第三十七話 勇者と魔王
――川城の方向へ進む度に、周囲の怪物たちが増えてゆく。
巨大蜘蛛、妙な植物、長い脚で歩き回っている妙な生き物……。
まるで、子供の頃に見た夢の様な景色だった。
魑魅魍魎たちは、まるで我が物顔で巣を張り、逃げ惑う人間を襲い、喰らい、殺し、蜘蛛に至っては糸でぐるぐる巻きにしてしまっていた。
まだ川城まで距離はあるのに、もう世界は大パニックだった。
家から飛び出し、車で飛び出す人々。然しそれを、怪物達がこぞって無情に掴み取る。
二つの月に照らされたこの世界は、まさに魔界と言うに相応しい様相を成していた。
だが、助けている暇などない。
敵は全て無視して、川城へ走る。
どのみち、この事態を引き起こしているのは、あの魔王だろう。
ならば、ヤツを倒さなければ意味が無い。
「……早く、倒さなきゃ」
――倒して、少しだけ延長された俺のストーリーは、それで終わりだ。
◇◇
数多の有象無象を乗り越えて、かつての川城市にたどり着いたのは、それから三十分も経たないうちだった。
俺は、並び立つビルの一つの屋上に飛び移り、下を眺めた。
もはや悲鳴もない。あるのは殺戮と破壊の痕跡と、怪物たちが張っている巣だ。
中には、大量に触手が生えた怪物まで居る。
「……ヤツは何処だ」
『――私が案内しよう』
――俺は聖剣を抜いて、そのまま振り向いた。
そこに立っていたのは、あの金髪の少女。
少女は、全てを見下すような冷たい目で、俺を見下ろした。
「ナタリーは無事なんだろうな」
『それが生きているかどうかの話をしているのなら、まだ無事だ。しかしあんまりお前がぐすぐずする様なら、足の一本や二本は無くなっているかもしれんぞ』
――案内しろ、と俺は無言で合図した。
少女はそれを知ってか知らずか、そのまま後ろを振り向いて飛び上がった。
俺はそのまま、少女を追跡し始めた。
下では、巨大な触手がビルを這っていた。
少女について行って暫くすると、妙なものが見えてきた。
――それはまさに、穴だった。
街の半分を飲み込む程の巨大な、底の見えない深い深い穴。
その中から、怪物の群れや、巨大な触手や、奇怪な植物達が飛び出してきている。
少女は、その穴を迂回し、さらに川城の中心部へと向かっているようだった。
――その方向へは、大通りがある。
ナタリー、そしてカオルと回った、川城の大通り。
そこに最早、あの美しい光景は無いのだろう。
暫くして大通りに着くと、少女はそこで通りの道路に着地した。
俺も後を追い、着地する。
「……で、魔王は何処だ?」
殺意を込めた俺の言葉に、少女は指をスっと指した。
その方向へと、視線を向ける。
そこには、綺麗に飾りつけられた、巨大なクリスマスツリー。
大通りのイルミネーションの目玉だった。
――その、てっぺん。
クリスマスツリーの一番上の、金属製らしい星のオブジェクトに、見覚えのある人影が……、
――ナタリーが、串刺しになっていた。
俺はツリーへとスタートを切った。
ナタリーの腹部には深々と星が突き刺さっており、そこから血のようなキラキラした液体が流れ落ちてゆく。
助ける、助ける、――とにかく、助けるっ!!
――しかし。それを拒む影。
黄土色の肌をした、巨大な体を持った怪物が、俺とナタリーの間に着地した。
ソイツは、肋骨のように広がった翼のような部分をばさりばさりと仰いで、周りに乗り捨てられてあった車を吹き飛ばした。
「……なん、だ?」
胸の中に、ざわざわと敵意が湧いてくる。まるで本能が――、全身が、コイツを『殺せ』と叫んでいるようだった。
『――――よう』
全身から、骨の先端のようなものが突き出ている。
地獄の底から這い出てきたような声が、俺を貫いた。
「――お前、その姿は」
『あ?』
怪物は、眉間に皺を寄せて俺へと向き直る。
「自分で気づいているのか?」
『どーでもいいだろ、俺の姿なんて』
――ああ、そうだ。どうでもいい。
俺は心を整えて、聖剣を握った。
この剣を構えるのも、これが最後かもしれない。
怪物は、そんな俺を見て嘲るように笑った。
『いやぁー、しかしなんだな。別に魔王なんてやるつもり無かったが、やってみると案外楽しいもんだな。
……勢いで怪物共を呼び込んでみたけど、いやぁー、中々に面白かったぜ? 人間の繁栄が怪物に蹂躙されて行く様子はよぉ』
「……」
魔王の言葉は、重く苦しく大通りに響き渡る。
魔王の背後の駅が、巨大な足に押し潰された。
新たな怪物が、またあの穴から這い出てきたのだろう。
『知ってるか? あの化け物ら、環境に順応して勝手に繁殖してくんだってさ!!
