立ち位置を間違えてはいけません
「おーい、新しい注文だー」
「今度はまともな名前かな?」
「シリアスらしいっすよ」
「シリアス?」
「シアトル?」
「シマリス?」
「シークヮーサー?」
「全然違うだろ!」
「いやー、なんか言わなきゃと思って」
「分かる、分かる」
「お前ら、打ち合わせ始めるぞー」
「「「「「イエ・サー!」」」」」
……………………… 存外、立ち位置ってものは難しい。
立つ場所を間違えたら、気付いたときには転落人生なんてこと世の中には溢れている。
「でね、ユリアーナったら怒鳴ってくるのよ」
ここは学園のカフェテラス。不特定多数が利用する場所。
「ユリアーナ様、もしくはガメロット公爵令嬢」
だから、注意する。
「なんで! あんなヤツ、ユリアーナで十分よ」
外見は可愛いんだけどなー。
ふわふわの淡い金髪に溢れ落ちそうな薄紅色の瞳、健康そうな赤い頬に紅のいらない唇。グランブル男爵令嬢のナル。今学園の話題を総浚いしている令嬢。
「呼び捨てに出来るほど仲いいの?」
そう、呼び捨てに出来るのは同等の地位以上にいる者か、仲のよい友達だけだからね。
「学園は平等でしょ、デラン様」
狙って上目遣いで睨んでくるね。可愛さ倍増してるけど…。
「じゃあ、僕には敬称をつけるの?」
それ以前に敬称も間違っているけど。
「じゃあ、『デラン』と呼んでいいですか?」
はい、アウト。大サービスでもそこは『敬称をつけなくても』とか『呼び捨てで』だよ。聞くためでも呼び捨てにしない。そもそも、僕は講師で『様』で呼ぶこと自体が間違いだよ。言っても理解しないけど。
「ダメ。みんながそう呼ぶようになるから」
現に他の生徒も『様』で呼ぶようになってきたからね。
ちなみに名前に敬称をつける・つけないの会話は五回目? 六回目かな。頭の程度が分かるね。
「えー、私だけです」
自分だけ? それって平等?
けど、気に食わないヤツは呼び捨てで、気に入ったヤツも呼び捨て。特別なヤツを呼び捨てにしたいという気持ちは分からなくもない。
「学園は平等。ナル嬢がそう言ってるんだよ。けど、平等でも礼儀は必要だよ」
分かんないだろうねー。分かったら、何回もこの話題してないよね?
「ご機嫌よう、デラン講師」
綺麗なユリの花が来た。白銀の髪に金の瞳。ガメロット公爵令嬢のユリアーナだ。
「ご機嫌よう、ユリアーナ様。今からブロナマ語の復習かい?」
ため息を吐く様まで洗練されている。さすが、淑女の中の淑女だね。
「ええ、十日後にはいらっしゃるので」
ブロナマ国の使節団が来るから、ユリアーナはその準備に追われている。大変だねー、王太子の婚約者様は。
「ああ、三日後、空けといて」
ユリアーナは怪訝そうに首を傾げて、ナルには思いっきり不機嫌そうな顔をされた。
「しばらくユリウスに逢ってないでしょ。陛下には許可を取ってあるから走りに行こう」
パアッとユリアーナの顔が明るくなった。ほんとに固い蕾が花開くように綺麗に咲き誇る。
「あっ、けれどラファエロ様が…」
けれどもすぐにその花は萎れてしまう。ラファエロはこの国の王太子でユリアーナの婚約者だ。
「陛下に許可されているから。それに約束を破っているのはアイツだし」
気にしない、気にしない。
「ユリアーナ様」
ユリアーナの付き人が躊躇いながら声をかけている。ああ、もう行かないといけないのかな。
「じゃあ、ユリアーナ様、三日後に」
「はい、楽しみにしております」
久々に嬉しそうに笑いながら、ユリアーナは去っていく。
うん、頑張っているのだからご褒美はあげないとね。テンション下がるから。使節団が帰ったら、また時間を作ってあげよう。
「デラン!」
どさくさに紛れて呼び捨てにしない。
「敬称! ユリアーナ様も僕も敬称をつけて話していたでしょ」
「だって、三日後は…」
謝罪が先だよ。ほんとに不敬罪で捕まるって何回も説明したのになー。
「僕は約束してないし。ユリアーナ様のことは王家の約束事でラファエロが守らなければならないことだ」
そうナルは王家の約束事を破らせているんだよ。ラファエロが押さえているけど、いつ捕まっても可笑しくない状態、分かってる?
