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第七話 予感

 家に帰ると、ナタリーとジャッキーがじゃれあっていた。

 相変わらず仲がいい。ジャッキーも完全に心を許しているようで、ナタリーの胸の中で安心したように目を細めている。

 少々羨ましい。


「勇者様、なんだかお悩み事があるようなお顔をされているのです」

「……そうか?」


 ナタリーは、ジャッキーを抱き抱えて、俺を覗き込んでそう言った。


「……まあ、色々あったんだよ。気にしなくていい」

「いえ、気になるのです! 勇者様の心のケアも私の務め! なんでも相談して欲しいのです!」


 自分の胸をポンと叩いて、ナタリーが言った。

 ナタリーのひたむきな様子を見ていると、汚れた世界から救われるような気分になり、自然と頬が緩んでしまう。


 ナタリーはちょっと顔を赤らめ、ぷくっと頬を膨らませた。


「冗談ではないのです! 本当に私は勇者様を心配して……」

「ああ、分かってるよ。戦闘に支障は無いから大丈夫だ」


「クゥーン……」

「ほら、ジャッキーも心配してるのです!」

「……ははっ、まあそうだな。早めに切り替えられるように努力するよ」


 俺は深呼吸して、夜を待った。

 ナタリーとジャッキーが遊んでいる光景が、純粋で妙に心に染みた。



 ◆◆



「ちくしょう、あいつ、クソッ、絶てェぶッころす、絶対ッ」



 校舎裏の惨状は、シンヤが帰った後も、そのままだった。

 理由は、誰一人動けなかったからだ。

 骨が折れている者が殆どだし、救急車を呼べる余力のある者も居なかった。


 サツキは座り込んで、顔を膝に埋めて、ガタガタ震えたまま動かない。


 月光が、その様子を照らしていた。



「ころす、ころすころすころす。絶対ころす。クドウ シンヤ、アイツは俺が……殺す!!」


 キジマが吠える。

 かつての嫌味な顔はもう無く、ボコボコに腫れた哀れな顔がそこにはあった。




『――ソノ願イ、ワガハイガ叶エテヤロウ』




 ――その時、キジマは見た。

 黒いマントを羽織った、謎の人物が空から降りてくるのを。



 ◆◆



 夜になり、巡回を始めたその時。


 ――ゾクリ、と、俺の身体が一瞬震えた。


 何かを感じとったのだ。

 急いで横にいたナタリーを見ると、青ざめた表情をしていた。


「なあ、ナタリー。今何か……」

「凄い反応を、感じたのです……。これは幹部、いや、四天王クラスの――」


「何処だ? その反応って言うのは」


 俺は、肩に担いだ聖剣を握り絞めた。

 ナタリーはそんな俺の様子を見て、ぐっと頷いた。




 ナタリーは、どんどんと夜の街の中を進んでゆき、とうとう俺の通学路に出た。

 そこから、どんどん学校のある方角へ進んで行く。


「反応が、なんだか弱くなってるのですっ!」

「――じゃあ、急ぐぞっ!」


 俺はナタリーを担ぎ、全力でジャンプした。

 俺の身体は、高く高く飛び上がり、地面が遠くなった。

 ――相変わらず、この身体能力には驚きだ。


 俺はそのまま、民家の屋根に着地して、そのまま屋根から屋根へ走り出した。


「このまま真っ直ぐでいいのか!?」


 きゃっ、と悲鳴を上げるナタリーに大声で問う。


「は、はいなのですっ! あそこなのですっ!」


 ――ナタリーが指さしたのは、やはり俺の通う学校だった。





 俺は高校の正門前に着地した。

 校舎は深夜なだけあって、電気のひとつも付いていない。


「まだ、反応あるか?」

「……いえ、もう何も感じないのです。逃げられたのです……」


 俺はナタリーを地面に下ろした。

 そして、改めて校舎を眺める。


 四天王――。名前から察するに、相当に強い奴らなことは間違いない。

 何故そんな奴が、この学校に居たんだ?




 俺たちは、柵をとびこえて学校内に侵入した。

 と、言っても、学校の中には鍵があるので入れない。あくまで周りから様子を伺うだけである。


 ……つまり、必然的に、いつもの校舎裏を見ることになる。


 ――サツキは、まだ校舎裏に居るのだろうか。


 そこまで考えて、俺はため息をついて首を振った。

 あいつの事は、もう忘れよう。

 あいつは実の兄が殴られるところを、影で眺めて、笑っていた。


 そんな奴、たとえ悪魔に食われたって、同情など出来ない。



 ……だが、その事実に、俺の心はまだ追いついていなかった。

 大丈夫だ。もう、あれから大分時間が立っている。

 奴らがまだ居るはずない。


 俺は少し慎重に、校舎裏に行った。

 そこには――、



 ――誰もいなかった。


「……んだよ」


 自分がバカバカしくなって、俺は正門前へと戻った。


「勇者様〜!」


 ナタリーがフワッと着地する。そして、ふるふると首を振った。

 空から探索していたナタリーだったが、何も見つからなかったらしい。


「逃げられたみたいだな」

「はいなのです……でも、今出会わなくて逆によかったかもなのです」


 ナタリーの口調は、四天王の恐ろしさを物語っていた。




 俺とナタリーは、しばらくして学校を後にした。


「今日は帰るか。もうだいぶ遅くなっちまった」

「そ、そうですね。私もお腹がペコペコなのです……」

「じゃあ、何か買って帰ろうか」


 俺は、今日起こったことを振り返りながら、ナタリーとゆっくり帰路を歩いた。


 キジマ、そしてサツキ。

 アイツらにはもう、借りは返した。まだ俺の気分はすんでいないが、もう関わらないようにしよう。

 ヤツらのことを考えるれば考えるほど、俺の心の中にドス黒い物が溜まってゆく気がした。


 そんなの、溜めるだけ損だ。


 ナタリーは、空に広がる星を見上げながら隣を歩いている。


 ――そうだ、この問題は、もうおしまい。

 俺はナタリーと共に、勇者として戦うことに専念しよう……。





 その夜も、サツキは帰ってこなかった。



 ◇◇



「やっぱり、ちょっと危険なのです、勇者様……」

「何が?」


 制服を着ながら、俺は背後で不安そうに俺を見ているナタリーを見やった。


「昨日のアレなのです! あの気配は間違いなく、魔王軍四天王クラス……そんなやつが近くに居るのに、聖剣を持って行かないのは危険なのです!」

「……まあ、確かに」


 でも、さすがにあんな馬鹿でかい聖剣を持って学校に行く訳にもいかない。

 だからいつもは家に置いてあるのだ。


「けど、悪魔は夜にしか活動できないんじゃなかったのか?」

「それは普通の悪魔だったらの話なのです。知性のある悪魔は、ちゃんと対策をとるので出てこないとは限らないのです」


 ナタリーは深刻そうに考え込む。


「勇者様の強い力を、向こうも感知してるはずなのです。何時狙われてもおかしくないのですよ」

「その時はその時だ」


 カバンを持って、俺は下へおりた。

 結局、サツキはあの後帰ってこなかった。

 またどこかであんなヤツらとつるんでいるのだろうか。

 もうどうでもいいことだが。


「じゃ、行ってくるよ。まあ大丈夫だから、そんなに心配すんな」


 俺は家を出た。

 学校へ行くのは、いつも気が重かったのに――、なんだか今日は体が軽かった。

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