ。
すると、なんと…
「…さてと」
と呟き、そして360ブースト(1回転)…かと思いきや!
「…回転数に応じたオーバーパワー…見せる時が来たようだ」
なんと! 720ブースト(2回転)を決め、普通のブーストの2倍、加速して吹っ飛んだ。
「!?」
観客全員が、それを見て驚いた。
「2回転…!? 今まで360ブーストは1回転しか見たことないぞ!?」
「それに、加速が異常だったわ! 倍速とでも言うか…尋常じゃない速さ!!」
360ブーストは、回転数に応じたパワーを得ることができるため、720…2回転すると2倍のブーストを得る。1080…3回転なら、3倍だ。
だが、このレースの特性上、出来たとしても2回転まで。3回転となると、特設コースに1つ存在するが、そのコースは “Sクラス” のドライバー…いわゆる
『世界トップランカー』
達のみ走ることが出来る。いわゆる “神の領域” の者達だけが行ける場所。
フェルニーナ達 “神の領域” は、720ブーストを難なくやってのけ、あんなタイムを出しているのだ。
そして、ラディオンが走り終える。
記録は、01:22:42 ( 1分22秒42 )
「まぁこんなもんか。…いや、フェルニーナと言い、ピュピアスと言い、滋曲と言い…これを難なくやってのけるのはバケモンだな…!?」
実際にやって、難しさを把握した様子。
「俺じゃあ、あの繊細な位置調整は、360でしか出来ない…! 何であんな正確に着地点と飛行先が読めて、それでいてピタッと決められるんだよ…」
あまりのレベルの差に、嘆いた。
しかし、難なくラディオンは都内1位を勝ち取る。
続いて、2位から下のタイム。
選手名…タイム
2位
グランド・バルクラシア…01:23:72
3位
マクレディカ・ライザン…01:23:80
4位
シュバレナ・クロツィデム…01:23:82
5位
ヤンガラバナ・アグーロ…01:23:88
6位
フォータム・セゲロマス…01:23:99
7位
フィルカナ・スタンバード…01:24:09
都内2位ですら、1分23秒後半。圧倒的に優勝していたのだ。
しかし、満足していないラディオンは、呟く。
「本戦までに練習あるのみだな。彼らに近づくなら、出来る限り色々と習得しないとな」
ーーー場所は変わって、日本。
この島国でも、都市本戦が始まっていた。
そこには、夏槻 瑛洲斗がいた。
青髪セミロング、青く少し太い眉、緑の瞳の大きい目、黒縁の楕円形メガネをかけていて、大きめの口、深緑色のパーカー、インナーに黒いTシャツ、青いジーパン、赤いスニーカー。
24歳、男。
「師匠が出場していない今、期待されているのは僕だけだ…。頑張るしかないか!」
彼の師匠とは、“滋曲 舞薫”
そう、伝説を残したショートカット魔の、彼女だ。
「日本代表は、あの人だったんだ…! 跡継ぎになれるように頑張るぞ!」
そして瑛洲斗は、自身の船舶 “Liberty” に乗る。
最高速:12 / 20
ハンドリング:10 / 20
加速:13 / 20
バランス型の加速寄り、のセッティングだ。
とても扱いやすい船舶である。
そして、グリッドにつくと、歓声が湧く。
「そういや今日のレース、夏槻 瑛洲斗 が出場するんだってよ!」
「瑛洲斗…? 確か滋曲の弟子で、あの背面ジャンプを成功させたっていう…あいつが!?」
「そうなんだよ! って、噂をすれば瑛洲斗だぞ、あれ!」
「おっ、マジだ!!」
日本では、かなり有名になっていた。
「…割と名が広まってるんだなぁ…。うかうかしてらんないな!」
やる気に満ち溢れる。
そして、今回のランキング戦用コースは、
“PureTech”
スタートはストレート、緩い右カーブから上り坂へ。右シケイン(直角右カーブ直後に直角左カーブがあり、うまく抜ければ直線的に走れるカーブのこと)があり、また上り坂ストレート。そのあと直角左カーブ、横ループ下り、短いストレート後にヘアピンカーブ、ゆるめの右シケイン、そしてジャンプ台があり、左ヘアピン右ヘアピン。右の直角カーブ後にスタートへ戻る。
ここも短めのため、2周する。
最高記録保持者:滋曲 舞薫
記録… 01:03:62
ピュピアスやフェルニーナも成功させているが、滋曲のそれが一番ピンポイントで、完璧なほどスムーズに決まり、滋曲だけが 01:04:00 切りを果たしたのだ!
