第四十三話 真相
「――っと、だいぶ吸ったがまだ少し残ってんのか。流石三人分だな」
――そんな、よく分からない事を言って、ソイツは俺からナニカを吸い取るのを止めた。
――全身の感覚が無い。まるで、宇宙空間にふわふわ浮いているかのようだった。
「……さん、人分?」
舌っ足らずに喋る。
頭がちゃんと働かない。
空気が重い。
目がよく見えない。
「ああ、お前そんなことも知らなかったのか。お前、どうして自分がそんなに強いのか考えたこと無かったのか?」
ソイツは、呆れたように言った。
「いいか、よく聞け。勇者の力が、『神様』とやらから与えられているのは知ってるな? その神様ってのはな、親切にも、勇者が覚醒してるしてないに関わらず、存在している勇者の血統の人数分、力を用意してくれるんだとよ」
それで――、と、ソイツは続け、
「この世界には三人分の勇者の力が用意されていた。お前、そしてオレ、そしてサツキの分だ。
――その全部を、なんのバグかは知らねぇがお前はその全部の恩恵を受けていた。だから無茶苦茶に強かったってワケだ」
「――っと、話がズレたな」と、ソイツは頭を掻いた。
コイツが偉そうに語っている間、俺はなんとか動こうと努力したが、それらは全て無駄になった。
勇者の力を抜いたら、こんなものか、と俺はため息をついた。
「そうそう、話を戻すぞ。とりあえず、俺はお前を誘いに来たんだよ。『復讐』にな」
「……復讐?」
「ああ、そうだ。
――シンヤ、お前が今まで、……勇者に覚醒するまで受けてきた苦しみは、何が原因だと思う?」
原因――?
そんなもの、知らない。
運命としか、言えないだろ。
ソイツは、ああ、そうだと答える。
「運命――、いや、宿命と言った方がいい。いいか、シンヤ。お前の今までの苦しみは、全部『勇者の血統』のせいだ」
――――――その言葉の意味は、よく分からなかった。
――不思議に思わなかったか、何故自分だけ、と。
――よく思い出せ。不幸だったのはお前だけか?
――サツキはどうだった? アイツも、お前と同じだったはずだ。
――サツキにも勇者の血が混ざってるからな。覚醒していない勇者に待っているのは、絶望と、暗い暗い未来。そして、最後は精神病院のベッドだ。
黒くなる意識の中に、そいつの言葉は鮮明に響いた。
――どうして勇者の血が……って顔をしてるな。シンヤ、よく思い出せ。お前はその絶望の経験の中で、どう育った?
――妙に都合のいいように育ったと思わないか?
――戦いに疑問を持たず、人生に意味を持たず、ただ任務を遂行する戦闘マシーン。お前はそう、育った筈だ。
――これがもし幸せな家庭で育った極一般的な高校生だったら、腰抜けて戦いなんか出来ないかもしれない。戦いに参加すらしようとしないかもしれない。
――勇者の血はな、それだと困るんだよ。戦って、魔王を倒してくれないと困るんだ。
――だから、俺たちに精一杯のストレスを、勇者として覚醒するまで与え続けてくる。そして、人生から意味を捨て去って、魔王討伐だけが人生の意味になるように仕向けるんだ。
………………………………………………。
――オレも、お前と同じだった。勇者の血に、人生を無茶苦茶にされたんだ。
――勇者の血の力は、周囲にまで及ぶ。お前の母さんも、それのせいでああなった。勇者の血統の者の中に、長く居すぎたんだ。
――もう、分かったろ。
――オレが何に復讐しようとしているのか。
――オレは、勇者の血に復讐する。
――色々考えたんだが、これが一番いいと思うんだ。
――『勇者の力』で『魔王』をやる。これ、最高な復讐だと思わねぇか?
「――――ヤッ」「者様っ!」
――おっと、お友達だ。
――いや、違うか。シンヤ、忘れるなよ。あの二人だって、お前を苦しめてきた勇者の血が用意したものだ。
――どういう意味が分かるな?
――さあ、明日の夜返事を聞こう。
――この街の中心にあるタワー、そこで待っている。
◇◇
――痛い。
視界が真っ赤だ。
この世界には、赤しかない。
全身に、まち針を刺したような鋭い痛みが走っている。
誰かが俺の手に触れる。
痛い。
痛い痛い痛い痛い――。
「――勇者様っ、どうか、どうか生きてっ!!」
――この、声は――――。
「……ナタリー」
目を開いて、手を握っていた白髪の少女を見た。
ナタリーは目を振るませながら、ワッと泣き出した。
どうやら、ずっと回復魔法を掛けてくれていたらしい。全身の傷は、完全にとはいかないが動かせる程度には治っていた。
「シンヤっ、目を覚ましたのっ!?」
カオルが、部屋に入ってきた。
俺は「心配かけた」と、掠れた声で言った。
――そこでやっと、周りの状況が見えた。
どうやら、どこかの診療所に俺は運ばれたらしい。
医療用の白いベッドがいくつか並んでいて、そのひとつに俺は寝かされていた。
全身は包帯でぐるぐる巻きにされている。聖剣は、横の棚にかけ立てられていた。
――てっきり、アイツが持って行ってしまったかと、思っていた。
「……アイツは、どうなった?」
「私とナタリーが着いた時には、もう居なかった。シンヤだけ倒れてたの」
カオルも、ナタリーの横に座った。
ナタリーは涙目で顔を上げた。
「良かったのです……、生きてて、本当に……、私、私どうしようかと……」
「おいおい、まだ死んでないんだからそんなに泣くなよ」
「だって、だって、……勇者様、もうほとんど力が……」
――言われて、気づいた。
全身に宿っていた力が、すっかり抜け落ちてしまっている。
あの日の夜、聖剣を握った時に宿った力が、キレイさっぱり無かった。
