第八話 ナタリーとの登校
学校への道のりは、どこか清々しい気がした。
道行く生徒たちの視線も、今は気にならない。
もう、学校に行っても、俺を表立って攻撃するやつは居ない。
ヤツらは今頃病院のベッドに居るか、死体安置所に居るかのどっちかだろう。
……いや、まあ殺していないのだから、それは無いだろうけど。
殴られることに怯えなくていいのが、こんなに心地のいいものだなんて知らなかった。
にしても、今日は妙に視線が多い。
一体何がそんなに珍し――、
「……おい、ナタリー」
「はいなんでしょう勇者様?」
振り替えずに聞くと、後ろから聞きなれた声が帰ってきた。
ため息をついて振り向くと、人間化したナタリーが、布に包んだ聖剣を持ってニッコリと笑っていた。
服装も違和感のない外着に変化しているので、傍から見れば外国人の美少女にしか見えない。
「なんで着いてきてるんだ?」
「もうっ、最初に言ったのです! 勇者様がいつでも戦えるように、私が聖剣を持ってお傍にお仕えするのです!」
「ダメだ。学校は関係者以外立ち入り禁止だからな」
「そんな事言ってる場合じゃないのです! 四天王が急に襲ってきたらいくら勇者様でも……」
「わかった、わかったよ。あとあんまり外で勇者様って言わないでくれ」
俺は周りを気にして言った。
このエルフ、なかなか強情だ。
しかし、学校に入れる訳にも行かない。
いかんせん目立ちすぎるし、先生に追い出され――いや、ここの教師は事なかれ主義者ばかりだし、何もしないかもな。
――取り敢えず、妥協案を考えよう。
「じゃあ、学校の屋上とかで待っててくれ。そこなら、なにか起こったら直ぐに俺の教室までこれるだろ?」
ナタリーはうーん、と考える。
「仕方ないのです……。それで妥協するのです」
「よし、じゃあ早速屋上に飛んでいってくれ。ナタリーが近くにいると、視線が痛いんだよ」
ナタリーを人気のない所に手を引いて連れて行く。
「勇者様……本当に気をつけてほしいのです」
ナタリーはそのまま、エルフの姿に戻り、空へ飛んで行った。
◇◇
学校へ到着した俺を襲ったのは、衝撃だった。
――昨日再起不能まで叩きのめした筈のキジマ達が、普通に教室に居たのだった。
キジマは俺をちらっと見ると、直ぐに興味を失ったかのようにまた友人達と馬鹿笑いを始めた。
どういう事だ?
キジマ達は、全く無傷のように見える。
俺は、一晩で全快するような、優しい攻撃をしただろうか?
俺は自分の席に座って、薄気味悪い何かを感じていた。
――その日いっぱい、俺はキジマ達に絡まれることは無かった。
◇◇
「勇者様って、お友達がいらっしゃらないのですか?」
帰宅途中に突然ナタリーが言った言葉に、ちょっとむせた。
……そんなストレートに聞かれると、ちょっと来るものがある。
「実は教室の窓からずっと覗き見していたのですが……勇者様誰ともお話にならないのです」
「そうだよ。俺には友達なんて奴はいない」
唯一信用していた妹に裏切られた今、現実世界の誰も、俺の味方では無かった。
それよりも、キジマのことがチラチラと頭に映る。
ヤツら、どうやって快復したんだろう。
「なぁ、ナタリー。昨日全身骨折した人間が、翌日全快してる、なんてことあり得ると思うか?」
「有り得るのです、と言うか、出来るのです。私も回復の術を少し齧っているので、多少の怪我なら一日掛ければちょちょいのちょいなのですっ!」
やっぱり、そうだよな、と俺は考え込んだ。
まさか、異世界の何かがキジマ達を回復させた?
……考えても、答えは出ない。
とにかく今は、魔王軍の四天王とやらに警戒しなければならない。
「…………」
「どうしたナタリー」
帰宅途中、急に通りがかった商店街で、ナタリーが立ち止まった。
不審に思って振り向くと、コロッケ屋をじっと見つめている。
……食べたいのだろうか?
