表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/45

最終話 自由へ

 ――暗い、暗い闇の中に浮いている。


 全身の感覚は無い。


 もう、痛みすら恋しい。


 何十年、このままなのだろう。

 いや、もしかしたら一日も経って居ないのかもしれない。


 声も出ない。耳も聞こえない。脳だけが、生きている。



『――よう』



 そんな闇の中で、別に聞きたくもない声が聞こえた。


 ――なんでここに居るんだ、お前。


『いやぁ、ちょっと忘れてたことがあってな』


 その男が何をしようと、もうどうでもよかった。

 とにかく、俺は待つだけだ。

 いつか、この闇が晴れるかもしれないという希望を抱いて。


 でも、少し聞いてみたいことがあるのを思い出した。


 ――なんで、あの時俺を庇ったんだ。


『ん? だから言ったろ、気の迷いだって』


 ――そんな気の迷い程度で、復讐を止めたのか?


『あー、お前、まだ分かってなかったのか?』


 男は、ケラケラと笑った。

 俺はその声を、無感情に聞いた。

 腹を立てることなんか忘れてしまった。

 この世界では、感情を持つことは狂気へと直結する。


 だから、いつか起きることが出来た時、思い出す事にしていた。


『あのなぁ、俺だって復讐なんかどうでもよかったんだよ。――お前が勇者やってた理由と同じだ。死のうと思ってた時に頼まれたから、やろうと思っただけだ』


 ――恐らく、あの金髪の少女だろう。

 しかし、やっぱり納得いかない。


 ――いや、違う。もし俺と同じなら、任務を完全に遂行するはずだ。躊躇って敵を庇うなんてするわけない。


『……ああ、まあ、そうかもな。

 ――とりあえず、俺も思うところがあったってワケだ』


 ――どういうわけなんだ、教えろ。


『しょうがねえなぁ……。――お前が、本気で生きようと思っているのが分かったからだよ。俺は別に死んでもいいと思ってたから、ちょっとお前に譲ってやっただけだ――っと、終わったぜ』


