第四十話 出発
暫く、俺達は黙っていた。
ナタリーは話終えると、すっかり下を向いてしまった。
「――分かった」
――しかし、俺に迷いは無い。
元よりナタリーに貰った力。ならばそれを返すのは道理だ。
カオルはそんな俺を、驚いた目で見た。
「い、いいの?」
「ああ。俺は魔王を倒すために勇者をやっていた。それを終えた今、この力に未練は無い」
カオルが呆然とした。
ナタリーは目を逸らして言った。
「勇者様……ごめん、なさい」
「なんで謝るんだ? 元から借り物なんだ。いつか返さなきゃいけないだろ」
カオルは、それを聞いて下を向いた。
「……そっか。やっぱり、シンヤはそうするんだ……。私の、思った通り……」
カオルは、少し首を振って、吹っ切れたように微笑んだ。
「私も大丈夫。未練は……無いとは言えないけど、しょうがないしね」
「……ふ、二人とも……」
ナタリーは辛そうにした。
俺は窓の傍に寄って、天に昇る月を見上げた。
「……じゃ、俺の聖剣と、カオルの石は大丈夫だとして、後は俺の曾祖父さんの聖剣か」
曾祖父さんの家――、つまり、クドウ家本家。聖剣があるとすればそこの倉庫だろう。
今や誰も住んでいない、空き家となっているはずだが、荷物は残っているかもしれない。
「取りに行くんだろ、聖剣。いつ出発にする?」
そう口にすると、なんだか清々しい風が入って来るような気がした。
着々と最後へ向かっているのだと、そう実感が湧く。
「なるべく早い方がいいのです。時間をかけてしまえば、それだけ融合が進んでしまうのです」
「じゃあ、明日にでもここを出よう。カオルもそれでいいか?」
カオルは、「あっ、うん」とたどたどしく頷いた。
そして、暗い顔をする。
「ねぇ、ナタリー。もし向こうに帰っちゃったら、もう会えなくなるの?」
「――――」
――そういう事になるのだろう。
ナタリーが聖剣を持ち帰ることで、世界の壁が修復されるのなら、当然ナタリーはこっちに戻ってこれない。
「……はい、もう多分、二度と」
「シンヤは、平気なの?」
俺は振り向いた。平気か、平気でないか――、そういう質問は答えにくい。
だけれども、ナタリーが帰るのを止める気にはならなかった。
彼女本来の任務を達成させてあげたい。
――それだけを、思っていた。
「――俺はナタリーの為に生きている。だから、ナタリーの手伝いをする。ただそれだけだよ」
ナタリーが居なくなった後は――、と、先延ばしにしていた疑問が頭をよぎる。
勇者でなくなった俺は、あのビルの屋上から自殺しようとしていた俺に逆戻りだ。
カオルは言葉の意味を理解できずに首を傾げ、ナタリーは悲しそうに俺を見た。
◇◇
――翌日。
誰かが起きる前の早朝に、俺達は荷物を纏めた。
そして、静かに体育館を後にする。
校舎にも何人か兵士や大人が居たが、何とかやり過ごした。
校舎を出ると、改めて外の光景に驚かされる。
立ち上る煙。空を巡回するヘリ。装甲車、戦車――。
最早、怪物の姿は見えない。
まだ居るのだろうが、大々的に動き回るやからは掃討されてしまったのだろう。
「……行こう」
正面からは目立ち過ぎるので、俺達は校舎裏の高いフェンスを飛び越えて裏から出た。
朝食用に用意されていた紙パックのジュースを咥えながら、俺達はその場を後にした。
目指すは、クドウ家本家。
少し、長い旅になるかもしれない。
◆◆
『――、――――!!!!』
とある日の夜。
街には、閃光と爆発音が轟いていた。
隊列を為しながら民家の間をすり抜けてゆく、赤い国旗のワッペンを肩につけた部隊。
大きな通りの方からは、十数台の戦車が一列に並んで進んでいた。
次々に、部隊間で交わされるハンドサイン。
ナイトビジョンをかけた歩兵部隊が、アサルトライフルを構えながら住宅街に突入する。
「……よう、日本へようこそ! 中国の方々」
――部隊の銃口が、一斉に声の方へ向いた。
声の主は、――中年の男性だった。普通の体型に、普通の容姿。服装までもが、どこまでも普通。
唯一特記すべき点があるとすれば、顎に生えた無精髭だ。
部隊は、射撃を躊躇った。
相手は、どう見ても人間だ。体調らしき人物が、首につけられた無線機に何かを喋る。
「あーやべ、中国語わかんねぇんだよなぁ」
――その直後、ダダダダダッと言う破裂音と共に、ライフルが火を噴いた。
撃ったのは、部隊のライフルだ。
これだけの連射を受ければ、普通の人間なら蜂の巣よりも酷い有様になる筈だ。
だが、ソイツは普通ではなかった。
部隊長が目を見開く。
確かに、アサルトライフルの連射に晒されたはずの男は――、何事も無かったかのように立っていた。
「うわー、一般市民に向かって撃つのかよ。――しょうがねぇなぁ、正当防衛しねぇと」
男が、その普通の容姿とは不釣り合いな、黄金に輝く西洋剣を持ち上げる。
アサルトライフルが、再び火を噴いた。
「お前達を、勇者の名の元に――、いや、魔王の名の元に断罪してやる」
――その日、その街に投入された中国軍の一部隊が、壊滅した。
◇◇
「うぅ、寒い……」
カオルが呟いた。
俺はその横を歩きながら、それに同意した。
行けども行けども山ばかり。
日本は狭いと思っていたけれど、どうやらそれは俺の気の所為だったらしい。
「この山を超えたら、長野県に入るぞ」
「えぇー? まだ入れてなかったのぉー?」
カオルはすっかりバテ気味だった。
ナタリーは、ぐびぐびと先程買ったジュースを飲み干す。
「でも、お二人と旅ができて、私はとっても嬉しいのですっ!!」
ナタリーは心の底からあふれでたような笑顔で笑った。
思えば、俺達の魔王退治はかなり変質的だった。
毎日夜の街を周り、悪魔を少しづつ退治するなど、異世界の魔王討伐とはとてもかけ離れているだろう。
だから、今回の旅は魔王退治よりもずっと冒険らしかった。
ドカァァァァァンっ!!
――たまにモンスターとエンカウントするところも。