俺は何も言わずに、コロッケを二つ買って、ナタリーに手渡した。
「えっ、いや、あの、悪いのです!」
「あんなに欲しそうにしてたろ。それに、ちょうど俺も食べたかったし」
そう言うと、ナタリーは顔を赤らめながらコロッケを受け取って頬張った。
「……美味しいのですっ!!!!」
◇◇
「うぅ……またコロッケが食べたいのです……」
「今度買ってやるってば」
時刻は深夜――、俺とナタリーは夜の街を巡回していた。
帰りに食べたコロッケが嫌に気に入ったらしいナタリーは、ずっとコロッケコロッケとコロッケのことしか話さないので、なんだか緊張感にかける。
「ジャッキーにもあげたかったのです……」
「じゃあ、今度はジャッキーの分も一緒に、な」
「本当なのです!? わーいっ!!」
無邪気に喜ぶナタリーと、俺はまた夜の街を練り歩く。
そんな、何気ない雑談をしながら歩いていると――。
ナタリーの耳がピクリと動いた。
「悪魔がこっちへ来ているのです。上級悪魔の……、感じる限りでは、かなり力が強そうなのです」
「へぇ、強いのか」
「そっちの角から、来るのです。勇者様……」
強い、と言うのはどれくらいなの? と聞きたいのは置いておく。
聖剣を取り出して、構えると、正面の角から、巨大の化け物が姿を現した。
黒い黒い鎧をまとった、巨大な剣士の様な外見だった。
「あっ、あれは! デビルナイトなのです! S級ランクの悪魔なのです!」
「……S級って、どれくらい強いんだ?」
「討伐隊を組んで倒せるかどうか……勇者様、今の私たちには荷が重いのです! 早く逃げるのです!」
ナタリーが俺の手をグイグイ引く。汗に滲む顔は、そのデビルナイトとか言う怪物がどれだけのものかを語っていた。
デビルナイト、と言う怪物は、既にこっちに走り始めていた。
なるほど確かに強そうだ。
しかし――、俺の中の本能は、『行け』と囁いていた。
「勇者様っ!」
「心配すんな。……多分やれる」
俺はそう言い残して、走った。
剣を振りかぶると、敵も剣を構えた。
――剣と剣が衝突し、火花が散る。
衝突、
衝突、
衝突。
鉄骨と鉄骨がぶつかったような音が、辺りに響く。
敵の剣は、重くて、早かった。
きっと普通の人間なら、初撃すら認識できないに違いない。
だが、俺は反応できていた。
敵の剣を、正確に聖剣で弾き飛ばす。デビルナイトの怒涛の攻撃は、確かに恐ろしい程強力だ。
だが、――全て、見える。
これなら、行ける。
勇気を出して踏み込めば、その首を撥ねることが出来る。
しかし、いくら見えているとはいえ、デビルナイトの息もつかせぬ剣戟の中に滑り込むなど、正気の沙汰ではない。
――だが、死ぬ事が怖くない俺は別だ。
剣を紙一重で避け、そのまま俺は前進する。デビルナイトは、一瞬で剣を振りかざし直し、俺へと落とした。
だが、それも体を仰け反って避ける。
そして前進。
さあ、射程内だ。
聖剣を振りかぶる。
そして――。
デビルナイトに次の手を打つ間も与えず――、その身体を真っ二つに切り裂いた。
「……すごい、のです」
ナタリーが唖然として呟いた。
俺はデビルナイトが霧になって消えてゆくのを見届けてから、ナタリーの元へ戻った。
「じゃ、今日はもう帰ろっか」
帰り道、ナタリーは俺がどれだけすごいことをしたのか一から説明してくれた。
デビルナイトの強さ、厄介さから始まり、それを真正面から剣術で倒した俺を、キラキラした目で賞賛した。
俺も、俺自身に驚いていた。
ただ何となく戦っただけなのに、こんなに戦えている。
勇者の力ってのは、全くもって滅茶苦茶なスペックのようだ。
俺が産まれて以来、何も才気めいたものが無かったことを考えると、もしや俺のスキル割り振りは『勇者の力』に全振りされているのではないだろうか?
「今日は私がエルフ村の郷土料理を作るのです! お祝いなのです!」
「えっ、ナタリー料理できたのか?」
「あまり舐めないで欲しいのです! 絶対美味しい料理を、勇者様と、ジャッキーに振舞ってみせるのです!」
「そりゃあ楽しみだ」
誰かの手料理を食べるなんて、初めてかもしれない。
俺達は、すっかり浮かれ気分で家に戻った。
「……あれ、鍵空いてるのです」
俺がポケットから鍵を探していると、ナタリーがそう呟いた。
ナタリーはガチャりと、扉を開けた。
――その先にいたのは、寝転んだジャッキーだった。
しかし、よく見ると――
――首から上が、無い。
頭部が、消滅しているのだった。