――つまりだ、この世界はもう終わりなんだ。お前は守れなかったんだよ。勇者失格だと思わねぇか?』
「……」
魔王の言葉を、理解しようとは思わなかった。
――だって、どうでもよかったから。
この世界なんて、元から俺の知った事じゃ無かった。
元から捨てようとしていた世界。
それが今更壊れたところで、俺が動揺するはずもない。
俺が守らなければならないのは――、ナタリー、ただ彼女だけだ。
彼女こそ俺の存在理由。
それ以外はどうでもいい。
『……おい、何か言えよ。悔しいか? そうだよなぁ悔しいよなぁ。そうだ、お前みたいな下層の人間が、俺と同格なんておこがましいにも程があるってもんだ』
「――――――」
『何か言えって言ってんだよッ!!』
――音を超えて近づく拳。
その威力も、速度も、あの四天王よりも高い――。
……しかし、俺はそれを、身体を翻して避けた。
そして接近する。
――こんなに面を合わせて対立しているのに、真正面から攻撃してしまっては予備動作が丸見えだ。
だから待っていた。先制攻撃を。
聖剣を振りかぶる。
「……魔王、今から貴様を倒す」
――そして、それを魔王に叩きつけた――。
◇◇
「やはり劣勢か」
アルベラは、下の様子をため息をついて見守った。
生物としての限界を超えた速度での衝突が、かれこれ三十分以上も続いている。
戦闘が長引くにつれ段々と両者の速度も上昇し、今ではアルベラにさえ、衝突の火花程度しか追えていなかった。
しかし、――これだけは分かる。
このままでは、魔王であるニシキ ユウキは遠くない内に負ける。
別に、ニシキの能力が弱い訳では無い。むしろ、異世界の何倍もいるこの世界の人間を食い物にしたおかげで、その力はかつての魔王よりも高いかもしれない。
――だから、魔王が弱いのではなく、あのクドウ シンヤという勇者が、……異常なまでに強いのだ。
「……力が弱まっているようには見えないな。殺しても既にヤツの力になったものは消えない、か……」
アルベラは、大量に闊歩する怪物たちを見回した。
そして、街の中心に開いた穴を見据える。
あの先に繋がっているのは、悪魔や魔物が闊歩する世界――魔界だ。
魔王の力で無理矢理繋げているため、魔王が死んでしまえばアレも閉じてしまうが……これだけの魔獣がこっちへ来てしまえば、彼らはそのうち郡をなし、巣を作り、最早手のつけられないほどに増殖する。
だから、――結果的には勝ちだ。
アルベラは、ニシキをなんとか奮い立たせ、ほんの少しの間ゲートを開くだけでよかった――。
この世界は少し汚れてはいるが、魔界よりも生命力がある。
この世界でなら、魔族はもっと繁栄することが出来る。
現魔王が死んでも、いずれ次の魔王が誕生する。
――それに、と、アルベラは小さく笑った。
こちらには、もう既にアテがあるのだ。
最早邪魔なのはあの勇者のみ。
あの勇者を消す為の方法は、もう既に分かっている――。
また、血が流れた。
確認するまでもなく、魔王のモノだ。
あと、数分もせずに負けそうだ。
魔王の速度は、既にアルベラの目に終えるほど遅くなっていた。
「……流石、三人分」
さて、とアルベラは飛んだ。
目標はクリスマスツリー。
突き刺さったエルフだ。
とりあえず、ヤツは殺しておく。
いくら代わりが居るとはいえ、魔王が殺されたのに、おずおずと人質を返すわけにもいかない。
「……このエルフを妙に助けたがっていたようだったが、残念だったな」
エルフは、背中から金属製の星を突き出して、ぐったりとツリーに垂れかかっている。
