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第三十六話 異物混入

「――これで何匹目だ?」


 俺はうんざりしながら、前方から物凄い速度で迫ってくる巨大なトカゲを切り殺した。

 トカゲと言っても、シルエットがトカゲっぽいだけで実際は見るもおぞましい奇妙な怪物だ。


 目は全身にビッシリついているし、口の中から汚物のような臭いのする液体を吐き出しまくる。


 トカゲを切り殺したあと、俺は再び飛び上がってナタリー達がいる建物の上へ登った。

 下を見ると、道路に消滅せずに残っているトカゲの死体がある。


 そして丁度、周囲の家々の明かりが付き始めていた。この後すぐアレを見て驚くのだろう。


「あ、今度はあっちなのです!」

「またか……今日はなんなんだ? 悪魔と魔獣のバーゲンセールか?」

「うう……何でなのか私も分からないのです……」


 まあ、とにかく行くしかあるまい。

 俺はそして、ナタリーの指さした方角へ飛び立とうと……、


「……ねぇ、あの、こんな事聞くのって変だと分かってるけどさ」

「……? どうされたのです、カオル様?」


 カオルが、空を呆然と眺めながら佇んでいた。

 その方向を、俺とナタリーは釣られるように見上げた。――丸い月がぽつんとひとつ浮かんでいる。


「――月って、一つしかないよね?」


 何を――、と疑問を口に出そうとする前に、気がついた。

 俺達が今見上げている月の、丁度反対側に――もう一つ、異様な程曲がりくねった三日月が浮かんでいたのだ。


 ――あんな形は、天体として有り得ない。ぐにゃぐにゃとねじ曲がった三日月は、まるで時空でも捻れているかのようだ。


「……あ、あれ、あれっ!! アレは私の世界の『月』なのですっ!!」

「は、はぁ? なんでそんなのがこっちの世界にあるんだよ?」

「わ、分からないのです! でも、私の世界の月は、魔大陸から見るとああいう風に見え……」


 そこまで言った瞬間、ナタリーの顔色が真っ青になった。

 何かに気づいたように、口元に手を当てる。俺は少し心配になって、ナタリーの方に手を置いた。

「どうした、ナタ――」


 その時。ビーッ、ビーッ、ビーッ――と、けたたましいアラームが、俺とカオルのスマホから流れた。


 急いで俺が、ポケットのスマホを取り出すと――。

 それよりも先に、ヴゥゥゥゥゥゥゥゥン、という不快な電子音が街中に響き渡った。


「何これっ!!」


 カオルが耳を塞ぎながら、不安に駆られたように叫ぶ。

 俺はスマホの画面を急いでみた。

 スマホのロック画面には、ひとつ、通知が入っていた。



『国家非常事態宣言発令』

 現在、川城市を中心に、謎の巨大生物が大量発生中。

 危険区域の方は、戸締りをし、絶対に外に出ないでください。

 避難区域の方は、急いで指定された避難所に避難してください。


 危険区域:川城市、国崎市、横山市、浜里市、黒島市……

 避難区域:二山市、絵千崎市……



「……あぁ、こりゃ大事だな」

「た、大量発生って……、川城で!?」


 カオルが震える声で呟いた。

 ナタリーが、俺のスマホを覗き込んだ。既にサイレンはなりやみ、男性の声が非常事態宣言を読み上げ始める。


「分かりませんが……、もしかしたら、異世界と現実界を繋ぐゲートから、無茶苦茶に魔獣達が入り込んで来ているかも知れないのです!」

「……成程、でもあの空は何なんだ? まるで空だけが異世界になったみたいじゃないか」

「……もしかしたら、ですが、魔獣が入ってこれるほどのゲートが出来たせいで、こっちとあっちの空がごちゃ混ぜになってるのかも――あ、そ、そうなのです! 今何時ですかっ!?」