「えっ? 王家の約束事?」
初めて聞いたって顔してるけど、この話は三回目。
「婚約の条件が月に三回以上の乗馬。婚約者同士親睦を深める目的もあり。だからどっちか片方が参加出来ないのなら中止になる」
それを知ってて、ラファエロに約束を取り付けているでしょ。わざとユリアーナとの乗馬の日に。それを受けるラファエロもラファエロだけど。
「なぜ、こんな約束事があるか知ってる?」
知ってても嘘と思っているだろうなー。
「ユリアーナが馬好きだから?」
「敬称! いい加減にしないと不敬罪で捕まるよ。相手は国一番のガメロット公爵の令嬢なんだから」
「そ、そんなのユリアーナが権力を傘にきているだけじゃない!」
まだ敬称をつけないの? もうラファエロたちでも庇えないよ?
「罪に問うのはユリアーナ様じゃないよ」
ナルはキョトンとした顔になった。
「可愛い娘を馬鹿にされて、大切な家族を虚仮にされて、忠誠を誓った主君を貶されて、ユリアーナ様が宥めていてもいつ爆発するか」
「えっ? 学園は平等で」
ナルの平等は平等じゃないよ。
「ナル嬢が守れてないのは礼儀と常識。それにユリアーナ様をいつも悪く言っているけど、ユリアーナ様を婚約者に決めた国王陛下を悪く言っているのと同じだからね」
「わ、わたし、そんなつもりじゃあ。それになんでそうなるのよ!」
うん、その頭じゃ思いもつかないね。けど、そういうことなんだよ。
「国王陛下が婚約者を選ぶ目が無かったと大声で叫んでいるのと同じだから」
やっと分かった? 真っ青になって。最大の不敬罪してたんだよ。
「まだ学生だからと見逃してもらえてるけど、目に余るようだったら…」
続きは言わなくても分かるでしょ。これで少しは賢くなってくれるかな?
「で、乗馬が条件というのはユリアーナ様は馬さえいたらいいんだ」
真っ青なままでポカンと間抜け面になった顔が目の前にある。
この顔はこの顔でお間抜け過ぎて可愛らしい。
「婚約者に決まった時はすごく揉めてねー、馬に会えなくなるからと厩舎にユリアーナ様が閉じ籠ってしまって」
あん時は大変だった、大人が。下手に馬を刺激して、ユリアーナ様が蹴られてはいけないとオロオロしていた。
「ラファエロがどう言っているか知らないけど、ユリアーナ様は馬と一緒にいたいからって、始めは婚約者にならないと言い張っていたんだ」
初めて聞いたって顔だね。本当だよ。
「婚約者にならなければ馬を処分する(どんな脅し文句だよ)で、ユリアーナ様が婚約者をやっと引き受けたってわけ」
まあ、そのまま間抜け面で聞いていたら。
「けどね、妃教育が過密過ぎてユリアーナ様が馬欠乏症 (これもすごいよね)になってしまって、取られた対策が毎日一回以上馬を見に行く、月に三回以上婚約者と乗馬するが決まったわけ」
乗馬はここ二・三ヵ月守られてないけど。
「だからといって、ラファエロを束縛するのは許せないわ」
だから、敬称。うーん、ラファエロは馬鹿だから許しているかな? それに間抜け面が終わってしまった。あっちの方が頭の中身に合っていて良かったのになー。
それになぜ、『だから』なの? ユリアーナがラファエロを拘束してたら、ナルとラファエロが一緒にいられるわけないのに。
「ナル嬢、ユリアーナ様の一日の自由時間、どれくらいだと思う? もちろん起きてる時間だよ」
知らないだろうなー、これも。
「二時間あったら奇跡。朝から晩までスケジュールが一杯。妃教育に学園での勉強に貴族との社交に婚約者としての公務。さっきも僕と話せたの数分だったでしょ」
つまり、ユリアーナにはラファエロを拘束している時間もナルが言っているよなことをしている暇もない。そんな時間があったら、馬を見に行く時間に変えてるから。
「でも、でも…」
でも、ユリアーナから嫌がらせを受けていると言いたいのでしょ。
「一度、ユリアーナがしていることを体験してみるといいよ」
たぶん無理だと思うけど。
「ふん、ブロナマ語の復習?そんな言葉覚えたって」
意味がない。どうせ属国の言葉でしょ。と続けたいのかな?