「……これじゃあ、勇者なんて恥ずかしくて名乗れねぇな」
「……シンヤ、一体お父さんと何があったの?」
カオルの質問に、俺は勇者の血云々を上手くぼやかして、アイツが魔王の真似事をやろうとしていることだけを伝えた。
それを聞いていたナタリーとカオルの顔色は、ますます悪くなって行った。
カオルが、真剣に呟いた。
「じゃあ、アイツはニシキみたいに大虐殺を始めるってこと?」
「そんな……、せ、せっかく魔王を倒したのに……」
カオルの表情が、いっそう暗くなった。
そして、――まるで癌を宣告する医師のように、重々しく口を開いた。
「シンヤは、ナタリーと最寄りの避難所に退避して。そんな状態じゃ、アイツとは戦えない」
「カオル様っ!?」
「カオル――、それは」
カオルは、酷く真剣に首を振った。
「あいつの聖剣なら、私が取り戻すから。だから二人は逃げて」
「で……でも、でも」
「ナタリー、シンヤの身体のことは、あなたが一番わかってるのでしょう? さっき説明してくれたじゃない」
ナタリーは唇を噛んで俯いた。
――どうやら、相当酷い状態らしい。
そういえば、さっきから身体の反応が遅い気がする。
神経が鈍っているような感じだ。
いい――、とカオルは俺の肩を掴んだ。
「シンヤ、あなたの身体はもう聖剣の使用に耐えられる体じゃないの。だから、もう、勇者の力は……」
「あと一回ぐらいはやれる。カオル一人に行かせる訳にはいかない」
「あと一回聖剣を使ったらどうなるの、ナタリー?」
カオルはナタリーの方を向いた。
ナタリーは、赤く腫らした目を擦りながら、声を震わせながら言った。
「勇者様のお父様は……、力の、殆どを持っていかれて、しまったのです……、だから、もし聖剣を使うと……、全身が耐えられずに……」
「どうなるの!?」――カオルが、ハッキリ言うようにナタリーを急かした。
「――もうまともに生きることは、出来なくなるかもしれないのです」
「――――そうか」
俺は、ベッドから立ち上がろうと力を入れた。
まるで、何十年も動かしていなかったかのように関節が動きにくかった。
カオルがそれを、抑えつけてきた。
「そうか、じゃないでしょ!? いいから今日は寝て、明日ナタリーと一緒に街から逃げて。 本当に死にたいの?」
「――いや、カオル、俺は別に死んでもいいんだ」
――そうだ、もう考えるのは疲れた。
――勇者の血に復讐? 今更そんなの、興味もない。
――俺の生きる意味は、あの日からずっと、ナタリーの目的を叶えることだ。
――それがたとえ、勇者の血とやらが用意したものだったとしても。
「カオル、俺は――」
バチンっ――、と、俺の頬を熱い衝撃が襲った。
「ふざけないで。死んでいいワケないでしょっ!?」
「カオル様っ、落ち着いてっ!!」
カオルが、俺に対して放ったビンタだった。
頬がじんじんするのを感じた。
――良かった、痛覚はちゃんと作動しているらしい。
ナタリーがカオルに抱きついて抑えようとした。
「カオル、お前は知らないだろうけど――、俺は勇者に覚醒する直前、自殺しようとしてたんだ。もしナタリーがあのタイミングで来なかったら、俺は今頃死んでた。
――様はさ、最初からこの世に未練なんて無いんだよ」
「じゃあ、今はどうなの? シンヤ、私たちと川城回った時も、この旅の道中も、ずっと楽しそうだったじゃない!」
――今は、どう?
そんなこと、考えようともしなかった。
カオルは肩で息をして、こめかみを指で抑えた。
「ごめん、ちょっと興奮してたみたい。――でも、明日には本当に避難してもらうから。もうまともに戦えるのは、私だけなんだし」
カオルはそう言うと、部屋を出て行った。
――静寂が少しあって、ナタリーが不安そうに俺を見た。
「カオル様、ずっと勇者様の事を心配してて、――」
「分かってるよ」
俺はそう言って、ベッドに横になった。
ナタリーが横から掛け布団を掛けてくれた。
――そして、また静寂。
ナタリーは、静かに横で座っていた。
すこし、考える時間が出来た。
アイツが言っていたことについて。
思い返せば、確かにサツキも俺のように、酷い目にあっていた。
最後には母親のようになってしまったし、――ヤツの言うことは筋が通っている。
だから、きっとそうなのだろう。
勇者の力が、俺の人生を汚してきたのだ。
そのせいで、俺にはこの世界が汚く、自分を受け入れない非情な世界に見えていた。
――けど、ナタリーと出会って、カオルと出会ってからは、どうだったか。
この世界も、そんなに悪くないと、俺は思った。
今まで、見てなかっただけなのだ。
――悪い所だけを見て、良い部分を自分から見ようとしなかった。
「……ねぇ、勇者様。ひとつ、提案があるのです」
ナタリーが、不意に口を開いた。
その口調は、酷く苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「もし、この世界が本当に嫌だったら……私の世界に、……異世界に、一緒に行きませんか? そこで、私と一緒に――」
――ナタリーは、酷く優しい。
俺に生きる意味を与え、そして今度は逃げの道を与えてくれている。
異世界――、そこは、きっと、勇者が本来居るべき場所。
そこは、どんな場所だろう。
そこで俺は、どのようにして生きるのだろう。
考えただけで楽しくなる。
新しい人生。
これまでのしがらみから解き放たれて、新たな世界を生きる。
それが、とても、とても魅力的な提案だった。
――そして、俺は口を開いた。