 そいつの声は、それっきり途切れた。

 何をしていたのか、興味も湧かなかった。




 時間だけが、のろまに流れてゆく。






 ◇◇






 ◇◇






 ◇◇









 ――それは、あまりにも突然だった。


 光。――もう何千年も見ていなかった気がする、懐かしい光が見えた。


 もう忘れかけていた、痛みが全身を襲った。

 ――ずっと使っていなかった、神経が機能し始めた。

 全身に感覚が宿る。

 目が見える。音が聞こえる。


 瞼をゆっくり開くと、全て世界がぼやけて見えた。

 白い、とても白い部屋に俺はいるらしい。



 ――そして、ゆっくりと横を向いてみた。

 何かの棚の上に、花瓶が乗っている。そこに、花が入れられていた。


 視線が横になっているってことは、俺は今横になっているのか。

 ちゃんと自分の体の方を向いてみると、病院にあるような真っ白なベッドがあった。



「……、シンヤ」



 ――そして、その反対側から、懐かしい声色が響いた。

 誰の、声だっけ。

 俺は、力を振り絞って、ギシギシと鳴る首を動かして反対側を見た。

 そこには、誰かがベッド脇の丸椅子に座っていた。


 妙に大人っぽい――、から、もうすっかり大人の女性になった、あの少女が、そこには居た。

 カオルは涙を流しながら、俺の顔に手を当てた。


「…………お帰りなさい」







 ――――そして俺は、三年余りの昏睡から目覚めた。








 ◇◇







 何故、目覚められたのかは、俺にも分からない。

 ただ、原因だけが分かる。――俺の体に、あの男に奪われたはずの『勇者の力』が少しだけ戻っていたのだ。


 その力が、俺の体を修復してくれた。


 もしかしたら、あの男が俺に返したのかもしれない。

 ――まあ、なんでもいいか。こうして生きてるんだし。


 カオルには、本当に世話になった。

 カオルはあの後、倒れた俺を何とか運んで軍に保護された。


 その後、俺は魔獣に襲われて昏睡状態になったとカオルは説明し、俺は入院した。


 カオルは、それからほぼ毎日、俺の世話に病室に来たのだとか。

 三年間、ずっと。――本当に、頭が上がらない。



 日本は、まるで大戦後のように急速に復興して行った。

 魔獣は掃討され、まるで世界が急いで異世界の跡を消そうとするかのように、あの大騒ぎは忘れ去られて行った。



「シンヤ、リハビリどう?」



 ――物思いに耽っていたところに、カオルが病室へ入ってきた。

 カオルはもう、完璧に大人の女性だ。カオルはあの後、ちゃんと大学に入って、今も勉強している。


「順調だよ。――だからカオルも、何も毎日来なくたっていいんだぞ?」


 カオルは、くすくすと笑って、


「もう習慣になっちゃった。だって三年だもん」

「……大学生なんだし、もっとパーっと遊んだりしないのか?」

「私、そういうの苦手だし」


 カオルは、カバンから文庫本を取り出した。


「これ、頼まれてたやつ」

「お、サンキュ」




 カオルは、どうしてこんなに俺に良くしてくれるのだろう。

 ――そう、何度も考えた。

 直接聞いたら、「ナタリーに頼まれたから」としか返されなかったけど、何か他の要因がある気がしてならなかった。




「……じゃあ、そろそろ消灯だし、私帰るね」

「ああ、気を付けてな」



 ――カオルは、そう言って帰って行った。


 ――要因なんて、分かってる。とっくに気がついていた。

 ただ、気づきたくなかったのかもしれない。

 カオルにまだ甘えたかったのかもしれない。

 ――でも、それももう終わりだ。


 俺が新たな人生を踏み出すように――、




 ――彼女もまた、解放されなければならない。







 ◇◇







「ふぅー……」


 カオルは、かじかむ両手に息を吹きかけながら、もはや見慣れてしまった病院へと足を運んだ。

 ――ここに、シンヤが入院している。


 カオルは、そこに毎日通っていた。

 友達に、少しは休んだ方が、と何度も言われた。――でも、カオルはそんな事したくなかった。


 自分が行きたいから行ってる。――彼に会いたいから、私は通ってるの――。


 カオルは、友人は沢山作ったけれど、決して交際はしなかった。

 ――ただ一人、心に決めた人が目覚めるまで、待とうと決めたからだった。


 その人が、ようやく目覚めてくれた。


 ――そして、もうすぐ退院間近だ。


 最近は、ずっと浮かれている。

 彼が退院した後のことを考えると、とても、子供のように楽しい気分になった。



 病院の扉を通る。

 そして今日もまた、彼の部屋に――、







 ――でも、その病室には誰も居なかった。



「今朝、退院されましたよ?」



 ナースに聞くと、そんな答えが返ってきた。

 どこへ行ったのか聞いた。

 誰も知らない。

 誰も教えてくれない。


 ――なんで、なんで、なんで、




 呆然と、カオルは病院を出た。

 来た時の気分が嘘のようだった。


「……シンヤ」


 ――その時、スマホが振動した。

 カオルは急いで、それをポケットから出した。

『公衆電話』――、きっと、彼だ!!


 カオルは急いで電話に出た。

 スピーカーの向こうから、彼の声が聞こえてきた。


『カオル?』

「シンヤっ!! 退院したって本当!?」

『ああ、本当だ。全部、カオルのおかげだよ』

「お礼は会ってから言ってよ。で、今どこに居るの?」

『悪い――、それは言えない』

「ちょっと、退院早々、いかがわしい所にでも行ってるんじゃないんでしょうね?」

『違うよ。――カオル、俺はお前に別れを言いに電話したんだ』



 ――頭が、真っ白になった。別れ? ――どうして?