確かにブロナマ国はこの国の属国だけど、知っているのと知らないのでは外交に大きく差が出るんだよ。
ナルの後ろに迫る集団にそこにいろと目配せする。僕の私兵が足止めしているんだけどね。
うん、今は邪魔されたくないからね、大人しくそこで″待て″してなさい。
「じゃあ、ナル嬢は外国語をどれだけ話せるの? 王族に嫁ぐのなら側妃でも最低これだけ、神聖クビア語は話せないといけない」
ナルの大きな瞳がさらに大きくなる。
「神聖クビア語って、そんなの覚えられるわけが…」
ない。と言いたいんだろうけど。
うん、神聖クビア語は発音も難しいし、文字もどれもがミミズが這っているみたいで区別しにくい、とても覚えにくい言語だね。
「契約書は神聖クビア語で書くことが多いから、高位の貴族は令嬢でも神聖クビア語を幼少から覚える。権力者の必須言語」
神聖クビア語で書かれた契約は効力を持つから、ちゃんと習得しておかないと大変なことになる。口頭と文面と違う場合があるからね。
「王族に嫁ぐとなると権力を持つ。王族の伴侶が高位貴族に多い理由は教えなくて済むからなんだよ」
知らなかったでしょ。何故、高位貴族が神聖クビア語を覚えるのか。
「そ、そんなの、通訳に任せば」
うん、そうした正妃もいたよ。けど、その結果…。
「マヨイヤ鉱山がフワア国に盗られた」
今日は間抜け面をよくする日だね。
「語学力のない正妃が通訳に任せ、サインしたらそれは鉱山の譲渡書だった」
もちろん通訳は処刑されたよ。正妃もね、公務から外され軟禁された。
「正妃になるなら、神聖クビア語はもちろん、帝国語にブロナマ語、タタン語、フワア語は必要かな」
ちなみにユリアーナは全部習得済みだよ。
「け、けど、ラファエロはユリアーナよりも私の方がいいって」
だから、敬称! まっいっか、最後だから。
「そう。ユリアーナ様との婚約が無くなったら、ラファエロもどうなることやら」
ナルの後ろにいる者たちもギョッとしている。
「ねえ、なぜ、ラファエロが王太子だと思う?」
「そ、それは、第一王子だから。正妃のご子息だし」
後ろも、うん、うんと頷いているけど…。
ブッブー。不正解。愚かだなー。
「国一番のガメロット公爵令嬢が婚約者だからだよ」
全員、どうして? て顔だね。
「正妃殿下の祖国はもうない。ラファエロには母親の後ろ楯はない」
これくらいはナル嬢でも知っているよね? ラファエロの母親、正妃殿下の祖国は帝国に滅ぼされ併合されてるのは。
後ろの連中は分かってきたみたいで真っ青になってきてるよ。
「第二王子の母である側妃は国三番目に権力のある侯爵家でその婚約者は伯爵位で一番権力のある家。国二番目は勢力争いに興味ない。ガメロット公爵家の後ろ楯が無くなれば、ラファエロなんて簡単に引摺り落とされるよ」
ガメロット公爵家は二番三番が束になっても勝てない権力を持っているからねー。僕は敵に回したくないね。
「ガ、ガメロット公爵に守ってもらえば」
ナル、やっぱり馬鹿だね。
「娘が蔑ろにされたのに? 誰がそんな相手たちを守るの?」
ナルやラファエロたちが敵認定になるに決まっているじゃない。
後ろで震えているよ。自業自得だね。
「じゃあ、三日後は楽しんできてね、天気は良さそうだし。僕も乗馬に出掛けるからさ」
さて、後ろの集団もこれ以上待たせては悪いし。
「デ、デラン。その乗馬、私も参加…」
慌ててやって来た金髪碧眼の男はラファエロだ。その側近たちも真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
「ラファエロ、私との約束は!」
ナル、この状態でもそれを言えるって…、最強だね。ブレないその態度は尊敬に値するよ。廃嫡決定の側近たち、慰めているけど、それって意味あるの?
「どの口がそれを言う? それに君たちはナル嬢を取ったでしょ」
ラファエロにはにっこり笑ってお断りをさせてもらうよ。側近たちは真っ青な顔のまま項垂れている。
「それに僕はユリアーナ様を口説く予定なんだから、邪魔しないでくれる?」
「ユリアーナは私の婚約者だ!」
だ・か・ら! どの口が言っているの?