 俺はスマホの時計を開いた。

 ――4時半。もうとっくに日が昇り始めてもいい頃合いだ。


「時間がどうかしたの?」

「あの月のある魔大陸には、昼が無いのです! だから、魔獣や悪魔は延々と活動し続 けるのですっ!!」



 ――家々の明かりが次々と灯ってゆく。

 そして、窓から恐る恐る人々は外を見る。俺は、川城がある方角を見すえた。


「……川城が発生地点なんだろ? じゃあ川城に行って、何が起こってるのか確かめねぇと」


 二人へ振り向くと、同時に頷いた。

 ナタリーがカオルと手を繋ぎ、グッドサインを出す。

 俺はソレを合図に、スタートを切ろうと――、




「キキキキキキッ!! 油断したねぇ勇者ッ!!」


 ――突如目の前に現れる、聞き覚えのある声の、黒いマント。

 ソイツは俺へ、ナイフを構え接近してきた。


 ――ソレを俺は切り捌いた。

 数秒も掛からない。妙な術さえ使われなければ、コイツは相手にすらならない。


「――ま、魔王様……」


 ソイツは、黒い煙のようになって消えてゆく。

 俺は着地し、一息つこうと――、


『――やはり半人前か。勇者よ、それを油断と言うのだ』


 振り向き、聖剣を構える。

 そこには、吹き飛ばされ宙を舞うカオルと、――身体を押さえつけられたナタリー、そして、ニシキと共に居た金髪の少女が居た。


 金髪の少女は、ナタリーを拘束し、全身を闇に覆ってゆく。


「――お前っ!!」

『何かすれば、コイツを殺す』


「勇者様っ! 私のことは構わないでくださいっ!!」


 ナタリーが、決死の表情で叫んだ。

 ――そこには、勇気に満ちた、覚悟がある。

 だが、――俺にナタリーが殺せるわけが無い。


「何が目的だ!」


 俺はカオルをチラッと見た。

 カオルは屋根を落ち、コンクリートの住宅路に落下していた。

 血がサーッと引く気がした。

 カオルは俺のように身体能力が高い訳では無い。

 この高さでの落下は危険だ。


 金髪の少女は、薄く笑いながら、


『目的? 私はただ連れて来いと言われただけなので、確かなことは言えんがな。要は保険だろう。魔王様は、お前との対決を望んでおられる。コイツは、お前が怖気付いて逃げない為のモノだ』


 少女とナタリーの身体が消えゆく。



 ――その、少女の右半身を、下から撃ちあがった光線が貫いた。


『ぐっ!?』

「――っ!!」


 見るまでもない。カオルがやったのだ。

 俺はすぐさま走った。これは賭けだ。


 俺は飛び上がり、ナタリーと少女を飛び越え、そして後ろから少女へ切りかかろうとした。


 ――しかし、あと一歩のところで、二人の姿は闇へと消えた。



「……ぐっ、クソッ!!」


 無駄だとわかっていながらも、聖剣を振る。しかし、虚しく空を切った。

 逃げられた――。

 カオルが作ってくれたチャンスを、俺はみすみす逃したのだ。


 俺はすぐさま屋根を飛び下り、倒れているカオルへと寄った。


「お、おい、大丈夫かっ!?」

「――ってて、大丈夫じゃ、ないけど……」


 カオルが、無理に起き上がろうとするのを俺は抑えた。

 ――全身を強打したせいで、上手く体が動かせないらしい。


 全身が痣だらけで、その姿はあまりにも痛々しかった。

 これでは、今から川城へ行く所ではない。


「……病院へ」

「そんな暇っ――、ない、でしょ?」


 カオルは、薄く笑って、両腕を胸に当てた。


「――、―――、――」


 そして、言葉にならない呪文を発する。

 するとカオルの身体が、薄い緑色の光に包まれた。


「ナタリーに教えて貰ったの……、回復の魔法……、だから私は、大丈夫っ……」

「大丈夫って、そんなわけないだろ」

「……シンヤ」


 カオルが、真剣な表情をして俺を見た。


「お願い、ナタリーを助けに行って。……それがシンヤが今一番やらなければいけないことでもあり、シンヤが一番望んでいる事でもある」


 ――? 一番、望んでいる……。


 カオルは、まるでこっちのことを見透かすかのような視線で、優しく微笑んだ。


「やっぱり、自分じゃ気づいてなかったんだ。シンヤ、貴方が一番大切にしてるのは――、ナタリーでしょ? 普段から見ていればわかるよ」

「……ナタリーは勿論大切だけど、まずはカオルを――」


「――私に気を使わないで。シンヤ、貴方が今一番やらなければいけないことを考えて」


 ――。

 カオルは、まるで俺の事を全て分かっているような口調で言った。


 ナタリー。

 一度人生を捨てた俺に、初めて意味を持たせてくれた。

 だから、俺にとってナタリーは自分の存在意義そのもの。


 彼女を失えば、――俺が勇者である意味も無くなる。


 ――頼まれたんだ。彼女に。

 だから俺はこうして生きている。その為に生きている。


「――悪い、先に行く」


 俺はとうとう、その場を走り出した。

 後ろめたい気持ちを振り払うように、全力で。


 自分よりも、世界よりも大事な――、ナタリーを助けるために。

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