観客席から、こんな声が上がる。
「確かこの PureTech で、滋曲やピュピアス、フェルニーナ…あの辺が背面ジャンプしたんだよな」
「そして、それを決めた期待の新星が、瑛洲斗ってわけだ!」
と、たくさんの人々からかなりの期待を背負う瑛洲斗は、
「…仕方ない、やるか!」
と、成功させる気満々でスタートする。
最初、そして次…さらに横ループまで無難に走る。
そのあとジャンプ台に差し掛かった時…
あろうことか瑛洲斗は、着地せずに…
VCで右に半回転、そして…
背面で着地し、走行!?
そのあと左ヘアピンの壁に当たったかと思ったら、
跳ね上がり、次の右ヘアピンを無視してスタートに一直線!!
そして、着地して平然と走り抜けた。
「っ!?」
ワァァァアァァー!と、観客席が盛り上がる。
「やっぱ決めてくれたぜ、瑛洲斗は!!」
「そうでなくちゃな!!」
しかし、それでも精度は滋曲やピュピアス、フェルニーナのレベルには届かなかったようで。
記録は、01:05:36
「…やっぱ師匠やピュピアスさん達はレベルが違いすぎる…! でも、いつか追いついてやるぞ!」
こちらも、ラディオンと同じくやる気に満ち溢れる。
ちなみに、以下ランキングは、こうである。
2位
山倉 宣…01:09:03
3位
千材 士郎…01:12:35
4位
神沼 撫子…01:12:39
5位
馬場 龍雅…01:12:47
6位
城谷 賢逸…01:12:59
7位
霧ヶ峰 葵…01:12:88
2位の山倉は、1周目に1度だけ、背面ジャンプを成功させたようだが、2周目は無難に、普通に走った様子。
ーーー所変わって、本場スペイン。
…実は、このレースを考えたのはピュピアスだ、という噂があとを絶たない。
それについては、後々話すとしよう。
しかし、ピュピアスが出場辞退している今、有力な選手は、スペインには2人いた。
ズィーグ・ザスィアレス
赤髪セミロングだが後ろ髪は結っている。少しクセっ毛。赤い眉、黄色い瞳の細いつり目。黒いワイシャツ、インナーは着ていない。そして黒いスーツパンツに、濃い赤茶色のローファー。
29歳、男。
期待の新星で、学習能力がピカイチのようだ。
搭乗船舶:Brillia
『バランス型』
最高速:11 / 20
ハンドリング:10 / 20
加速:10 / 10
そして2人目は、
レジーナ・ピララリュート
銀髪ロング、銀色の眉。青い瞳の細い目に、くるっとしたまつ毛。口紅は薄いピンク。グレーのワイシャツ、インナーはスカイブルーのTシャツ、膝上5センチのジーパン、灰色の運動靴。
25歳、女。
彼女は、フェルニーナの塾出身で、彼女の愛弟子だ。天才ドライバーと言われている。
搭乗船舶:Curious
『加速型・バランス寄り』
最高速:8 / 20
ハンドリング:13 / 20
加速:15 / 20
「今年もスペインじゃレジーナと俺だろうよ。ピュピアスとフェルニーナ出ねえらしいし、ワンツーといこうぜ!」
調子に乗るズィーグ。だが、
「余裕かましてると足元すくわれんぞ、おまえ。3位にいる “クロフィアス・テクロビニア” …奴も、いつかアタシ達に追いつく逸材なんだ」
と、レジーナは注意を促す。
「まだ彼の実力じゃ追いつかねえよ。それより、次おまえの番だぞ、レジーナ」
「はいはい、ったく…調子に乗りすぎんなよ?」
…ちなみに、この2人は付き合っている。
本場スペインにて使用されるコースは、
“MobiusRing”
スタートは直線。そのあと緩い右Uカーブ。そのあと横に捻れたストレートがあり、上下逆になる。逆になって左Uカーブ後、スタート真下に上下逆のストレート。そのあとまた左Uカーブ後に、反対の捻れ。そして平常に戻り、右Uカーブ。そしてスタートに戻る。
かなりシンプルなレイアウトで、短いため、こちらも2周のタイムアタック。
最高記録保持者:ピュピアス・ウォンリン
記録… 00:58:92
このコースは純粋に、コーナリング速度と “寄せ” でタイムが左右される。
だがしかし、ショートカットがひとつだけ…。
それも、2周目に限る。
「あれが出来るのは俺とレジーナだけだろ。クロフィアスは、まだ出来るとは思ってない」
かなり強気な性格のようで、レジーナ以外を認めていないそう。