「今さら?」
ラファエロがグッと言葉に詰まっている。
「ラファエロ! 私が婚約者になるんでしょ!」
ナル、またそれが言えるの? 空気読めない子だね。ほら、ラファエロが凄く困った顔をしているよ。
「ラファエロ、お前は立つ場所を間違えた。ユリアーナ様の側に立っていなければならなかった」
ラファエロが眉を寄せ何かに堪えるような顔をしているけど、その理由、間違いだからね。
「なんでよ! なんであの意地悪女の側にラファエロがいなくちゃいけないのよ」
「そ、そうだ! ユリアーナはナルを苛めていた」
ラファエロ、ほんとにそれを信じてる? 楽だからって鵜呑みにしてない?
「もしそれが本当だとしてもお前はそうしないように側にいてユリアーナ様を戒めなければならなかった」
ラファエロ、言っている意味分かる?
ナルを守るのもユリアーナの側にいても出来たと言っているんだよ。まあ、ナルが嘘をついているのが分かったと思うけど。
「まあ、どうしてもナル嬢の方に立ちたかったのなら、接し方を間違えた。礼儀も教養も常識もない男爵令嬢に立ち位置をしっかり教えなければならなかった。ユリアーナ様と並び立てるなど、妄想や虚言を許してはいけなかった」
ラファエロがキッと睨んでくるが、努力していない者がさらに上にいる者と同等と思わせてはいけなかったんだよ。
「そして、お前たちはラファエロが間違えたなら、それを教え正さなければならなかった」
廃嫡決定の側近たちがますます身を小さくして、ギャーギャー騒ぐナルを必死に宥めている。その態度がナルを増長させたのに、ね。分かってないなー。
「それにね、ユリアーナ様がそんなことする時間なんてあると思う? 少しでも時間があれば馬に会いに行くのにさー」
ラファエロが鼻白く怒鳴りこんでくる。
「ナルが嘘を言っていると?」
うん、ナルにとっては真実だろうけど、周りから見たらユリアーナのいい迷惑になっているね。
「嘘よ! 今日も嫌みを言われたわ」
ラファエロ、可哀想にとナルを抱き締めて。呆れるよ。
「それは、留学生のブロナマの王女に食って掛かっていたから叱られたんじゃないか」
立場を弁えなさいと叱られたんだったよね。属国の王女でもナルより身分は上だよ。
「学園は平等よ。王女だからって我が儘は可笑しいわ」
ナル。ナルが誰にでも同じ態度なら正論だけどね。
「我が儘って、ユリアーナ様と同じように敬えと王女に言ったから無視されたんだよね。で、属国のクセにと言いかけた時にユリアーナ様に叱責された」
ラファエロ、何、驚いた顔してるの? 本当のことだよ。
「ナル嬢の平等は、身分の上の者とナル嬢が同じ扱いを受けない時に言う言葉だよ」
全然気が付いていなかったでしょ。側近たちも呆然としてるよ。けど、ナルがそう思い上がったのはラファエロたちの責任だよ。ちゃんとナルにそれ相応の立ち位置を教えず、扱わなかったから、
「だから、国一番のガメロット公爵令嬢であり王太子の婚約者であるユリアーナ様がその立場だからこそ敬われて特別に扱われているのに、末端の男爵令嬢が同じ扱いを受けないから平等じゃないと騒いでいる」
「学園は平等と言っているんだから、平等にするべきなの」
その言葉だけ聞くと正論を言っているように聞こえるね。けど皆平等なんで綺麗事だよ。
「ねえ、ラファエロ。平等と言いながら、何故お昼は特別室で食べるようになったの? それも特別メニューを」
ラファエロ、目が泳ぎ出したよ。
「それは、ラファエロが王太子だからよ」
ナル、平等、平等と言う君が言うの?
「安全面で特別室を使うのはまだ分かる。何故、普通のメニューじゃいけない?」
「そ、それは、ナルが…」
ラファエロは何が言いたいのか分かってきたようだね。
「特別室に入れる人だけが食べれるメニューだからよ」
ナルが胸を張って言うけど、分かっている?