「ちょ、ちょっと待ってよ。意味がわからな――」

『今までのことは、本当に感謝してるんだ。でも――、これ以上君に迷惑かける訳にはいかない』

「迷惑って、そんな事誰が言ったの!? 迷惑な事、三年間も続けると思う?」

『――カオル、どうしてここまで、俺に良くしてくれたんだ?』


 ――カオルは、顔が熱くなるのを感じた。

 でも、ここで言わなければ――、彼が、本当に行ってしまう気がして――、


「それは……その、シンヤの事が……、好き、だから」


 爆発しそうなほど、全身が熱くなった。

 ――言ってしまった、とうとう。

 電話の向こうの相手は、それを聞いてしばらく黙っていた。

 その沈黙が怖かった。

 どう返されるか、分からなかった。


『君に聞いて欲しい話がある。――俺に流れている、勇者の血についての話だ』




 シンヤは、そう切り出した。

 ――勇者の血。

 ――呪われた運命。


 そんな、どうしようもなく、絶望的な話を、カオルは黙って聞いた。

 ――その勇者の力は、周囲にいる者までに及ぶ。


 その事をシンヤが話した時、カオルは、どうしてシンヤがこんな形で別れようとしているのか、分かった気がした。


『……分かったろ、カオル。俺の中に僅かに残っている力は、もう消えかかってる。それが完全に消えちまえば、俺に勇者の呪いが降り掛かってくる筈だ。

 ――ナタリーと会う前みたいに』

「……そんなことで、私がシンヤを一人にすると思う?」


 カオルは、その話を聞いて、――どこか安心していた。

 シンヤは、自分が鬱陶しくて離れた訳では無い。――自分を、心配してくれていたのだ、と。


「私はそんなに弱くないよ。――シンヤ、お願い。私は――、」




『――カオル、よく考えて欲しい。



 ――その気持ちは、本物なのか?』





 ――――その問に、カオルの時間は、一瞬止まった。

 なんでそんな事言うの、と怒ろうかと思った。

 疑うなんてひどい、と、言おうかと思った。


 ――でも、言えなかった。

 その言葉は、妙に確信をつかれている気がして――、


「……それ、どういう――」

『……カオル、君はずっと子供の頃から、勇者に憧れていたんだったよな』



 ――なあ、カオル。


 シンヤの声が、重々しく耳に響く。

 まるで、今まで自分を形成していたものが、バラバラと崩れ去っていくかのような感覚。


 ――『勇者の血』に呪いがあるなら、『魔法使い血』にも、呪いがあってもおかしくないんじゃないのか。


 やめて――、と、カオルは言おうとしたが、口が動かない。

 視界がグラグラと歪んだ。

 これ以上言わせてはいけない。

 止めないといけないのに――、


 ――カオル、君の俺に対する気持ちは、『魔法使いの血』が作り出した、呪いだ。




 その時、世界がバラバラに崩れた。





 ◇◇




 カオルの困惑が、受話器越しに痛いほど伝わった。

 しかし、伝えなければならない。


「カオル、君はずっと、魔法使いの血に呪いをかけられていたんだ。勇者を――、俺を好きになるように」


『………………………………嘘、そんな、――』


「――だから、一緒には居られない。カオルに迷惑をかけるからだけじゃない。

 俺が一緒に居たら、君は一生その呪縛から離れられない」


 ――カオルも、俺と同じ被害者だ。

 不条理な力で、意志を曲げらてきた。――そして、その呪いはこれからも続く。


 でも、向き合わなければ。

 ――そして、いつか、開放されるその日まで、戦わなければならない。


「――カオル、本当に、今までありがとう。君の事は、一生忘れない。今まで受けた恩も、絶対。

 ――だから、君も解放されて欲しい。

 カオルには、自由に生きて欲しいんだ」


 ――こんなにも、告げるのが辛いとは思わなかった。

 カオルと離れたくない。

 彼女に甘えていたい。


 そんな気持ちが、意識の中を行き来している。


 だけど、ダメだ。





『……………………………酷いよ、三年間も、待ったのに』

「…………………ごめん」

『……………………………嫌だよ、帰ってきてよ………………』

「……………それは、出来ない。カオルには、自由になってもらわないと、俺が困る」

『……………………………』


 これ以上電話していると、決心が揺らぎそうな気がして、俺は受話器を置こうとした。


『………………もし、この気持ちが偽物だったとしても』


 ――その瞬間、カオルのか細い声が聞こえた。


『………………私と、ナタリーと、シンヤの絆は、本物だよね?』





 ――――そんなの、言うまでもない。

 俺は、電話の向こうの相手と、世界の壁の向こうの彼女に微笑んで言った。


「……………当たり前だ。それだけは、一生――」




 ――そして、電話が切れた。

 十円が切れたらしい。

 俺は公衆電話を出て、あの場所へ向かう事にした。



 ◇◇



 かつて飛び降りようとしたビル。

 ――ここが壊れることも無く残っていたのは、幸いだった。


 屋上の策は、破損したままそのままになっていた。

 俺は、外れた柵の所から、あの日、飛び降りようとした場所に立った。


 ――下には、たくさんの車や、人が居た。


 もう空は真っ暗で、帰宅ラッシュ。

 街はサラリーマンで溢れかえっていて、飲み会でもするらしい集団が沢山いた。


 俺は以前、この世界から逃げようとした。


 ――でも、今度は立ち向かう。


 たとえ待っているのが、暗い、絶望の運命だとしても、


 俺は死ぬまで生きる。


 たとえ、幸せな事が何も無かったとしても、


 俺は戦う。



 ――この美しい現実と。



「……ナタリー、俺は生きてるよ。この先もずっと」



 そう、呟いて、俺は背を向けてビルを去った。








 ――そして彼は、人混みの中へ消えて行った。








 ◼END

これにて、この作品を完結とさせていただきます。

ブクマしてくださった方々、評価してくださった方々、感想をくださった方々、

そして読んでくださった方々に、心からお礼申し上げます!

ありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