Crazy Jump
ベムーナとメシュティは、講習用船舶 “Moon” とともに、Crazy Jump サーキットへ。
「アンタには絶対に負けねぇからな! アタシは塾生ん中でトップなんだ。気に食わねぇから、いま潰す!」
「やってみなよ。それで負けたら恥さらしだからね。覚悟は良い?」
「アンタこそ、そんなにタンカ切っておいて完敗なんてしたら恥さらしだぜ?」
もう練習前からバチバチしている。
ここで、今回のコースを説明しておこう。
コース名『 Crazy Jump 』
少し歪んだ右左右のカーブ、ストレートにダッシュボード、左Uカーブ、ストレート後に直角右カーブ、ジャンプ台があり、着地後に右に横ループ下り、ジャンプ台があり、着地後にダッシュボード、右の緩いねじれカーブ、右に横ループ上り、垂直ループ、ループ後わずかな上り坂のストレート、右に横ループ下り、そしてジャンプ台、長いストレートにダッシュボード、右Uカーブ、右に横ループ上り、ジャンプ台でスタートに戻る。
最速記録: 00'42"43 ( 42秒43 )
ドライバー:滋曲 舞薫
滋曲は、誰ひとり真似できないショートカットを編み出し、ピュピアスの 00'44"10 を軽々と超した。誰もが真似を諦めた伝説のショートカットを披露したそうだ。
すると、このコースレイアウトを見て、ベムーナが思い出す。
(ここは確か……滋曲さんだけが可能な伝説のショートカットを編み出したコース…。講師であるキダンドゥさん、それにピュピアスでさえ、真似を諦めたって言われてる…。…見たことはあるけど、あれは、きっと…私には出来ない…)
同時にメシュティも、同じことを考えていた。
(滋曲の“ベクトル変換”…あれが出来ればアタシはコイツにひと泡吹かせてやれるんだ…。本番の最初は普通に走って、あと2回は挑戦してやる…!)
と、ベムーナに対して異常に闘志を燃やす。
「それじゃ、先攻後攻はジャンケンだな」
と、キダンドゥの提案でジャンケンに。
「ジャンケン…」
「パー」
「チョキ」
「…メシュティ先攻だな」
決まった。
「先にブッ千切りのタイム出してやっから覚悟しとけよ新人!」
「出来るものならね!」
またも喧嘩腰な2人。
「…ったく…。メシュティ、練習開始だ」
「…チッ。はいはい」
話を遮るキダンドゥ。嫌々ながら出るメシュティ。
そして練習が始まった。
最初の4周で、明らかに “ベクトル変換” を練習する。
その光景を見たベムーナは、
(…やらないと、負けそうだ…頑張ってみよっか)
と、伝説のショートカットを試みる心意気に。
そして、6周の練習が終わり、バトンタッチ。
「…完成させて見せるよ…メシュティ…!」
宣戦布告を仕掛ける。
「ハン!やってみろよ、出来るモンならなぁ!」
と少し威圧気味に返す。
「…いいライバルになりそうだよ。アンタ」
心の底からバトルを楽しむつもりでいるベムーナ。
練習が始まる。
すると、3周目に…
「っ!? 落ちる…!!」
と、落ちそうになったベムーナ。だが……
上手い具合に半落ちになり、歪みとともに浮き上がり、右側が下の横向きになりながらまっすぐ進む。
この瞬間、ベムーナは思い出す。
(…!? これって…確か、ベクトル変換の…)
と思った矢先、右横ループ上りからコースアウトする直前まで来てしまった。
誰もが「ありゃコースアウトだな」と思った、その時だった……。
ベムーナは咄嗟に右にハンドル切り、コースアウト直後にVCを押す。右回転を掛けながら、ハンドルは左に切る。すると、そのコンボで…
ふわっ……
と、ループを無視して浮き上がり、上に着地したではないか……!!
「…あ゛ぁ!? ウソだろ!!」
一番驚いていたのは、キダンドゥだった。
「…マジかよ…」
と、メシュティは小さい声で驚嘆する。
…しかし、実は……
「…へ? あ、え…ん!? もう垂直ループ…え? あ、成功…したの?」
と、操縦していたベムーナ本人が、成功したのか分からずに、その後を走った。
3周目が終わった時、キダンドゥが止める。
「ベムーナ…待て」
「え? はい…」
言われた通りに止まるベムーナ。
「…悪いな。もう練習も本番もいらない…」
「そうだな…先生」
その決断には、メシュティも同意した。
「…へ? あの、なんで? ちゃんとやらないと決着つかないじゃないですか…」
しっかり者が発動。納得していない模様だった。
「決着なら、今ついたよ」
と、優しい声でキダンドゥが言う。
「負けたよ…。例えあれが偶然でも、狙ってやったとしても…な」
少しムカムカした表情ではあるが、メシュティはベムーナに敬意を評し、握手を求める。
「…偶然だよ。私は納得でき…」
『ない』を言う前に、メシュティが割り込む。
「新人だからってバカにして悪かったよ。アンタはセンスある…塾生トップのアタシですら出来なかった事をしたんだ…」
『呆気なく勝負がつき、きっとベムーナも不完全燃焼なんだろうな…』という思いもありつつ、メシュティはベムーナに微笑みかける。
「…。私は…」
少し間を開けて、また話しかける。
「…完成するまでは、メシュティ…あなたに勝ったとは思わないでいるよ。あれは偶然出来ただけ…私が勝ちを認めてないから」
「…そうかい。その “高みを目指し、さらに上へ” を心掛けてる事こそ、勝利の秘訣だ。大切にしろよ?」
「ありがとう、そうするよ」
ここまで会話を交わしてから、ベムーナは握手に応えた。
「…みんな、早いが塾に戻るぞ。時間もあるし、みんなも練習しようじゃないか!」
「はい、しましょう!!」と生徒達が返事する。
………その後、時間になり、全員が帰宅している頃。
「ね、メシュティ」
「あ? んだよ、ベムーナ」
2人だけは残っていた。
「ごめん、もっかい Crazy Jump いこ。アレ練習したい…!」
「それは良いけど…先生が許可出してくれっかな?」
すぐに馴染むのはベムーナの長所だ。会って数時間なのに、メシュティと完全に仲良しになっている。
そこにキダンドゥも現れた。
「熱心だな? …いいぞ」
簡単に快諾した。
「ただし、夜10時にはガレージ閉めるから、過ぎたら知らんぞ。船泊でもするんだな…船舶だけに!」
いらぬ駄洒落も込みで。
「…さみぃわ!」
「先生、それは寒いです…」
2人の息は、ピッタリ合っていた…(笑)