「ナル、それは平等? 学園が平等ならみんな同じなはずだろう」
ナル、しまったという顔をしても遅いよ。
「特別室を使えるのは、特別メニューを食べられるのは、その分余分にお金を払っているからだ。平等にならない分の代償をきちんと支払っている。けど、ラファエロにくっついているナル嬢は? その負担をきちんと払っている?」
「私はラファエロの恋人だからいいの」
ナル、それは答えになっていないよ。
「ねえ、ナル。特別室を使えるのは、特別メニューを食べられるのは代償をきちんと支払っているからと言ったよね」
「わ、私、そんなお金、ないわよ」
そんなこと分かっているよ。お金があっても払う気がないことも。
「特別扱いしてほしいのなら、特別扱いしてもらえる代償をきちんと支払っている?」
うん、意味が分かってないね。
「ユリアーナ様は″特別″の代償を支払っているから、″特別″なんだ。妃教育もそう、プライベートな時間が無いのもそう、常時人目に晒されているのもそう。王太子の婚約者だから当たり前のことだけど、王太子の婚約者の立場にいるために犠牲を払って努力をしている」
分かるわけないよね。
「ナル嬢は、ラファエロの隣に立つための代償を支払った? ナル嬢が何も努力しなかったから、ラファエロはユリアーナ様ではなくナル嬢を選んだ代償を王族から離籍という形で支払うことになりそうだよ」
あ、ラファエロが膝をついてしまったよ。
「り…せき…」
うん、そうだよ。再三の忠告も無視したからね。
「なんでラファエロが王族じゃあ無くなってしまうのよ」
うーん、説明しても分からないだろうなー。
「ラファエロがナル嬢の躾を失敗したから」
これが一番妥当かな? ラファエロは、ナルの言いなりじゃなくて、ナルを自分に相応しく教育しなきゃいけなかったから。
「デラン様」
私兵が耳打ちしてくれたことに笑みが浮かぶ。
きっとユリアーナが喜んでくれるだろう。
「デ、ラン?」
ナル、敬称!
「名前を呼びすてにすることを許してないよ」
私兵がナルを拘束する。
「デラン!」
ナルを助けようとするラファエロたちも私兵が押さえている。
「ラファエロ、不敬罪。僕は何度も注意したよ。敬称を付けるように、と」
ラファエロは何か言いたそうにしているけど、言葉が出ないみたい。
「で、でも、学園は平等で…、私とデランはとも…だち…」
ナルはほんとにブレないねぇー。図太いというか。
「ふーん、ナル嬢が友達と思ったら、相手が駄目だと言っていることもしていいの」
ナルは、えっ、その、あの、と言葉を探しているけど、平等と友達だからでは逃げられないからね。
「余罪も上がっている。連れていけ」
せっかくいい情報が入ったのに、気分を悪くしたくない。
騒音が去っていくのにホッとする。
「で、生まれたのはオス? メス?」
ユリアーナのソクラテスに子供が生まれた。三日後には触れることが出来るといいな。
「オスでございます」
そっか、オスかー。ソクラテスのように賢い馬になるんだろうな。
「デ、デラン」
あっ! まだこいつら居たか。
「ラファエロ、城に戻りしっかり考えろ。ナル嬢を選ぶもよし、僕のように王位継承権を放棄するもよし」
その側近たちも連れていけよー。
ラファエロと婚約を解消したガメロット公爵令嬢ユリアーナには、求婚が殺到した。国内の貴族はもとより、帝国の皇子、ブロナマ国の王太子、周辺諸国の有力・有望と聞こえてくる者たちが挙ってユリアーナの婚約者にと立候補した。
国二番目に権力を持つ王弟デランが兄の国王を説得しながら求婚者たちを蹴散らし、一番の障害であったユリアーナの承諾を手に入れられるようになるには延べ三年の月日を要したと記されている。
「パンフレットに載せる情報な」
「はーい」
「あれ? ナルが一番なんでっすか?」
「ああ、ヒロインだからな」
「うーん、没落ヒロイン?」
「ユリアーナ、情報、少なくない?」
「馬バカは…」
「「「「「(いらないんじゃない?)」」」」」
ナル(17歳)
男爵令嬢 自分勝手 なんでも思い通りになると思っていて、今まで偶然思い通りになっていた 不敬罪を始めとした様々な罪を償うため炭坑の賄い婦として使役される
ユリアーナ(17歳)
公爵令嬢 馬好き・馬バカ 馬が側にいる生活が出来たら幸せ
デラン(23歳)
王弟 先王の十五番目の王子 ユリアーナと婚約したかったが、権力の集中を避けるために却下されていた 学園には臨時講師として赴任していた
ユリアーナに一目惚れして、苦労させないように様々な事業に手を出し成功させ、気が付いたら国二番の財力を築いていた もちろん牧場経営もしており、ユリアーナ好みの馬が揃えられている
ラファエロ(18歳)
王太子 ユリアーナと婚約していたが、ナルに惹かれナルを婚約者にしようとしていた ユリアーナと婚約を解消した後は一代だけの侯爵位を賜りお飾りとして過ごす
誤字脱字報告、ありがとうございます(2021.11.11)