死んでいるようにも見えるが、案外エルフはしぶとい事を、アルベラは良く知っていた。
だから、確実なのは首を落とすこと。
アルベラは、手を振りあげて、エルフの白い髪を掴んで持ち上げる。
「――――死ね」
そして、振り下ろそうと――、
――その手を、光線が貫いた。
アルベラは手を引っこめる。この焼けるような感覚は、ついさっき味わった。
「まさか、魔法使いか――」
アルベラは振り向く。しかし、魔法使いの姿は見当たらない。
――しかし、その代わりに空から第二弾の光線が降り注いでくる。
「遠距離射撃っ!?」
アルベラは飛び上がって、避けようとした。――しかし、それは愚策だった。
空中で身動きの取れないアルベラを、光線は誘導弾のように追尾し、そして貫く。
――さらに第三弾。
――第四弾。
迫り来る光線の雨が、ビルに衝突したアルベラに追い打ちを食らわせる。
「――ぐ、ぐ、ぁ、ぐ、ぞ、ぁぁぁぁぁ!!――」
ドンッ、――ドンッと、最早何発目か分からない光線が、アルベラの激昂すらかき消した。
――その攻撃を、シンヤは見守った。
魔王は既に倒れ付していた。
◇◇
ありがとう――、カオル。
俺はそう、心で呟いた。
そして、魔王である少年へと向き直った。そこに――、もうあの凶悪な怪物の姿は無かった。
ただ、ボロボロな姿の男子高校生が、そこには倒れている。
俺は、なんの感傷もなく聖剣をニシキに振り下ろそうとした。
「まっ、待てっ!!」
待たない。
聖剣は、ニシキの心臓を突き刺そうと一直線に降りた。
しかし、ニシキは悲鳴をあげながら、それを転がり避ける。
「まてよ、待てってば!! やめろ、俺は、俺は、――違う、やりたくてやったわけじゃないんだよぉ!!!!」
地面に突き刺さった聖剣を抜く。
そして、次こそはとニシキへと構えた。
「お前だって、お前だってわかるだろ!? 急に魔王なんかにされてさ――、ああ、俺どうかしてた。どうかしてたよ、家族を、と、友達殺すなんて――、な、俺の意思でやったわけじゃねぇんだよぉ!!」
聖剣を突く。もはやニシキに回避できる力は残っていなかった。
聖剣が深々と刺さり、ニシキは胸を抑えながら倒れた。
「うぐっ――いてぇ、痛てぇよォ……、お前ぇ、俺は無実だ……、俺は被害者なのに……、そんな俺を、殺すのかよォ……」
念の為、聖剣をもう一度刺した。
ニシキは、ぐぇ、と声を上げただけで、最早身じろぎもしなかった。
「俺は…………、悪く……、ない………、ひが、い、ひゃ、だ――――」
――そして、絶命した。
なんの面白みもない、虚しささえ感じる最後だった。
◇◇
「……ナタリー、帰ろう」
血のような、綺麗な液体が、ナタリーを綺麗に染め上げていた。
白い髪の中で、ナタリーの瞳が微かに開き、俺を見た気がした。
空はまだ、真っ暗だ。
街は燃え盛り、イルミネーションも壊れてしまった。
世界には怪物が闊歩し、既に繁殖を始めているという。
この世界は――、終わってしまうのだろうか?
まあ、別にそれでもいい。
俺は役目を果たした。もう、勇者として延長された俺のストーリーも、エンディングだ。
「ゆうしゃ、さま……」
「終わったんだ、ナタリー。魔王を、倒した」
――そう告げると、ナタリーは安心したように俺の服をぎゅっと掴んだ。
「良かった……」
帰ろう。
俺は、空を見上げた。
――その時、真っ暗な空に変化が起こった。
歪だった二つの月が消滅し、暗闇がどんどん明るくなっていった。
◼第三章 end




