第九話 恨み
むせ返るような血の匂いが、家に充満していた。
ジャッキーの胴体は、玄関先の廊下に横たわっていた。
「……ぁ、え?」
ナタリーの声が弱く震えている。
俺は、ナタリーを引っ張って外へ出した。
聖剣を抜いて構える。
――気配は無い。
だが間違えなく、誰かが家に入ってきて、ジャッキーを殺したのだ。
それから俺は、家中を調査して、他に異常がないか調べた。
床に足跡やらが着いていた以外、他に異常はなかった。
母は相変わらずだし、不気味な程、ジャッキーの死体以外に気になる所はなかった。
泥棒でもない。
ただ、ジャッキーを殺すためだけに不法侵入したのか……?
ジャッキーの元に戻ると、ナタリーが死体を抱きしめて泣いていた。
ナタリーは、ジャッキーととても仲が良かった。
俺にとっても、ジャッキーは唯一の友達だった。
「……許さねぇ」
ギリ、と聖剣を握った。
どこの誰だか知らないが、必ずやり返す。
ジャッキーの味わった苦しみの、何倍もの痛みを味あわせてやる。
翌日――。
昨夜、急遽庭に作ったジャッキーの墓に手を合わせ、俺とナタリーは家を出た。
今日も、ナタリーには学校の屋上でスタンバイしてもらう事にした。
確かに剣が近くに無いのは不安だし、家が襲撃にあったとあれば、そんな所にナタリーを置いておく訳には行かない。
「じゃあ、私はここから飛んでいくのです。勇者様、気をつけて欲しいのです」
「ああ、ナタリーもな」
ナタリーは涙の跡を拭って、空へ飛んで行った。
俺も踵を返して、学校へと向かう。
とにかく、俺の周囲で一番怪しいのはキジマ達だ。
異様な気配のしたあの夜――、夜の学校に現れた悪魔が、キジマ達に何かしたのではないだろうか。
最早そうでも無いと、傷が治った説明がつかない。
◇◇
学校に着くと、やはりキジマ達がいつも通りにピンピンしていた。
俺の机は相変わらず落書きだらけ。
まあ、もうそんなことどうでもいい。
俺は教科書を机に入れてから、キジマのもとへ向かおうとした。
――グチョリ
と、机の中から、嫌な音がした。
虫でも入れられたか、と俺は教科書を出して、中を覗いた。
……そこには、何かの死体の頭部が入っていた。
心臓が、凍りついた。
勇気を振り絞ってそれを引っ張り出してみると、――それは、ボコボコに変形して原型をとどめていない、ジャッキーの頭部だった。
「ギャハハハハハ!!!!」
キジマが、笑う。
それを引っ張られるように、不良達が笑い出す。
教室は大爆笑だった。
「黙れ」
殺意を込めて、キジマを睨んだ。
――しかし、誰も怯みすらしない。
「その犬、お前のお気に入りなんだってなぁ。可愛がってたんだって?」
キジマは、俺を指さした。
「だから気を使って、俺も優し〜く可愛がってやったんだぜ? 感謝しろよぉぉぉ、綺麗に首取るの大変だったんだからサァ」
「言いたいことはそれだけだな」
「まだあるぜ」
踏み込もうとした俺を、キジマは睨んだ。心底恨みの篭もった視線だった。
「放課後、旧校舎に来い。妹に死んで欲しくなかったらな」
キジマ達はそう言って、教室を出て行った。
妹――、サツキを、アイツら人質に――。
――いや、どうでもいいだろ、あんなヤツ。
サツキを助ける? 俺の事を陰で嘲笑っていたようなヤツを?
「クソがっ!!」
自分の机を全力で叩いた。
すると、べコンッと大きな音がして、机は潰れてしまった。
残った生徒達が、悲鳴を上げ、唖然と俺を見る。
俺もその後、教室を出た。
とても授業を受ける気にはならなかった。
屋上へ登ると、ナタリーが居た。
エルフの姿で、屋上の隅で足を投げ出して座っていた。
――先程の教室でのことを思い出す。
ジャッキーの頭部は、カバンにしまっておいた。
そうするしか、出来なかった。
帰ったら、墓に埋めてやろう。
俺はそう決意する。
「ナタリー」
「きゃぁっ!!」
驚いて下に落ちるナタリー。
しかし、すぐさまパタパタと飛んできて、俺に不満そうな視線を送った。
「お、脅かさないで欲しいのです! 勇者様っ!」
「ああ、悪い。脅かすつもりは無かったんだ」
俺も同じように足を投げ出して座ると、ナタリーが横にちょこんと座った。
「勉強は、よろしいのですか?」
「ああ。ちょっと色々あってな。……妹が、ジャッキーを殺したヤツらに人質に取られたみたいなんだ」
「なっ――、ほ、本当なのですっ!?」
俺は頷いた。
「な、なら早く助けないとなのです!」
「……でも、妹は殺したヤツらと、とても仲が良かった。一緒になって俺を嘲笑っていたんだ。それでも助けるべきだと思うか?」
ナタリーは、うーん、と考え込んだ。
少し難しいことを聞いてしまったかもしれない。
「勇者様は、迷っていらっしゃるのですね?」
「ああ、かなり迷ってる。サツキだって、俺を苦しめていた奴らの仲間だったんだ」
「でも、迷っているのなら、やっぱり助けた方が良いと思うのです」
ナタリーはたんっと立ち上がった。
そして、ニッコリと頬笑みを浮かべた。
「もし助けなかったら、きっと後悔するのです。『もし迷ったら行動あるのみ』! これ、私の国の格言なのです!」
「……そっか、そうだよな」
俺は、拳を握り締めた。
そうだ、助けなければならない。
勇者としてではなく、兄として。彼女は、何があったって、たった一人しかいない俺の妹なのだから。
「それに、ジャッキーを殺したヤツらを放ってはおけないのです。勇者様、目にものを見せてやって欲しいのです!」
「……ああ、任せろ」
ナタリーが差し出した聖剣を、俺は受け取った。
旧校舎――、それは、この校舎から少し離れた場所にある木造の建物だった。