そしてレジーナは走り終える。
すると、00:59:98 を記録していた。
「マジか!? 1分きったか〜…!」
驚きを隠せず、ズィーグは少しガックシと体を前のめりに曲げる。
「今日はアタシ調子いいかも? インの壁こすって失速しなかったくらいには、攻めて成功してるしな!」
どやっ、と身体を反って上から目線。
「負けてらんねえ! 俺も1分きってやる!」
と、立ち直り、急にやる気に満ち溢れた状態で、グリッドにつく。
すると、ズィーグも…
逆から正への捻れを左から右に大きく曲がり、うまい具合にスタートへ船舶をシュートした。
これが2周目しか出来ない理由として…
スタートへ船舶シュートすると、どうしてもコースに直角になってしまうため、壁に激突して超失速するからである。
「やった! 無事に成功だ!!」
とズィーグが喜んだのも束の間。
記録を見てみると…
01:00:07
と、1分を切っていなかった。
「…ビミョーに届いてねえぇぇー!!」
事に気づき、頭を抱えて悔しがる。
「…」
すると、冷静に分析していたレジーナは、
「最後の捻れジャンプ、飛びすぎ」
と、飛行角度を指摘した。
「…だからか! くっそ!!」
そう反省し、
「まだおまえには届かねえな…! さすがはフェルニーナの愛弟子だな」
と、彼女を褒めた。
「でも、おまえはアタシの彼氏であり、良きライバルな。たとえ塾が違っても、同じレベルの奴がいたってのは今でも嬉しいぞ。ズィーグ」
褒められたが、謙遜し、そして抱きしめる。
「それはこちらこそだ! …今後も、良きライバルの恋人同士でいようぜ、レジーナ!」
そう言い、彼女を抱きしめ返した。
幸せな2人の圧勝で幕を閉じたが、念のため。
3位
クロフィアス・テクロビニア… 01:00:51
4位
エスタニオラ・ペンニガル…01:00:73
5位
パルファ・テクラマス… 01:00:86
6位
アリフォーレ・ガムレステ…01:00:92
7位
クアフィラ・クマンガ…01:00:93
………
…一方その頃、スペインの某宅。
「…まだ表には出ていないが、センスのある操舵手がいるな。アメリカの、キダンドゥの塾に」
と、全世界の情勢を把握しているピュピアスが呟く。
この「Cosmic Challenge Racing (CCR)」は、ウォンリン家が開発し、「Wondline interactive (ウォンリン・インタラクティブ)」社を創設、そして公式に、世界的なレースへ発展したのだ。
そのため、ウォンリン家の自宅は、全世界のレース会場や塾など、情勢を全て把握している本部なのだ。
「…兄さん。それは私も見つけた人だよね?」
と、ピュピアスの妹。
「そうだよ、フィエリア。名前は確か、ベムーナとメシュティ。なんでもキダンのお墨付きのようだからな…」
妹の名は、フィエリアと言うらしい。
「うん。聞いた話だけど、ベムーナさんは、マイル・シグマ が編み出した “ベクトル変換” をやってのけたって聞いたし…もしかしたら兄さんやシグマ、フェルニーナ、マキナスに届くんじゃないかな?」
と、期待を込めてフィエリアは言う。
「本場に出てくるまでは分からないが、私やマキナス、シグマやフェルニーナのレベルに追いつくかは分からないな。可能性はあるけど、出てくるまでは何とも言えない」
そこまで聞いた時、フィエリアが、
「それはそうと」
と、別の話題を持ち込む。
「兄さんが出なくなってから、ズィーグさんとレジーナさん、かなり伸びてる。MobiusRing で、レジーナさんは1分切り始めたよ?」
ほほぉ?と、ピュピアスは少し歓喜しながら、今回のランキング記録表を見て、
「59秒98…やるね。だが、まだまだ。映像を見る限り、捻れジャンプも、純粋な詰めも甘い。速度維持が課題だな…今の国内トップ2は」
と、ちゃんと分析、そして評価する。
「…兄さんも出ればいいのに」
とぼやくと、
「今は出る気が無い。簡単に1位を取れるようでは、レースは燃えない…。シグマ、フェルニーナ、マキナス…あの頃は全盛期だったよ…」
と、心の内を打ち明けた。
ーーーそうしてアメリカ、日本、スペインにて代表が決まった頃、キダンドゥのコズミック塾では……